Chapter 10
電圧リファレンスと温度センサ — なぜ 1.2 V なのか
この章がなぜ必要なのか——測定の精度は、基準の精度で決まるから.
ADC で電圧を測るとき、得られるのは
$$\text{測定値} = \frac{V_{in}}{V_{ref}} \times 2^N$$
\(V_{ref}\) が 1 % ずれれば、測定値も 1 % ずれる。 16 bit の ADC を使っても、基準が ±1 % なら実質 7 bit 相当である。
そして——基準電圧をどうやって作るかは、 06 章で見た BJT の物理から、非常にエレガントに導かれる。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 温度特性(02 章 3 節)、ツェナー(04 章 4 節)、オペアンプ(05 章)、BJT(06 章 6 節)、CMOS(07 章 2 節)、低消費電力(07 章 6 節)、出力電流(07 章 4 節)、応答速度(09 章 1 節)
1. 基準電圧の要件
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 初期精度 | 出荷時の絶対値のずれ。±0.05 %〜±2 % |
| 温度ドリフト | ppm/°C。多くの用途で最も重要 |
| 長期安定性 | ppm/1000 時間。経時変化 |
| ノイズ | 特に 0.1〜10 Hz の低周波ノイズ(µVpp) |
| 負荷レギュレーション | 出力電流が変わったときの変動 |
| ラインレギュレーション | 入力電圧が変わったときの変動 |
温度ドリフトの効きを実感する.
温度係数 50 ppm/°C の基準を、0〜60 °C で使う。
$$50 \times 10^{-6} \times 60 = 3000 \times 10^{-6} = 0.3\ \%$$
12 bit ADC の 1 LSB は \(1/4096 = 0.024\) %。 0.3 % は 12 LSB 相当——つまり下位 3.5 bit が意味を失う。
高精度測定では、5 ppm/°C 級の基準が必要になる。
2. バンドギャップリファレンス
現代の基準電圧のほぼすべてが、この原理で作られている。
原理
06 章で見た 2 つの事実を組み合わせる。
| 量 | 温度係数 | 性質 |
|---|---|---|
| \(V_{BE}\) | \(-2\) mV/°C | CTAT(Complementary To Absolute Temperature) |
| \(\Delta V_{BE} = V_T \ln N\) | \(+0.0862 \ln N\) mV/°C | PTAT(Proportional To Absolute Temperature) |
足し合わせて、温度係数をゼロにする。
温度で微分してゼロと置くと
このとき、\(V_{ref} \approx 1.2\) V になる。
なぜ 1.2 V なのか
それがシリコンのバンドギャップエネルギーだからである。
温度依存性を消した \(V_{BE}\) を絶対零度に外挿すると、 シリコンのバンドギャップ電圧 \(E_g/q \approx 1.205\) V に収束する。
第 1 項の \(V_{G0} \approx 1.205\) V が温度に依存しない成分である。
これは「たまたま」ではなく、物理定数から出てくる値である.
だから——
- どのメーカーが作っても約 1.2 V
- プロセスが変わっても約 1.2 V
- 温度係数を消すと、必ずこの値になる
1.2 V より高い基準(2.5 V、4.096 V など)は、 バンドギャップ電圧をアンプで増幅して作っている。
バンドギャップ回路の動作を見る
\(N\)(面積比)・\(M\)(重み)・温度を変えて、 \(V_{BE}\)・\(\Delta V_{BE}\)・合成の温度特性を確かめられる。
代表的な回路(ブロコウ型)
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 面積比 \(N\) | \(\Delta V_{BE} = V_T \ln N\) を作る(典型的に \(N = 8\)) |
| 抵抗比 | 重み \(M\) を決める。抵抗の絶対値ではなく比で決まる |
| 誤差アンプ | 2 点を同電位に保ち、電流を等しくする |
抵抗の「比」だけで決まる、という点が重要である.
IC 内部の抵抗は絶対値の精度が悪い(±20 % など)が、 同じ材料・同じ形状の抵抗どうしの比は非常に正確(±0.1 %)である。
だから比で決まる回路は、IC に向いている。 06 章のカレントミラーも同じ思想である。
曲率補正
上の式で消えるのは1 次の温度係数だけである。 \(V_T \ln(T/T_0)\) の項が残るので、2 次の曲がりが残る。
| 補正 | 温度係数 |
|---|---|
| 補正なし | 20〜50 ppm/°C |
| 曲率補正あり | 2〜10 ppm/°C |
高精度リファレンス IC は、この補正回路を持っている。
3. その他の基準電圧方式
| 方式 | 温度係数 | ノイズ | 特徴 |
|---|---|---|---|
| バンドギャップ | 2〜50 ppm/°C | 中 | 低電圧動作。最も一般的 |
| 埋込ツェナー (buried zener) | 1〜3 ppm/°C | 極小 | 最高精度。ただし 7 V 以上の電源が必要 |
| XFET | 3〜10 ppm/°C | 低 | 低ノイズ・低消費 |
| FGA(フローティングゲート) | 5〜10 ppm/°C | 低 | 超低消費電力 |
| ツェナー(ディスクリート) | 50〜100 ppm/°C | 大 | 安価。クランプ用途 |
埋込ツェナーが最高精度な理由.
通常のツェナーは表面で降伏するため、表面の欠陥や汚染の影響を受け、 ノイズが大きく、長期安定性が悪い。
埋込ツェナー(サブサーフェス)は、シリコンの内部で降伏させる。 表面の影響を受けないので、ノイズが 1/10 以下、長期安定性も桁違いに良い。
代償: 降伏電圧が 6.3〜7 V なので、電源電圧が高く必要。 消費電流も大きい。計測器や 16 bit 以上の ADC で使われる。
4. リファレンス IC の使い方
シリーズ型とシャント型
| 型 | 接続 | 特徴 |
|---|---|---|
| シリーズ(3 端子) | 電源とグラウンドの間に入れ、出力を取る | 効率が良い。負荷電流に応じて自動調整 |
| シャント(2 端子) | ツェナーのように使う。直列抵抗が必要 | 簡単。常に電流が流れる(効率が悪い) |
シャント型の抵抗値は
\(I_{ref(min)}\) は基準が動作するのに必要な最小電流(数十 µA〜数 mA)。
シャント型は、入力電圧の範囲が広いときに注意が要る.
\(V_{in}\) が高いときは電流が増える(発熱・電力損失)。 \(V_{in}\) が低いときは電流が足りなくなる(動作しない)。
入力電圧が変動する用途では、シリーズ型を選ぶ方が安全である。
ADC のリファレンスとして使う
| 注意点 | 内容 |
|---|---|
| 出力容量が必須 | ADC のサンプリング時に電流が流れる。それを供給するのは容量 |
| 容量が大きすぎると発振する | リファレンス IC ごとに推奨・許容容量が規定されている |
| 配線を短く | 配線抵抗による電圧降下が誤差になる |
| 駆動能力 | 高速 ADC はリファレンスから大きな電流を要求する。バッファが必要な場合がある |
SAR ADC は、変換のたびにリファレンスから電荷を引く(17 章)。
容量 DAC が切り替わるたびに、数 nC の電荷が瞬間的に必要になる。 リファレンス IC の応答速度では追いつかないので、 近傍のコンデンサが供給する。
だから——
- ADC の VREF ピンの直近に置く
- 容量が足りないと変換ごとに電圧が下がり、非線形誤差になる
- データシートの推奨値を守る
「ADC の精度が出ない」原因の上位に、リファレンスの容量不足がある。
内蔵リファレンス vs 外付け
| MCU 内蔵 | 外付け IC | |
|---|---|---|
| 初期精度 | ±1〜3 % | ±0.05〜0.5 % |
| 温度係数 | 50〜100 ppm/°C | 2〜25 ppm/°C |
| ノイズ | 大 | 小 |
| コスト | 0 | 数十〜数百円 |
| 用途 | 相対測定、粗い測定 | 絶対値が要る測定 |
「VDD をリファレンスにする」のは、多くの場合で誤りである.
MCU の VDD は、LDO の精度(±2 %)+負荷変動+ノイズで揺れている。 12 bit の ADC を使う意味がなくなる。
例外: 比率測定(ratiometric)。 抵抗ブリッジやポテンショメータのように、 センサも VDD で駆動されている場合は、VDD の変動が分子分母で相殺される。 このときは VDD をリファレンスにするのが正しい。
5. 温度センサ
方式の比較
| 方式 | 精度 | 範囲 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| PN 接合(IC 内蔵) | ±1〜3 °C | −40〜125 °C | MCU に内蔵されている。校正が必要 |
| IC 温度センサ(アナログ出力) | ±0.5〜2 °C | −55〜150 °C | LM35、TMP36 など。簡単 |
| IC 温度センサ(デジタル出力) | ±0.1〜1 °C | −55〜150 °C | I2C/SPI。最も使いやすい |
| サーミスタ (NTC) | ±0.5〜2 °C | −50〜150 °C | 安い・高感度・非線形 |
| RTD(Pt100/Pt1000) | ±0.1 °C | −200〜850 °C | 高精度・高線形。高価。励起電流が要る |
| 熱電対 | ±1〜2 °C | −200〜1800 °C | 超広範囲。冷接点補償が必要。出力が µV/°C |
PN 接合温度センサ
06 章の \(\Delta V_{BE}\) をそのまま使う。
これは絶対温度に厳密に比例する。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 傾きが物理定数だけで決まる | \(k/q \cdot \ln N\)。プロセスに依存しない |
| オフセットの校正だけでよい | 1 点校正で精度が出せる |
| MCU に内蔵しやすい | 追加の工程が不要 |
MCU 内蔵温度センサは「校正しないと精度が出ない」.
多くの MCU が、工場で校正した値をフラッシュに書き込んでいる (例: 30 °C と 110 °C での ADC 値)。
/* 校正値を使った温度計算の例 */ float temp = (110.0f - 30.0f) / (float)(TS_CAL2 - TS_CAL1) * (float)(adc_value - TS_CAL1) + 30.0f;これを使わずに公称の傾きで計算すると、±10 °C 以上ずれることがある。 リファレンスマニュアルで校正値の場所を確認すること。
サーミスタ(NTC)
\(T\) は絶対温度 [K]、\(B\) は B 定数(3000〜4500 K が典型)。
より正確には Steinhart-Hart の式:
サーミスタの読み取り回路
\(R_{pull}\) の選び方.
測定したい温度範囲の中央で、\(R_{pull} = R_{NTC}\) にする。 ここで感度(\(dV/dT\))が最大になる。
例: 25 °C を中心に測るなら、\(R_{25} = 10\) kΩ の NTC に \(R_{pull} = 10\) kΩ。
これは比率測定なので、VDD をリファレンスにしてよい(前節)。 \(V_{DD}\) が変動しても、分子分母で相殺される。
ただし——\(R_{pull}\) の精度と温度係数は誤差になる。 ±1 % / 100 ppm/°C 品を使うこと。
温度センサの読み取りを確かめる
センサ方式・温度・回路定数を変えて、出力と非線形性を確かめられる。
熱電対
2 種類の金属の接合点で、温度差に応じた電圧が発生する(ゼーベック効果)。
| 種類 | 感度 | 範囲 |
|---|---|---|
| K 型 | 約 41 µV/°C | −200〜1250 °C |
| T 型 | 約 43 µV/°C | −200〜350 °C |
| J 型 | 約 55 µV/°C | −40〜750 °C |
熱電対の 2 つの難しさ.
1. 出力が極めて小さい。 41 µV/°C なので、1 °C の分解能には41 µV を測れる回路が要る。 オペアンプのオフセット(07 章)が数 mV あると、数十 °C の誤差になる。 ゼロドリフトオペアンプか、専用 IC が必要である。
2. 冷接点補償(CJC)が要る。 熱電対が測れるのは「測定点と基準点(冷接点)の温度差」である。 冷接点の絶対温度を別のセンサで測って足す必要がある。
実際の温度 = 熱電対から求めた温度差 + 冷接点の温度
専用 IC(MAX31855、MCP9600 など)はこれを内蔵している。 熱電対を使うなら、専用 IC を使うのが確実である。
RTD(Pt100 / Pt1000)
Pt100 なら \(R_0 = 100\) Ω、\(A = 3.9083 \times 10^{-3}\)、\(B = -5.775 \times 10^{-7}\)。
感度は約 0.385 Ω/°C(Pt100)。
RTD で重要なのは「配線抵抗の補償」である.
Pt100 に 2 線式で接続すると、配線抵抗がそのまま誤差になる。 銅線 1 Ω = 2.6 °C の誤差。
方式 補償 2 線式 補償なし。短距離のみ 3 線式 配線抵抗が等しいと仮定して相殺 4 線式(ケルビン接続) 電流線と電圧線を分ける。最も正確 4 線式では、電圧測定線に電流が流れないので、配線抵抗の影響がゼロになる。 シャント抵抗による電流測定(22 章)でも同じ手法が使われる。
自己発熱
センサに電流を流すと、センサ自身が発熱する。
| センサ | 対策 |
|---|---|
| サーミスタ | 励起電流を小さく(数十 µA)。間欠測定にする |
| RTD | 励起電流 0.1〜1 mA。それ以上は自己発熱が問題になる |
6. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 基準の重要性 | 測定精度は基準の精度で決まる。50 ppm/°C × 60 °C = 0.3 %(12 LSB) |
| バンドギャップ | CTAT(\(V_{BE}\))+ PTAT(\(\Delta V_{BE}\))で温度係数をゼロにする |
| なぜ 1.2 V | シリコンのバンドギャップ電圧。物理定数から出てくる |
| 抵抗の比 | IC では絶対値ではなく比が正確。だから比で決まる回路を使う |
| 曲率補正 | 2 次の項を消す。20〜50 → 2〜10 ppm/°C |
| 埋込ツェナー | 最高精度(1〜3 ppm/°C)・最低ノイズ。ただし 7 V 以上が必要 |
| ADC の VREF | 必ず容量を入れる。SAR は変換のたびに電荷を引く |
| VDD をリファレンスに | 通常は誤り。ただし比率測定では正しい |
| MCU 内蔵温度センサ | 工場校正値を使わないと ±10 °C 以上ずれる |
| サーミスタ | \(R_{pull} = R_{NTC}\)(中心温度で)にすると感度最大。比率測定でよい |
| 熱電対 | 41 µV/°C と極小。冷接点補償が必須。専用 IC を使う |
| RTD | 高精度。4 線式で配線抵抗の影響をゼロにする |
| 自己発熱 | 励起電流を小さく、または間欠測定 |
ここまでで第 III 部は終わりである。 次章から第 IV 部——デジタル IC の内部に入る。