組み込み回路 25 · 測定とデバッグ・部品選定

Chapter 25

測定とデバッグ・部品選定

この章がなぜ必要なのか——測り方を間違えると、存在しないノイズが見えるから.

測定器は回路に影響を与える。 それを理解して初めて、 見えたものを信じてよいかどうかが判断できる。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). バイアス(01 章 4 節)、ESL(02 章 2 節)、ESR(02 章 2 節)、インダクタ(02 章 7 節)、コンデンサ(02 章 7 節)、フェライトビーズ(02 章 5 節)、温度特性(02 章 3 節)、スイッチ(05 章 2 節)、増幅(05 章 2 節)、BJT(06 章 6 節)、CMRR(06 章 5 節)、MOSFET(06 章 6 節)、飽和(06 章 3 節)、低消費電力(07 章 6 節)、ダイナミックレンジ(08 章 6 節)、CAN(09 章 2 節)、ジッタ(09 章 3 節)、水晶(09 章 2 節)、負荷容量(09 章 2 節)、バンドギャップ(10 章 3 節)、\(I_Q\)(14 章 6 節)、配置(16 章 3 節)、トリガ(17 章 6 節)、後述(18 章 3 節)、ブートモードピン(19 章 7 節)、長い配線(19 章 7 節)、長期(19 章 2 節)、ESD(20 章 7 節)、I2C(20 章 1 節)、SPI(20 章 1 節)、UART(20 章 1 節)、クロック精度(20 章 5 節)、コモンモード(20 章 5 節)、リンギング(20 章 3 節)、差動(20 章 1 節)、絶縁(20 章 5 節)、フォトカプラ(21 章 2 節)、共振(22 章 5 節)、電圧範囲(22 章 9 節)、EMI(23 章 3 節)、テストポイント(23 章 6 節)、ウォッチドッグ(24 章 4 節)

1. プローブ——最大の誤差要因

標準的な 10:1 プローブ

回路9 MΩオシロ1 MΩ ∥ 15 pF≈10 pF補正 Cこの 10 pF が回路に並列に入る
10:1 プローブの等価回路。高インピーダンス回路と水晶では、この容量が波形そのものを変えてしまう
パラメータ典型値
入力抵抗10 MΩ
入力容量10〜15 pF
帯域100 MHz〜500 MHz
減衰10:1(表示は補正される)

容量が波形を壊す

プローブの 10 pF が回路に並列に入る。

状況影響
低インピーダンス回路(電源)ほぼ影響なし
高インピーダンス回路(1 MΩ の分圧など)\(\tau = 10^6 \times 10^{-11} = 10\) µs。完全に鈍る
水晶発振回路負荷容量が変わって周波数がずれる/発振が止まる(09 章)
高速信号立ち上がりが鈍る

水晶を直接プローブしてはいけない.

10 pF は、負荷容量 12 pF の設計に対して巨大である。 発振周波数が数百 ppm ずれ、最悪発振が止まる。

正しい測り方:

グラウンドリード——最大の悪

【悪い】ワニ口リード先端15 cm ≈ 150 nHプローブ容量と共振し、100 MHz 付近で盛大に鳴く【良い】バネ型グラウンド先端数 mm ≈ 数 nH共振周波数が測定帯域の遥か上に飛ぶ
リンギングを測るならグラウンドリードは絶対に使わない。「回路にないリンギング」が画面に見える

このリードがインダクタになり、プローブの容量と共振する。

\[ f_0 = \frac{1}{2\pi\sqrt{LC}} = \frac{1}{2\pi\sqrt{150\times10^{-9} \times 12\times10^{-12}}} \approx 118\ \text{MHz} \]

この周波数で盛大にリンギングする。 回路には存在しないリンギングが、画面に見える。

正しい測り方.

方法内容
バネ型グラウンド(グラウンドスプリング)プローブ先端に直接付ける。リードが数 mm になる
専用の GND ピンを基板に置く信号テストポイントの隣に GND ピン
プローブのチップを直接基板に当てる熟練が要る
ソルダーインプローブ最も正確

リンギングを測るなら、グラウンドリードは絶対に使わない。 「基板を触ると波形が変わる」のは、たいていこれ。

グラウンドリードの影響を見る

リード長を変えて、画面に現れるリンギングがどう変わるかを見る。

プローブ補正

10:1 プローブには補正用の可変コンデンサがある。

プローブ補正(1 kHz 方形波で合わせる)補正不足高域が落ちている適正角が直角になる過補正高域が持ち上がっている
プローブとオシロの組合せごとに変わる。使う前に毎回合わせること

オシロの校正信号(1 kHz 方形波)で必ず合わせる。 プローブとオシロの組合せごとに変わるので、使う前に毎回確認する。

帯域の影響

\[ t_{r,\text{測定}} = \sqrt{t_{r,\text{真}}^2 + t_{r,\text{オシロ}}^2},\quad t_{r,\text{オシロ}} \approx \frac{0.35}{BW} \]

(03 章の \(t_r \cdot f_c \approx 0.35\))

100 MHz のオシロは \(t_r = 3.5\) ns。 真の立ち上がりが 2 ns の信号を測ると:

\[ t_{measured} = \sqrt{2^2 + 3.5^2} = 4.0\ \text{ns} \]

2 倍に見える。 高速信号を測るなら 信号の 3〜5 倍の帯域が要る。

2. 測定の実際

電源リプルを測る

最も間違えやすい測定である。

やってはいけないこと正しい方法
10:1 プローブ + 15 cm グラウンドリードバネ型グラウンド、または同軸で直結
AC 結合せずに DC で見るAC 結合して縦軸を拡大
帯域制限なし20 MHz 帯域制限を ON(規格の測り方に合わせる)
プローブを長い配線の先に付ける測りたい IC の電源ピンで測る

「電源に 500 mV のノイズが乗っている」の 9 割は測定系.

グラウンドリードが拾った磁界と、共振によるリンギングである。

確認方法: プローブの先端を、そのグラウンドリードの根元に当てる (信号を測らず、GND-GND を測る)。 ここで何か見えたら、それは全部測定系のノイズである。

電流を測る

方法特徴
電流プローブ(クランプ)非接触。DC 対応は高価。帯域と感度に注意
シャント抵抗 + 差動プローブ安価・高帯域。シャントが回路に影響する
電源の電流計平均値のみ。動的な変化は見えない
専用の電流測定器(Otii、Power Profiler など)µA〜A のダイナミックレンジ。低消費電力機器の必需品

低消費電力機器の電流測定は特殊である.

スリープ 2 µA、送信時 15 mA。ダイナミックレンジが 7500 倍。

普通のテスターでは測れない(レンジ切り替え時のバーデン電圧(電流計の内部抵抗による電圧降下)で 電圧が落ち、MCU がリセットする)。

専用測定器を使うか、シャント + 対数アンプが要る。 「電池寿命が計算の 1/10 だった」の原因を見つけるには必須。

差動測定

GND に繋げない 2 点間(シャント抵抗の両端、モータの相間など)を測る。

方法注意
差動プローブ正しい方法。コモンモード電圧範囲を確認
2ch の差(MATH)CMRR が悪い(両 ch のずれが誤差に)。大まかな確認まで
オシロを浮かせる(絶縁トランス)危険。絶対にやらない

「オシロの GND をどこに繋ぐか」は安全の問題である.

オシロの GND は、電源のアース(大地)に繋がっている。

AC 電源の一次側(整流後の DC バス)に GND クリップを付けると、 短絡してプローブが溶ける、または感電する。

一次側を測るときは、必ず高電圧差動プローブを使う。 オシロを絶縁トランスで浮かせるのは、 筐体が高電圧になるので極めて危険である。

ロジックアナライザ

用途内容
プロトコルの確認I2C / SPI / UART / CAN のデコード
多信号の時間関係8〜32ch を同時に
稀な事象の捕捉長時間記録、トリガ条件

オシロとの使い分け:

見たいもの道具
波形の品質(リンギング、レベル、\(t_r\))オシロ
論理の内容(データ、タイミング関係)ロジックアナライザ
両方MSO(混合信号オシロ)

安価な USB ロジアナは非常に費用対効果が高い.

数千円のものでも、I2C や SPI のデコードには十分。 「プロトコルが正しいか」と「波形が正しいか」を切り分ける だけで、デバッグ時間が大幅に減る。

スペクトラム測定

道具用途
スペクトラムアナライザEMI の事前確認、発振の周波数特定
オシロの FFT簡易的な確認。ダイナミックレンジが狭い
近傍界プローブ基板上のどこから出ているかを探す

近傍界プローブは自作できる.

同軸ケーブルの先端を輪にして、外皮を一部切る—— これだけで磁界プローブになる。

絶対値は測れないが、「どこが一番強いか」の比較には十分。 EMC 対策の切り分けで極めて有効。

3. デバッグの進め方

切り分けの原則

「どこまでは正しいか」を二分探索する。

電源クロックリセットMCU 起動周辺通信ここから順にどこまでは正しいかを二分探索する
デバッグの順序。上流が確定していないのに下流を疑っても時間を溶かすだけ

電源から順に

#確認方法
1各レールの電圧テスターで DC 値
2リプルとスパイクオシロ(AC 結合、バネ GND)
3投入時の波形シングルショットで立ち上がりを見る
4負荷変動時の落ち込み最大負荷時にオシロで
5クロックが出ているかMCO 出力、周波数を実測
6リセットが解除されているかNRST の電圧
7デバッガが繋がるかSWD/JTAG

「テスターで 3.3 V なのに動かない」.

テスターは平均値を見ている。

必ずオシロで見ること。

症状から原因を探す

症状疑う順
まったく動かない電源 → リセット → クロック → ブートモードピン
たまにリセットする電源の落ち込み → ウォッチドッグ → スタックオーバーフロー → ESD
温度で動作が変わるクロック(内蔵 RC)→ タイミングマージン → 部品の温度特性
個体差があるタイミングマージン → 部品ばらつき → はんだ不良
触ると直る/変わるフローティング入力 → 接触不良 → 測定系の影響
通信が化ける波形品質(リンギング)→ クロック精度 → GND
アナログ値が暴れる入力インピーダンス → リファレンス → ノイズ源との結合
時間が経つと壊れる熱 → ディレーティング不足 → 電解コンデンサ寿命

再現性の確保

再現しない不具合が最も厄介である。

手法内容
ストレスをかける温度(冷却スプレー/ドライヤ)、電圧を上下、負荷最大
長時間ログを取るオシロのセグメントメモリ、ロジアナの長時間記録
トリガ条件を工夫するパルス幅、ランタイム、シリアルパターン
統計を取る何台中何台、何時間に 1 回
GPIO でマーカを出すソフトの処理位置を波形として見る

GPIO マーカは強力である.

割り込みの入口で GPIO を H、出口で L にする。 オシロで見れば 割り込みの頻度・処理時間・ジッタ・ 他の信号との時間関係が一目で分かる。

printf デバッグより遥かに軽く、リアルタイム性を壊さない。

4. 部品選定

選定の順序

#項目
1機能要求を満たすか(電圧・電流・速度・精度)
2最悪条件で満たすか(温度・電圧・経年・ばらつき)
3ディレーティングを満たすか(16 章)
4入手性(後述)
5パッケージ(実装可能か、熱は逃げるか)
6価格
7代替品があるか

データシートの読み方

見るところ注意
絶対最大定格これを超えたら壊れる。動作保証値ではない
推奨動作条件ここが設計範囲
電気的特性の条件「\(T_A = 25\) ℃、\(V_{CC}=5\) V」など。条件が違えば無効
min / typ / maxtyp で設計してはいけない。min/max がないパラメータは保証されていない
グラフ温度・電圧・電流依存が分かる。表より情報量が多い
アプリケーション情報推奨回路・レイアウト。必ず読む
改訂履歴仕様が変わっていることがある

「typ しか書いていない」パラメータは保証値ではない.

例: 「\(I_Q\) = 1.2 µA (typ)」で max がない場合、 10 µA の個体が来ても文句は言えない。

電池寿命を計算するなら、max がある品種を選ぶか、 大きめに見積もる。

入手性とライフサイクル

確認項目内容
ライフサイクル状態Active / NRND(新規設計非推奨)/ EOL / Obsolete
在庫と納期主要ディストリビュータで確認
最小発注数量(MOQ)少量生産では効く
セカンドソースピン互換の代替品があるか
長期供給プログラム産業用・車載用は 10〜15 年保証の品種がある

設計段階で NRND を選ばない.

「安いから」と選んだ部品が NRND だと、 量産時に手に入らず基板の作り直しになる。

必ずメーカのライフサイクル状態を確認すること。 産業機器なら、長期供給を明言している品種を選ぶ。

品質グレード

グレード温度範囲用途
民生(Commercial)0〜70 ℃屋内・家庭用
工業(Industrial)−40〜85 ℃産業機器・屋外。組み込みの標準
拡張(Extended)−40〜105/125 ℃過酷環境
車載(AEC-Q100/200)−40〜125/150 ℃自動車。信頼性試験が別次元
軍事・宇宙−55〜125 ℃—

温度範囲は「動く範囲」であって「精度が保証される範囲」ではない.

データシートの精度は 25 ℃ の値で、 温度範囲全体では別のグラフに従うことが多い。

屋外機器では、−40 ℃ と 85 ℃ の両端で実測すること。

受動部品の選定(再掲・要点)

部品見るべきこと章
MLCCクラス(C0G/X7R)・DC バイアス減衰・サイズ・クラック対策02
電解コンデンサリプル電流・寿命・ESR02・16
インダクタ\(I_{sat}\)・\(I_{rms}\)・DCR・磁気シールド02・15
抵抗電力・温度係数・許容差・パルス耐量01
フェライトビーズインピーダンス曲線・定格電流・DC 抵抗・共振02・24
水晶負荷容量・ESR・周波数許容差・温度特性09
コネクタ定格電流・挿抜回数・接触抵抗・誤挿入防止—

部品選定を確かめる

MLCC の実効容量、インダクタの飽和、抵抗の電力—— 条件を変えて、カタログ値と実際の差を見る。

5. 開発の流れ

フェーズやること注意
仕様電源・環境・規格・寿命を決める適用規格を最初に確認
回路設計部品選定、計算、シミュレーション最悪条件で計算する
基板設計配置 → 配線配置で 8 割決まる(23 章)
試作実装、動作確認対策部品のパッドを置く(24 章)
評価温度・電圧の両端、長時間、負荷変動測り方に注意(本章)
EMC 事前試験近傍界・簡易測定正規試験の前に潰す
量産検査、歩留まり、部品変更管理部品の変更は再評価が要る

「試作で動いた」は「量産できる」ではない.

試作で見落とすもの内容
部品のばらつき1 台では出ない。最悪組合せは 1000 台に 1 台
温度常温でしか試していない
経年電解コンデンサ、フォトカプラの CTR、Flash の摩耗
EMC試験して初めて分かる
実装ばらつきはんだ量、部品の向き、洗浄残り

最悪条件の見積もりと、両端での実測が、 「たまに動かない製品」を防ぐ唯一の方法である。

6. シリーズの終わりに

このシリーズで扱ったことを、1 つの流れとして振り返る。

部何を得たか
I. 電気と素子理想の素子は存在しない。 ESR・ESL・DC バイアス・寄生容量が実際を支配する
II. トランジスタすべての IC はこの 2 種類でできている。 スイッチとしての MOSFET、増幅としての BJT
III. アナログ IC負帰還が精度を作り、位相余裕が安定を決める。 バンドギャップが基準を作る
IV. デジタル ICCMOS は容量を充放電しているだけ。 タイミングと消費電力はそこから出る
V. 電源 IC捨てるか(LDO)、運ぶか(DC-DC)。 どちらもインピーダンスの設計
VI. データ変換アナログとデジタルの境界。 入力インピーダンスと基準電圧がすべて
VII. インタフェース信号は電気である。 差動・終端・絶縁で距離とノイズを克服する
VIII. 実装配線は伝送線路、リターン電流が主役。 ループ面積が EMC を決める

全体を貫く 5 つの考え方

#考え方
1理想と現実を分ける。 教科書の式に、寄生成分を足して初めて実際になる
2電流はループで考える。 行きだけでなく、帰り道を必ず追う
3最悪条件で設計する。 typ で動くのは当たり前。min/max で成立させる
4桁の感覚を持つ。 「だいたい何 mV、何 ns、何 Ω」が言えれば、間違いに気づける
5測って確かめる。 ただし、測定器も回路の一部であることを忘れない

回路は、書いた通りではなく、作った通りに動く。

しかしその「作った通り」は、この 25 章で扱った物理法則に従っている。 だから、原因のない不具合は存在しない。

必ず説明がつく。

まとめ

ポイント内容
プローブ容量10〜15 pF。高インピーダンス回路と水晶を壊す
グラウンドリード15 cm ≈ 150 nH。存在しないリンギングが見える
正しい測り方バネ型グラウンド。GND-GND を測って測定系のノイズを確認
プローブ補正使う前に毎回、1 kHz 方形波で合わせる
帯域\(t_r = 0.35/BW\)。信号の 3〜5 倍の帯域が要る
電源リプルAC 結合 + 20 MHz 帯域制限 + バネ GND + IC の電源ピンで
低消費電力の電流ダイナミックレンジが 4 桁。専用測定器が要る
差動測定オシロの GND は大地に繋がっている。一次側は高電圧差動プローブ
ロジアナプロトコルと波形品質を切り分ける。安価でも効果は大きい
近傍界プローブどこから出ているかを探す。自作可能
デバッグ電源 → クロック → リセット → 起動 → 周辺の順に二分探索
GPIO マーカ割り込みの頻度・処理時間・ジッタが波形で見える
データシート絶対最大定格 ≠ 動作範囲。typ で設計しない。条件を確認
入手性NRND を選ばない。長期供給品種とセカンドソース
品質グレード組み込みの標準は 工業品(−40〜85 ℃)
試作と量産ばらつき・温度・経年・EMC・実装ばらつきは試作では見えない
5 つの考え方理想と現実/ループで考える/最悪条件/桁の感覚/測って確かめる

ここまで 25 章、素子 1 個から基板 1 枚までを通した。

もう、回路図を渡されて途方に暮れることはない。 記号が読め、部品が選べ、波形が測れ、 そして「なぜか動かない」に必ず物理的な説明を与えられる。