Chapter 06
バイポーラトランジスタと使い分け
この章がなぜ必要なのか——アナログ IC の中では、まだ BJT が主役だから.
デジタル回路は完全に CMOS に置き換わった。 だがアナログ IC の内部では、バイポーラが今も広く使われている。
理由は 3 つ。
- \(g_m\)(相互コンダクタンス)が同じ電流で MOSFET より大きい → 高利得
- マッチング(素子間のばらつき)が良い → 低オフセット
- \(V_{BE}\) の温度特性が正確に予測できる → バンドギャップ(10 章)
オペアンプ(07 章)とリファレンス(10 章)を理解するには、BJT が要る。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). バイアス(01 章 4 節)、LED(04 章 4 節)、熱暴走(04 章 3 節)、オペアンプ(05 章)、スイッチング電源(05 章)、増幅(05 章 2 節)、飽和領域(05 章 2 節)
1. 構造と動作
NPN トランジスタの構造。PN 接合が 2 つ背中合わせになっている。
| 端子 | 役割 |
|---|---|
| E(エミッタ) | キャリアを「注入」する。高濃度ドープ |
| B(ベース) | 制御端子。非常に薄い |
| C(コレクタ) | キャリアを「集める」 |
動作の直感
- BE 接合を順バイアスする(\(V_{BE} \approx 0.7\) V)
- エミッタから大量の電子がベースに注入される
- ベースが非常に薄いので、大部分の電子はベースで再結合せず、 コレクタ側の電界に引かれてコレクタに到達する
- ベースに残るのはごく一部(1/100〜1/300)
結果: 小さなベース電流で、大きなコレクタ電流を制御できる。
2. BJT の式
エバース・モルの式(活性領域)
ダイオードとまったく同じ形である(04 章)。
電流増幅率
| 記号 | 意味 | 典型値 |
|---|---|---|
| \(\beta\) | 直流電流増幅率 | 50〜500(品種・個体・電流・温度で大きく変わる) |
| \(\alpha\) | \(I_C/I_E = \beta/(\beta+1)\) | 0.98〜0.998 |
\(\beta\) は信用してはいけない値である.
- 同じ型番でも 3 倍以上ばらつく(データシートに min/max がある)
- 温度で変わる(高温で増える)
- 電流で変わる(大電流では減る)
だから回路設計では \(\beta\) に依存しない構成にするのが鉄則である。 具体的には——エミッタ抵抗による負帰還を使う(後述)。
相互コンダクタンス
これが BJT の最も重要な性質である。
| \(I_C\) | \(g_m\)(常温、\(V_T = 26\) mV) |
|---|---|
| 10 µA | 0.38 mS |
| 100 µA | 3.8 mS |
| 1 mA | 38 mS |
| 10 mA | 385 mS |
MOSFET との決定的な違い.
BJT MOSFET(飽和領域) \(g_m\) \(I_C / V_T\) \(\sqrt{2 k' (W/L) I_D}\) 電流依存 \(I\) に比例 \(\sqrt{I}\) に比例 同じ電流での大きさ 大きい 小さい \(I = 100\) µA での比較(典型的な値で):
- BJT: \(g_m = 3.8\) mS
- MOSFET: \(g_m \approx 0.3 \sim 1\) mS(\(W/L\) による)
同じ消費電流で、BJT の方が 4〜10 倍高い \(g_m\) が得られる。 利得は \(g_m \times R_{out}\) なので、BJT の方が高利得を作りやすい。
これがアナログ IC で BJT が使われ続けている最大の理由である。
BJT の特性を見る
\(V_{BE}\)・\(\beta\)・温度を変えて、出力特性と \(g_m\) を確かめられる。
3. 動作領域
| 領域 | BE 接合 | BC 接合 | 用途 |
|---|---|---|---|
| カットオフ | 逆 | 逆 | オフ |
| 活性(能動) | 順 | 逆 | 増幅 |
| 飽和 | 順 | 順 | スイッチ(完全オン) |
| 逆活性 | 逆 | 順 | ほぼ使わない(\(\beta\) が極小) |
飽和領域
スイッチとして使うときは、この領域に入れる。
飽和させるには、\(\beta\) の 5〜10 倍の余裕を持ったベース電流を流す.
$$I_B > \frac{I_C}{\beta_{min}} \times (5 \sim 10)$$
例: \(I_C = 100\) mA、\(\beta_{min} = 100\) なら
$$I_B > \frac{100\ \text{mA}}{100} \times 5 = 5\ \text{mA}$$
なぜ余裕が要るか: \(\beta\) は大電流で下がるし、低温でも下がる。 ぎりぎりだと飽和しきらず、\(V_{CE}\) が大きいまま発熱する。
ただし過剰に流すとオフが遅くなる(蓄積時間が伸びる)。 高速スイッチングでは、ショットキーでクランプする(ベーカークランプ)か、 MOSFET を使う。
4. 温度依存性
\(V_{BE}\) の温度係数
一定電流で駆動したとき
ダイオードと同じである(04 章)。これが 10 章の主役になる。
\(\Delta V_{BE}\) — PTAT の源
2 つのトランジスタに、電流密度の比 \(N\) で電流を流す。
この値は絶対温度に比例する(PTAT: Proportional To Absolute Temperature)。
| \(N\) | \(\Delta V_{BE}\) @ 300 K | 温度係数 |
|---|---|---|
| 2 | 17.9 mV | +0.060 mV/K |
| 8 | 53.7 mV | +0.179 mV/K |
| 10 | 59.5 mV | +0.199 mV/K |
\(V_{BE}\) が \(-2\) mV/K で、\(\Delta V_{BE}\) が \(+0.18\) mV/K.
足し合わせて温度係数をゼロにできる。
$$V_{ref} = V_{BE} + M \cdot \Delta V_{BE}$$
\(M \times 0.179 = 2.0\) となる \(M \approx 11\) を選べば、温度係数がゼロになる。
このとき \(V_{ref} \approx 0.65 + 11 \times 0.054 \approx 1.24\) V —— これがバンドギャップリファレンスであり、1.2 V という値の由来である(10 章)。
BJT の物理から、温度に依存しない基準電圧が作れる。 非常に美しい仕掛けである。
5. 基本回路
エミッタ接地増幅回路
エミッタ抵抗なしのとき(\(R_e = 0\)):
エミッタ抵抗ありのとき:
エミッタ抵抗を入れると、利得が抵抗比だけで決まる.
\(g_m\)(=電流と温度に依存)も \(\beta\)(=個体差が大きい)も式から消える。
代償として利得が下がるが、安定性と再現性が劇的に良くなる。 これが負帰還の最も基本的な形である(08 章で本格的に扱う)。
エミッタフォロワ(コレクタ接地)
| 特性 | 値 |
|---|---|
| 電圧利得 | 約 1(利得しない) |
| 入力インピーダンス | 高い(\(\beta \times R_e\)) |
| 出力インピーダンス | 低い(\(\approx 1/g_m + R_S/\beta\)) |
用途: バッファ(インピーダンス変換)。 高インピーダンスの信号源を、低インピーダンスに変換する。
エミッタフォロワは、オペアンプの出力段の基本形である(07 章)。
ただし単体では 0.7 V の電圧降下があり、片方向にしか電流を出せない。 だから実際はプッシュプル(NPN + PNP)で構成する。
カレントミラー — IC 内部の基本部品
2 つのトランジスタの \(V_{BE}\) が同じなら、\(I_C\) も同じになる。
(\(A\) はエミッタ面積。面積比で電流比を作れる。)
カレントミラーは IC 設計の最重要部品である.
抵抗は IC 上で場所を食い、精度も出ない。 だから IC の中では「抵抗の代わりにカレントミラー」が基本になる。
ただしミラーの精度は素子のマッチングに依存する。 これが BJT の強みである——同じ IC 内の BJT は、 MOSFET より \(V_{BE}\) のばらつきが小さい。
差動対
2 つの入力の「差」だけを増幅する。
小信号では
| 特性 | 内容 |
|---|---|
| 差動利得 | \(g_m R_c\) |
| 同相利得 | 定電流源の出力抵抗が高いほど小さい |
| CMRR | 差動利得 / 同相利得。60〜120 dB |
差動対は、オペアンプの入力段そのものである(07 章)。
差だけを増幅し、両方に共通に乗ったノイズ(同相ノイズ)を打ち消す。 これが「差動」の価値であり、通信の物理層(20 章)でも同じ原理が使われる。
線形範囲は狭い(\(\pm 2 V_T \approx \pm 50\) mV 程度)ので、 必ず負帰還をかけて使う(08 章)。
6. MOSFET との使い分け
| 観点 | BJT | MOSFET |
|---|---|---|
| 制御 | 電流(ベース電流が要る) | 電圧(直流電流不要) |
| \(g_m\)(同じ電流で) | 大きい | 小さい |
| 入力インピーダンス | 中(\(\beta / g_m\)) | 極めて高い |
| オン電圧 | \(V_{CE(sat)} \approx 0.2\) V(電流に依らずほぼ一定) | \(I \times R_{DS(on)}\)(電流に比例) |
| 並列接続 | 不可(熱暴走) | 可能(正の温度係数) |
| 温度係数(オン抵抗) | 負(熱暴走しやすい) | 正(安定) |
| スイッチング速度 | 蓄積時間があり遅い | 速い |
| マッチング(IC 内) | 良い | やや劣る |
| ノイズ(低周波) | 1/f ノイズが小さい | 1/f ノイズが大きい |
| 大電流 | 不利(ベース駆動が大変) | 有利 |
MOSFET と BJT を比べる
電流・温度を変えて、両者のオン電圧・損失・\(g_m\) を比較できる。
選び方の実務的な指針.
用途 選択 デジタルスイッチ(大電流) MOSFET 高周波スイッチング電源 MOSFET 小信号スイッチ(LED、リレー) どちらでも。BJT の方が安く簡単 オペアンプの入力段(低ノイズ) BJT オペアンプの入力段(低入力電流) MOSFET / JFET 高精度アナログ(マッチング重視) BJT 電圧リファレンス BJT(バンドギャップ) 超高電圧(> 1 kV) IGBT(BJT と MOSFET の合成) 小信号のスイッチに BJT を使うのは、今でも合理的である。 数円で買え、\(V_{GS}\) の心配がなく、\(V_{CE(sat)}\) が電流に依らない。
7. IGBT — 両者の合成
MOSFET のゲート(電圧駆動)と、BJT の出力(低いオン電圧)を組み合わせたものである。
| 特性 | 内容 |
|---|---|
| 駆動 | 電圧駆動(MOSFET と同じ) |
| オン電圧 | \(V_{CE(sat)} \approx 1.5 \sim 2.5\) V(電流に依らずほぼ一定) |
| 得意な領域 | 高電圧(600 V〜6.5 kV)・大電流・中周波(〜20 kHz) |
| 弱点 | テール電流によるターンオフ損失。高周波に向かない |
用途: インバータ、モータドライブ(数 kW 以上)、溶接機、EV
SiC / GaN の登場で、境界が動いている.
デバイス 得意な領域 Si MOSFET 〜200 V、高周波 SiC MOSFET 650 V〜1700 V、高周波。IGBT の領域を侵食中 GaN HEMT 〜650 V、超高周波(MHz 級)。小型充電器で普及 Si IGBT 600 V〜、大電流、中周波 SiC / GaN はオン抵抗が低く、スイッチングが速いので、 電源の小型化・高効率化が進んでいる(15 章)。
8. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 動作 | ベース電流で大きなコレクタ電流を制御。\(I_C = \beta I_B\) |
| \(\beta\) | 信用してはいけない(3 倍以上ばらつく)。依存しない回路にする |
| \(g_m\) | \(I_C / V_T\)。電流に比例(MOSFET は \(\sqrt{I}\))。同じ電流で 4〜10 倍大きい |
| 用語の罠 | BJT の飽和 = 完全オン。MOSFET とは逆(05 章) |
| 飽和させるには | \(\beta_{min}\) の 5〜10 倍の余裕を持ったベース電流 |
| \(V_{BE}\) | \(-2\) mV/°C。10 章のバンドギャップの主役 |
| \(\Delta V_{BE}\) | \(V_T \ln N\)。PTAT(絶対温度に比例)。\(V_{BE}\) と足して温度係数ゼロ |
| エミッタ抵抗 | 利得が 抵抗比だけで決まる。\(g_m\) も \(\beta\) も消える(負帰還) |
| カレントミラー | IC 設計の最重要部品。定電流源・能動負荷・面積比での電流比 |
| 差動対 | オペアンプの入力段そのもの。差だけ増幅し、同相ノイズを打ち消す |
| 並列接続 | BJT は不可(熱暴走)、MOSFET は可能(正の温度係数) |
| 使い分け | 大電流スイッチは MOSFET、高精度アナログと基準電圧は BJT |
| IGBT / SiC / GaN | 高電圧大電流は IGBT。SiC / GaN が境界を動かしている |
ここまでで第 II 部は終わりである。 次章から第 III 部——アナログ IC の内部に入る。まずオペアンプ。