Chapter 05
MOSFET — 電圧で開閉するスイッチ
この章がなぜ必要なのか——現代の IC は、ほぼすべて MOSFET でできている.
MCU の中身も、ロジック IC も、オペアンプも、電源 IC も、メモリも、 中を開ければ MOSFET が並んでいる。
だから MOSFET の動作を理解すると——
——が、すべて同じ知識で説明できる。
1. 構造と動作
N チャネル MOSFET の構造
| 端子 | 名前 | 役割 |
|---|---|---|
| G | ゲート | 制御電極。絶縁されているので直流電流は流れない |
| D | ドレイン | 電流の出口 |
| S | ソース | 電流の入口 |
| B | ボディ(バルク) | 基板。通常はソースに接続する |
動作の直感
ゲートに正の電圧をかけると、電界で p 基板の表面に電子が集まり、 n チャネル(電子の通り道)ができる。
| \(V_{GS}\) | 状態 |
|---|---|
| \(V_{GS} < V_{th}\) | チャネルなし。オフ(サブスレッショルド漏れのみ) |
| \(V_{GS} > V_{th}\) | チャネルあり。オン |
ゲートに電流が流れない、というのが決定的に重要である.
バイポーラトランジスタ(06 章)はベース電流が必要だが、 MOSFET は電圧をかけるだけでよい。
だから——
- 静的な消費電力がほぼゼロ(CMOS ロジックの根拠)
- 駆動回路が簡単
- ただしゲート容量の充放電に電流が要る(動的電力の根拠)
2. 3 つの動作領域
N チャネル MOSFET の式
カットオフ領域(\(V_{GS} < V_{th}\)):
線形(トライオード)領域(\(V_{GS} > V_{th}\) かつ \(V_{DS} < V_{GS} - V_{th}\)):
飽和領域(\(V_{GS} > V_{th}\) かつ \(V_{DS} \ge V_{GS} - V_{th}\)):
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| \(\mu_n\) | 電子の移動度 |
| \(C_{ox}\) | ゲート酸化膜の単位面積容量 |
| \(W/L\) | チャネルの幅と長さの比。設計者が決める最重要パラメータ |
| \(V_{th}\) | 閾値電圧 |
| \(\lambda\) | チャネル長変調係数(出力抵抗を決める) |
\(\mu_n C_{ox}\) をまとめて \(k'\)(プロセス定数)と書くことも多い。
領域の使い分け
| 領域 | 用途 | 振る舞い |
|---|---|---|
| 線形領域 | スイッチ | ほぼ抵抗(オン抵抗 \(R_{DS(on)}\)) |
| 飽和領域 | 増幅 | ほぼ定電流源(\(V_{GS}\) で制御) |
用語の混乱に注意.
MOSFET の「飽和」=定電流領域(増幅に使う) BJT の「飽和」=完全にオンした領域(スイッチに使う)
正反対の意味である。 06 章で改めて整理する。
スイッチとして使うときのオン抵抗
線形領域で \(V_{DS} \ll V_{GS} - V_{th}\) なら、\(V_{DS}^2\) の項が無視でき
\(V_{GS}\) を高くするほどオン抵抗が下がる。 これが重要な設計指針になる。
MOSFET の特性を見る
\(V_{GS}\)・\(V_{th}\)・\(W/L\) を変えて、出力特性と転送特性を確かめられる。
3. P チャネル MOSFET
極性がすべて逆になる。
| N チャネル | P チャネル | |
|---|---|---|
| オンにする条件 | \(V_{GS} > V_{th}\)(正) | \(V_{GS} < V_{th}\)(負) |
| 電流の向き | D → S | S → D |
| ソースの接続先 | GND 側(ローサイド) | 電源側(ハイサイド) |
| キャリア | 電子 | 正孔 |
| 移動度 | 速い | 遅い(電子の 1/2〜1/3) |
| 同じ性能に必要な面積 | 小 | 大(2〜3 倍) |
P チャネルが遅い・大きい、という事実が設計に影響する.
CMOS 回路(11 章)では、PMOS の \(W/L\) を NMOS の 2〜3 倍にするのが定石である。 こうしないと立ち上がりと立ち下がりの速度が揃わない。
また、パワー MOSFET でも同じ性能の P チャネルは高価で大きい。 だからハイサイドスイッチには、P チャネルではなく N チャネル + チャージポンプを使う設計が多い(後述)。
4. ボディダイオード
MOSFET には必ず寄生ダイオードがある。
これは、ボディ(p)とドレイン(n+)の PN 接合である。
「MOSFET は双方向スイッチではない」ことに注意.
電池の逆流防止や、双方向の信号スイッチには——
- MOSFET を 2 個、背中合わせ(back-to-back)に接続する
- 双方向対応のロードスイッチ IC を使う
「MOSFET でスイッチを作ったが、オフにしても電流が流れる」 という現象の原因は、ほぼこれである。
5. 寄生容量とスイッチング
MOSFET の速度を決めるのは、ゲート容量である。
| 容量 | 名前 | 影響 |
|---|---|---|
| \(C_{gs}\) | ゲート-ソース間 | 充電が必要 |
| \(C_{gd}\) | ゲート-ドレイン間 | ミラー容量。最も厄介 |
| \(C_{ds}\) | ドレイン-ソース間 | 出力容量に含まれる |
データシートには次の形で載っていることが多い。
| 記号 | 定義 |
|---|---|
| \(C_{iss}\) | 入力容量 \(= C_{gs} + C_{gd}\) |
| \(C_{oss}\) | 出力容量 \(= C_{ds} + C_{gd}\) |
| \(C_{rss}\) | 帰還容量 \(= C_{gd}\) |
ゲート電荷 \(Q_g\)
実務では容量よりゲート電荷で考える方が正確である。
例: \(Q_g = 20\) nC、ゲートドライブ電流 1 A なら
ミラープラトー
ゲート電圧をゆっくり上げていくと、途中で平らになる区間がある。
理由: \(V_{DS}\) が変化している間、\(C_{gd}\) を通じて電荷が抜けるため、 ゲート電圧が上がらない。
ミラープラトーの期間が、スイッチング損失の大半を生む.
この期間は \(V_{DS}\) も \(I_D\) も大きい——つまり電力を消費している。
$$P_{sw} = \frac{1}{2} V_{DS} I_D (t_{on} + t_{off}) f_{sw}$$
スイッチング周波数に比例するので、 高周波化すると損失が増える(15 章のトレードオフ)。
対策: ゲートドライブ電流を増やして、プラトー期間を短くする。 だから専用のゲートドライバ IC(22 章)が必要になる。
スイッチング波形を見る
ゲート抵抗・ゲート電荷・負荷を変えて、スイッチング波形と損失を確かめられる。
6. 損失の 2 種類
| 損失 | 式 | 支配する条件 |
|---|---|---|
| 導通損失 | \(P = I^2 R_{DS(on)}\) | 大電流・低周波 |
| スイッチング損失 | \(P \approx \frac12 V I (t_r + t_f) f\) | 高電圧・高周波 |
最後の項はゲート駆動損失である。
どちらが支配的かで、選ぶ MOSFET が変わる.
用途 重視するもの 低周波・大電流(負荷スイッチ) \(R_{DS(on)}\) を小さく 高周波スイッチング(電源) \(Q_g\) と \(C_{oss}\) を小さく この 2 つはトレードオフである。 \(R_{DS(on)}\) を下げるにはチップ面積を大きくする必要があり、 するとゲート容量も増える。
だから MOSFET の性能指標として \(R_{DS(on)} \times Q_g\)(FOM: Figure of Merit) が使われる。小さいほど良い。
7. \(V_{GS}\) の設計
ロジックレベル MOSFET
| 種類 | 完全にオンにするために必要な \(V_{GS}\) |
|---|---|
| 標準 | 10 V |
| ロジックレベル | 4.5 V(5 V 駆動可) |
| 低電圧ロジックレベル | 2.5 V(3.3 V 駆動可) |
最も多い設計ミス: \(V_{GS}\) が足りない.
データシートの \(R_{DS(on)}\) は、特定の \(V_{GS}\) での値である。
規定条件 R_DS(on) \(V_{GS} = 10\) V 10 mΩ \(V_{GS} = 4.5\) V 25 mΩ 3.3 V の MCU で直接駆動すると、 オン抵抗が数倍〜数十倍になり、発熱して壊れる。
対策:
- \(V_{GS(th)}\) ではなく \(R_{DS(on)}\) の条件を見る
- 3.3 V 駆動なら「\(V_{GS} = 2.5\) V で規定」の品種を選ぶ
- ゲートドライバ IC を使う(22 章)
ゲート抵抗とプルダウン
| 抵抗 | 役割 |
|---|---|
| \(R_g\)(直列、10〜100 Ω) | スイッチング速度の調整。リンギングのダンピング(03 章) |
| \(R_{gs}\)(プルダウン、10k〜100k) | MCU が Hi-Z のときに確実にオフにする |
\(R_{gs}\) を忘れると、電源投入時に事故が起きる.
MCU が起動するまで GPIO は Hi-Z(ハイインピーダンス)である。 ゲートは容量なので、電荷が残っていると中途半端にオンする。
特にモータドライバの上下アーム(22 章)では、 同時オンで貫通電流が流れ、一瞬で破壊する。
\(R_{gs}\) は必ず入れること。 数十円の部品で数万円の損害を防げる。
8. ハイサイドスイッチ
負荷の電源側でスイッチする構成。
P チャネルの場合
GND 基準の信号で駆動できないので、レベルシフトが必要(VCC が 3.3 V を超える場合)。
N チャネル + チャージポンプ
ソース電位が VCC まで上がるので、ゲートを VCC より高くしなければならない。 そのためにチャージポンプ(ブートストラップ)で昇圧する。
| 方式 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| P チャネル | 駆動が簡単 | オン抵抗が大きい・高価・大きい |
| N チャネル + チャージポンプ | オン抵抗が小さい・安い | 駆動回路が複雑(専用 IC を使う) |
大電流ではほぼ必ず N チャネル + 専用ハイサイドドライバ IC が使われる(22 章)。
9. パワー MOSFET の実装上の注意
| 注意点 | 内容 |
|---|---|
| 熱設計 | \(T_j = T_a + P \times R_{th(j-a)}\)。基板の銅箔面積が放熱器になる |
| \(R_{DS(on)}\) の温度依存 | 正の温度係数(高温で増える)。25 °C の値の 1.5〜2 倍で計算する |
| 並列接続 | 可能。正の温度係数が電流を自動的に均等化する(04 章の BJT と逆) |
| アバランシェ耐量 | 誘導負荷でのスパイク吸収能力。\(E_{AS}\) で規定 |
| SOA(安全動作領域) | 電圧・電流・時間の組み合わせで規定される限界 |
| \(dv/dt\) 誤点弧 | 急峻な \(dv/dt\) が \(C_{gd}\) 経由でゲートを持ち上げ、誤ってオンする |
\(R_{DS(on)}\) の温度係数が正であることの意味.
温度上昇 → オン抵抗増加 → 電流減少(並列接続時)→ 自動的に均等化
これがMOSFET は並列接続できるが、BJT はできない理由である(04 章・06 章)。
ただし同じ理由で、単体では熱設計が厳しくなる。 100 °C での \(R_{DS(on)}\) は 25 °C の 1.5〜1.7 倍になるので、 必ず高温での値で損失を計算すること。
10. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 構造 | ゲートは絶縁されている。直流電流が流れない |
| 3 領域 | カットオフ/線形(スイッチ)/飽和(増幅) |
| 用語の罠 | MOSFET の飽和 = 定電流、BJT の飽和 = 完全オン。正反対 |
| オン抵抗 | \(V_{GS}\) を高くするほど下がる |
| P チャネル | 移動度が低く、同性能に 2〜3 倍の面積が要る |
| ボディダイオード | 必ずある。逆方向は遮断できない。双方向には 2 個背中合わせ |
| ミラープラトー | \(C_{gd}\) が原因。スイッチング損失の大半がここで発生 |
| 2 つの損失 | 導通損失(\(I^2 R\))とスイッチング損失(\(\propto f\)) |
| FOM | \(R_{DS(on)} \times Q_g\)。小さいほど良い(トレードオフの指標) |
| 最多の設計ミス | \(V_{GS}\) 不足。\(V_{GS(th)}\) ではなく \(R_{DS(on)}\) の規定条件を見る |
| ゲート周辺 | \(R_{gs}\) プルダウンは必須。Hi-Z 時の誤点弧を防ぐ |
| ハイサイド | 大電流では N チャネル + チャージポンプが定石 |
| 温度係数 | \(R_{DS(on)}\) は正の温度係数。並列可能だが、高温の値で設計する |
次章では、もう 1 つのトランジスタ—— バイポーラを扱い、MOSFET との使い分けを整理する。