Chapter 03
過渡応答とフィルタ — RC の時定数がすべての「なまり」の正体
この章がなぜ必要なのか——「波形がなまる」の原因はほぼ RC である.
- I2C の立ち上がりが遅い → プルアップ抵抗と配線容量の RC
- リセット信号がゆっくり上がる → リセット IC の外付け RC
- センサ出力にノイズが乗る → ローパスフィルタが足りない
- スイッチのチャタリング → RC で鈍らせて解決する
RC の時定数 1 つを理解すれば、これら全部が説明できる。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 寄生インダクタンス(01 章 7 節)、アンチレゾナンス(02 章 6 節)、コンデンサ(02 章 7 節)
1. RC 回路の過渡応答
入力が 0 V から \(V_0\) にステップ変化したときの出力は
導出
コンデンサに流れる電流は \(i = C \, dv_{out}/dt\)。 抵抗を流れる電流も同じなので
整理すると
これは 1 階の線形微分方程式で、初期条件 \(v_{out}(0) = 0\) の解が上式である。
時定数の感覚
| 経過時間 | 到達率 | 残り |
|---|---|---|
| \(1\tau\) | 63.2 % | 36.8 % |
| \(2\tau\) | 86.5 % | 13.5 % |
| \(3\tau\) | 95.0 % | 5.0 % |
| \(4\tau\) | 98.2 % | 1.8 % |
| \(5\tau\) | 99.3 % | 0.7 % |
| \(7\tau\) | 99.91 % | 0.09 % |
実務で覚えるべき数値は 3 つ.
- \(1\tau\) で 63 %
- \(3\tau\) で 95 %(「だいたい落ち着いた」の目安)
- \(5\tau\) で 99.3 %(「完全に落ち着いた」の目安)
ADC のサンプリング(17 章)では、 必要な分解能に応じて何 τ 待つかが決まる。 12 bit なら 1 LSB = 1/4096 ≈ 0.024 % なので、
$$e^{-t/\tau} < \frac{1}{4096} \quad \Rightarrow \quad t > \tau \ln 4096 \approx 8.3\tau$$
12 bit の精度で確定させるには 8.3τ 以上必要、と計算できる。
立ち上がり時間 \(t_r\)
10 % から 90 % までの時間は
これが I2C のプルアップ抵抗の計算に直結する(20 章)。
RC の過渡応答を見る
R・C・入力波形を変えて、出力がどう変化するかを確かめられる。
2. RC ローパスフィルタ
同じ回路を、周波数領域で見る。
大きさ(振幅特性)は
カットオフ周波数
利得が \(1/\sqrt{2}\)(−3 dB)になる周波数をカットオフ周波数という。
| \(f\) | 利得 | dB |
|---|---|---|
| \(0.1 f_c\) | 0.995 | −0.04 dB |
| \(f_c\) | 0.707 | −3 dB |
| \(10 f_c\) | 0.0995 | −20 dB |
| \(100 f_c\) | 0.0100 | −40 dB |
1 次のフィルタは、カットオフより上で −20 dB/decade(−6 dB/octave)で落ちる。
時定数とカットオフの関係
そして立ち上がり時間との関係は
\(t_r \cdot f_c \approx 0.35\) は非常に有用な経験則である.
「立ち上がり 1 ns の信号は、どこまでの周波数成分を持つか」
$$f \approx \frac{0.35}{1\ \text{ns}} = 350\ \text{MHz}$$
クロック周波数が 10 MHz でも、立ち上がりが速ければ数百 MHz の成分がある。 これが 23 章(シグナルインテグリティ)と 24 章(EMC)の出発点になる。
「遅いクロックだから高周波の対策は要らない」は誤りである。
フィルタの周波数特性を見る
フィルタの種類・次数・カットオフを変えて、ボード線図と時間応答を確かめられる。
3. ハイパスフィルタ
R と C を入れ替える。
カットオフは同じく \(f_c = 1/(2\pi RC)\)。
| 用途 | 内容 |
|---|---|
| AC カップリング | 直流成分を除去して交流だけ通す |
| ドリフト除去 | センサの直流オフセットを取る |
| 微分回路 | \(f \ll f_c\) では \(v_{out} \approx RC \, dv_{in}/dt\) |
AC カップリングコンデンサの容量は、下限周波数から決める.
「オーディオで 20 Hz まで通したい。入力インピーダンス 10 kΩ」
$$C > \frac{1}{2\pi \times 20 \times 10000} = 0.8\ \mu\text{F} \quad \rightarrow \quad 1\ \mu\text{F 以上}$$
実際は余裕を見て 4.7 µF や 10 µF を使う。
4. フィルタの次数と種類
次数を上げると急峻になる
| 次数 | 減衰 | 素子 |
|---|---|---|
| 1 次 | −20 dB/dec | RC 1 段 |
| 2 次 | −40 dB/dec | RC 2 段、または LC、またはアクティブ |
| 3 次 | −60 dB/dec | |
| \(n\) 次 | \(-20n\) dB/dec |
RC を単純に 2 段カスケードしても、きれいな 2 次にはならない.
2 段目が 1 段目の負荷になり、互いに干渉する。 カットオフがずれ、減衰も理論どおりにならない。
対策:
- 段の間にバッファ(オペアンプ)を入れる(08 章)
- 後段のインピーダンスを 10 倍以上にする(\(R_2 \gg R_1\)、\(C_2 \ll C_1\))
- アクティブフィルタ(Sallen-Key など)を使う
代表的なフィルタ特性
| 特性 | 通過域 | 遷移 | 位相 | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| バターワース | 最大平坦 | 中 | 中 | 汎用。迷ったらこれ |
| チェビシェフ | リプルあり | 急峻 | 悪い | 遷移の急峻さ重視 |
| ベッセル | なだらか | 緩い | 最良(群遅延平坦) | パルス波形を保ちたい |
| 楕円(カウアー) | リプルあり | 最も急峻 | 最悪 | 帯域制限が厳しい場合 |
組み込みでは「ベッセル」が有用な場面が多い.
矩形波やパルスを通すとき、位相特性が悪いと波形が崩れる(リンギング・オーバーシュート)。 ベッセルは群遅延が平坦なので、波形の形が保たれる。
一方、アンチエイリアシングフィルタ(17 章)では 遷移の急峻さが重要なので、バターワースやチェビシェフを選ぶ。
5. RLC 回路と共振
共振周波数は
Q 値(尖鋭度)は
| Q | 挙動 |
|---|---|
| \(Q < 0.5\) | 過減衰。振動しない。ゆっくり収束 |
| \(Q = 0.5\) | 臨界減衰。最速で収束(オーバーシュートなし) |
| \(Q = 0.707\) | バターワース。−3 dB でカットオフ、平坦 |
| \(Q > 1\) | 不足減衰。リンギング(振動)が出る |
| \(Q \gg 1\) | 大きく振動。共振周波数でピークが出る |
減衰係数との関係
オーバーシュート量は
| \(Q\) | \(\zeta\) | オーバーシュート |
|---|---|---|
| 0.5 | 1.0 | 0 % |
| 0.707 | 0.707 | 4.3 % |
| 1.0 | 0.5 | 16 % |
| 2.0 | 0.25 | 44 % |
| 5.0 | 0.1 | 73 % |
RLC の共振とリンギングを見る
L・C・R を変えて、Q 値・共振・過渡波形がどう変わるかを確かめられる。
リンギングは至るところで現れる.
場所 原因 配線の反射(23 章) 配線のインダクタンスと負荷容量 MOSFET のスイッチング(05 章) 寄生インダクタンスと \(C_{oss}\) LDO の出力(14 章) フィードバックループの位相余裕 デカップリングのアンチレゾナンス(16 章) 複数コンデンサの LC どれも「LC があって、減衰が足りない」という同じ構造である。 対策も同じ——抵抗(損失)を入れて Q を下げる(ダンピング)。
6. 実務でのフィルタ設計
用途別の考え方
| 用途 | カットオフの決め方 |
|---|---|
| アンチエイリアシング | サンプリング周波数の 1/2 より十分下(17 章) |
| ノイズ除去 | 信号帯域より上、ノイズ帯域より下 |
| チャタリング除去 | 数 ms〜数十 ms(機械的な振動の周期より長く) |
| デバウンス(RC + シュミット) | 10〜50 ms 程度 |
| リセット遅延 | 電源が安定するまでの時間(数 ms〜数百 ms) |
スイッチのチャタリング対策
\(\tau = R_1 C = 10\text{k} \times 100\text{n} = 1\) ms。 \(3\tau = 3\) ms なので、3 ms 以下のチャタリングは除去できる。
必ずシュミットトリガ入力で受けること(12 章)。
なまった波形を通常のロジック入力に入れると、 閾値付近で発振する(貫通電流も流れる)。 シュミットトリガはヒステリシスを持つので、これを防げる。
MCU の GPIO は、多くがシュミット入力になっている。 データシートで確認すること。
RC の値の選び方
同じ τ でも、R と C の組み合わせは無数にある。 何で決めるか。
| 制約 | 内容 |
|---|---|
| ソースインピーダンス | R が小さすぎると、前段が電流を出せない |
| 入力インピーダンス | R が大きすぎると、次段の入力電流やリーク電流で誤差が出る |
| ノイズ | 抵抗は熱雑音を出す。\(v_n = \sqrt{4kTRB}\) |
| サイズとコスト | 大容量コンデンサは大きく高い |
| 精度 | C0G は容量が小さい。大容量では X7R しか選べない |
目安: R は 1 kΩ〜100 kΩ、C は 100 pF〜1 µF の範囲で組む。
抵抗の熱雑音(ジョンソンノイズ):
$$v_n = \sqrt{4 k T R B}$$
\(k\) はボルツマン定数、\(T\) は絶対温度、\(B\) は帯域幅。
常温(300 K)での目安:
$$v_n \approx 0.13 \sqrt{R \cdot B}\ \ [\text{nV}]$$
例: 10 kΩ、帯域 10 kHz なら \(0.13 \times \sqrt{10^4 \times 10^4} = 1.3\ \mu\)V。
16 bit ADC(3.3 V 範囲)の 1 LSB は 50 µV なので、この程度なら問題ない。 だが 1 MΩ、帯域 1 MHz なら 130 µV となり、1 LSB を超える。 高精度アナログでは、抵抗値を大きくしすぎないこと。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 時定数 | \(\tau = RC\)。1τ で 63 %、3τ で 95 %、5τ で 99.3 % |
| 分解能と待ち時間 | \(n\) bit の確定には \(\tau \ln 2^n\) 必要(12 bit で 8.3τ) |
| 立ち上がり時間 | \(t_r \approx 2.2\tau\) |
| カットオフ | \(f_c = 1/(2\pi RC)\)。1 次は −20 dB/decade |
| 重要な経験則 | \(t_r \cdot f_c \approx 0.35\)。立ち上がり 1 ns なら 350 MHz 成分がある |
| ハイパス | R と C を入れ替える。AC カップリングは下限周波数から容量を決める |
| 多段 RC | 単純にカスケードすると干渉する。バッファか、インピーダンス比 10 倍以上 |
| フィルタ特性 | バターワース(平坦)/チェビシェフ(急峻)/ベッセル(波形を保つ) |
| Q 値 | \(Q > 1\) でリンギング。\(Q = 0.707\) が平坦かつ 4.3 % OS |
| リンギング対策 | 至るところで LC 共振が起きる。抵抗でダンピングする |
| 抵抗の熱雑音 | \(v_n \approx 0.13\sqrt{RB}\) nV。高精度では抵抗値を大きくしすぎない |
次章では、能動素子の入口——ダイオードと PN 接合を扱う。