Chapter 04
ダイオードと PN 接合 — 指数関数で効く素子
この章がなぜ必要なのか——PN 接合は、すべての半導体の基本単位だから.
ダイオードは PN 接合が 1 つ。 バイポーラトランジスタは PN 接合が 2 つ(06 章)。 MOSFET のボディダイオードも PN 接合(05 章)。 バンドギャップリファレンスは PN 接合の物理を使う(10 章)。
つまり——PN 接合の式を 1 つ理解すると、半導体の大半が繋がる。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). E24(01 章 6 節)、バイアス(01 章 4 節)、インダクタ(02 章 7 節)、コンデンサ(02 章 7 節)
1. ダイオードの動作
一方向にしか電流を流さない素子。
| バイアス | 状態 |
|---|---|
| 順方向(A が K より高電位) | 電流が流れる。電圧降下は約 0.7 V(Si) |
| 逆方向(K が A より高電位) | ほぼ流れない(漏れ電流のみ) |
2. ダイオードの式
| 記号 | 意味 | 典型値 |
|---|---|---|
| \(I_S\) | 飽和電流 | \(10^{-15} \sim 10^{-12}\) A(小信号 Si ダイオード) |
| \(n\) | 理想係数 | 1〜2(理想は 1) |
| \(V_T\) | 熱電圧 \(kT/q\) | 約 25.9 mV @ 300 K |
熱電圧 \(V_T\)
\(k\) はボルツマン定数、\(T\) は絶対温度、\(q\) は電気素量。
| 温度 | \(V_T\) |
|---|---|
| 0 °C (273 K) | 23.5 mV |
| 25 °C (298 K) | 25.7 mV |
| 85 °C (358 K) | 30.9 mV |
「常温で約 26 mV」と覚えておくこと。 10 章のバンドギャップで再登場する。
指数関数の帰結
順方向では \(e^{V/(nV_T)} \gg 1\) なので
逆に解くと
電流が 10 倍になると、電圧は \(n V_T \ln 10 \approx 60n\) mV しか上がらない。
| 電流 | 順方向電圧(\(n=1\)、相対値) |
|---|---|
| 1 µA | 基準 |
| 10 µA | +60 mV |
| 100 µA | +120 mV |
| 1 mA | +180 mV |
| 10 mA | +240 mV |
これが「ダイオードは電圧をほぼ一定に保つ」ように見える理由である.
電流が 4 桁変わっても、電圧は 240 mV しか変わらない。 だから「シリコンダイオードの順方向電圧は約 0.7 V」という近似が使える。
逆に言えば——電圧を少し上げただけで電流が爆発的に増える。 電圧源で直接駆動してはいけない。必ず電流を制限すること。
ダイオードの I-V 特性を見る
飽和電流・理想係数・温度を変えて、I-V 特性がどう変わるかを確かめられる。
3. 温度依存性
順方向電圧は、温度が上がると下がる。
一定電流で駆動したときの話である。
なぜ下がるのか(直感的な説明).
\(V = n V_T \ln (I/I_S)\) で、\(V_T\) は温度に比例して増える。 だが \(I_S\) は温度とともに指数的に急増する(バンドギャップに依存)。
\(I_S\) の増加の効果が勝つので、全体では電圧が下がる。
この −2 mV/°C という値は、 10 章のバンドギャップリファレンスと温度センサで中心的な役割を果たす。 覚えておくこと。
実務での帰結:
| 現象 | 内容 |
|---|---|
| 熱暴走 | 温度上昇 → \(V_F\) 低下 → 電流増加 → さらに温度上昇(正帰還) |
| 並列接続の危険 | 複数のダイオードを並列にすると、電流が 1 個に集中する |
| 温度測定に使える | 一定電流で駆動して \(V_F\) を測れば温度が分かる |
ダイオードや BJT を並列接続してはいけない理由.
2 個並列にして、片方がわずかに温度が高いとする。 → その個体の \(V_F\) が下がる → 電流がそちらに偏る → さらに発熱する → さらに偏る → 1 個に全電流が集中して破壊
どうしても並列にするなら、各素子に直列抵抗(バランス抵抗)を入れる。 これで負帰還がかかり、電流が均等化される。
MOSFET は逆で、並列にしやすい(05 章)。オン抵抗が正の温度係数を持つため。
4. ダイオードの種類
| 種類 | \(V_F\) | 特徴 | 用途 |
|---|---|---|---|
| 一般整流(Si) | 0.6〜1.1 V | 安い。逆回復時間が長い | 低周波の整流 |
| ファストリカバリ | 0.8〜1.5 V | 逆回復が速い | スイッチング電源 |
| ショットキー | 0.2〜0.5 V | 逆回復がほぼゼロ。低損失。逆漏れ電流が大きい | 高周波整流、逆流防止 |
| ツェナー | — | 逆方向の降伏を利用して基準電圧を作る | 電圧クランプ、簡易基準 |
| TVS(サージ保護) | — | 高速でサージを吸収 | ESD / サージ保護(19 章) |
| LED | 1.8〜3.4 V | 発光。\(V_F\) は色で決まる | 表示 |
| PIN | — | 高周波スイッチ、光検出 | RF、フォトダイオード |
ショットキーダイオード
金属と半導体の接合を使う。PN 接合ではない。
| 長所 | 短所 |
|---|---|
| \(V_F\) が低い(損失が小さい) | 逆漏れ電流が大きい(数 µA〜数百 µA) |
| 少数キャリアの蓄積がない → 逆回復がほぼゼロ | 逆耐圧が低い(〜200 V 程度) |
| 高速スイッチングに最適 | 漏れ電流の温度依存が大きい |
逆回復(リバースリカバリ)とは.
通常の PN 接合ダイオードは、順方向で流していた電流を切っても、 蓄積された少数キャリアが掃き出されるまで、逆方向に電流が流れ続ける。
逆回復。オフにした瞬間、蓄積された電荷が抜けるまで逆向きに電流が流れる。これがスイッチング損失とノイズになる スイッチング電源(15 章)では、この期間が損失とノイズの主因になる。 だからショットキーかファストリカバリを使う。
一般整流ダイオード(1N400x など)を 100 kHz のスイッチング電源に使うのは誤り。
ツェナーダイオード
逆方向に一定電圧以上をかけると、降伏して電流が流れる。
| ツェナー電圧 | 支配する現象 | 温度係数 |
|---|---|---|
| < 5 V | ツェナー降伏 | 負(−2 mV/°C 程度) |
| ≈ 5.6 V | 両方 | ほぼゼロ |
| > 6 V | アバランシェ降伏 | 正(+2 mV/°C 程度) |
5.6 V 付近のツェナーは温度特性が最も良い.
2 つの機構の温度係数が打ち消し合うためである。 高精度な基準が要るなら、5.6 V のツェナー + 順方向ダイオードという 組み合わせも古典的に使われる(−2 と +2 が相殺する)。
ただし現代では、バンドギャップリファレンス IC(10 章)の方が 低電圧・低消費電力・高精度で優れている。 ツェナーはクランプ(保護)用途が主になっている。
5. ダイオードの用途
用途 1: 整流
| 方式 | 特徴 |
|---|---|
| 半波整流 | ダイオード 1 個。効率が悪い。リプルが大きい |
| 全波(ブリッジ)整流 | ダイオード 4 個。両半サイクルを使う |
| 同期整流 | ダイオードの代わりに MOSFET を使う。損失が大幅に減る(15 章) |
同期整流はなぜ有利か.
ショットキーの \(V_F\) が 0.4 V で、10 A 流すなら 損失は 4 W。
MOSFET のオン抵抗が 5 mΩ なら、\(P = I^2 R = 100 \times 0.005 = \) 0.5 W。 8 倍の差である。
だから大電流のスイッチング電源では、必ず同期整流が使われる。
整流回路の動作を見る
方式・平滑コンデンサ・負荷を変えて、リプルがどう変わるかを見る。
用途 2: フライバック(還流)ダイオード
インダクタ性負荷(リレー・ソレノイド・モータ)の駆動に必須。
なぜ必要か:
02 章で見たとおり、\(v = L \, di/dt\)。 MOSFET をオフにすると電流が急に切れ、\(di/dt\) が巨大になる。
MOSFET の耐圧を超えて破壊する。
ダイオードを入れると、コイルの電流がダイオードを通って還流し、 電圧が \(V_{CC} + V_F\) にクランプされる。
ダイオードだけだと、リレーの応答が遅くなる.
還流電流がゆっくり減衰するため、リレーの復帰時間が延びる。 速く切りたいなら——
方式 電圧クランプ 復帰速度 ダイオードのみ \(V_{CC} + 0.7\) V 遅い ダイオード + 抵抗 \(V_{CC} + 0.7 + I R\) 中 ダイオード + ツェナー \(V_{CC} + V_Z\) 速い エネルギーを速く消費させるほど速く切れるが、電圧が高くなる。 トランジスタの耐圧との兼ね合いで決める。
用途 3: 逆流防止・OR ing
電圧の高い方から給電される。 バッテリと AC アダプタの切り替えなどに使う。
ショットキーでも \(V_F\) の損失は無視できない.
5 V / 2 A なら、\(0.4 \times 2 = 0.8\) W の損失。 理想ダイオード IC(MOSFET + コントローラ)を使うと、 損失を 1/10 以下にできる。
用途 4: クランプ(保護)
入力電圧を \(-V_F\) 〜 \(V_{CC}+V_F\) の範囲に制限する。
MCU の GPIO には内蔵の ESD 保護ダイオードがあるが、 これは静電気(数 ns)用であって、連続的な過電圧には耐えられない(19 章)。
内蔵保護ダイオードによる思わぬ事故.
5 V を 3.3 V の入力に入れるときの最低限の保護。5V トレラントかどうかはピンごとに違う 5 V の信号を 3.3 V の MCU に入れると、 内蔵ダイオードを通って VDD に電流が流れ込む。
これが十分大きいと——MCU の VDD が持ち上がる(ファントム給電)。 MCU の電源を切っても、信号線から電流が流れ込んで、 中途半端に動作するという不可解な現象になる。
対策: 直列抵抗で電流を制限する(数 kΩ)か、 レベルシフタを使う(21 章)。
6. LED の駆動
LED も PN 接合だが、\(V_F\) が材料(=色)で決まる。
| 色 | 波長 | \(V_F\) の目安 |
|---|---|---|
| 赤 | 630 nm | 1.8〜2.2 V |
| 黄・橙 | 590 nm | 2.0〜2.4 V |
| 緑 | 525 nm | 2.8〜3.4 V |
| 青・白 | 460 nm | 2.8〜3.6 V |
電流制限抵抗の計算
例: 3.3 V 電源、赤 LED(\(V_F = 2.0\) V)、\(I_F = 5\) mA
\(V_F\) のばらつきが電流に直結する.
上の例で \(V_F\) が 1.8 V なら \(I = (3.3-1.8)/270 = 5.6\) mA、 2.2 V なら \(I = 4.1\) mA。±14 % のばらつき。
電源電圧が \(V_F\) に近いほど、この影響が大きくなる。 3.3 V 電源で青・白 LED(\(V_F = 3.2\) V)を駆動するのは危険である—— 抵抗にかかる電圧が 0.1 V しかなく、ばらつきで電流が数倍変わる。
対策: 定電流ドライバ IC を使う。輝度を揃えたいなら必須である。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| ダイオードの式 | \(I = I_S(e^{V/(nV_T)} - 1)\)。\(V_T \approx 26\) mV @ 常温 |
| 指数の帰結 | 電流 10 倍で電圧 +60 mV。だから「約 0.7 V 一定」に見える |
| 駆動 | 電圧源で直接駆動しない。必ず電流制限を入れる |
| 温度係数 | \(-2\) mV/°C。10 章のバンドギャップと温度センサの基礎 |
| 並列接続 | してはいけない(電流が集中して破壊)。するならバランス抵抗 |
| ショットキー | \(V_F\) 低・逆回復ほぼゼロ。漏れ電流大・耐圧低 |
| 逆回復 | 一般整流ダイオードを高周波で使うと損失とノイズの主因になる |
| ツェナー | 5.6 V 付近が最も温度特性が良い(2 つの機構が相殺) |
| フライバック | インダクタ負荷には必須。ないとトランジスタが壊れる |
| 速い復帰 | ダイオード + ツェナーでクランプ電圧を上げる |
| 内蔵保護ダイオード | 5 V 信号を 3.3 V MCU に入れるとファントム給電が起きる |
| LED | \(V_F\) は色で決まる。電源が \(V_F\) に近いと電流が大きくばらつく |
次章では、能動素子の中心——MOSFET を扱う。 これがすべての現代 IC の基本部品である。