組み込み回路 16 · 電源設計の実際

Chapter 16

電源設計の実際

この章がなぜ必要なのか——「原因不明の不具合」の相当数が電源だから.

電源は「電圧が出ていれば OK」ではない。 インピーダンス・シーケンス・保護・熱の 4 つを設計して初めて電源になる。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). バイアス(01 章 4 節)、最大電圧(01 章 7 節)、ESL(02 章 2 節)、ESR(02 章 2 節)、インダクタ(02 章 7 節)、コンデンサ(02 章 7 節)、タンタル(02 章 3 節)、フェライトビーズ(02 章 5 節)、ほぼゼロ(04 章 4 節)、順方向(04 章 1 節)、スイッチ(05 章 2 節)、熱設計(05 章 9 節)、制御(06 章 6 節)、大電流(06 章 6 節)、飽和(06 章 3 節)、CMOS(07 章 2 節)、並列(11 章 2 節)、温度(11 章 3 節)、発熱(11 章 5 節)、直列(11 章 2 節)、ボディダイオード(15 章 3 節)、直近(15 章 7 節)

1. デカップリング——なぜコンデンサを大量に置くのか

問題の本質

MCU が動作すると、ns オーダで電流が変化する。

CMOS の消費電流は、クロックのエッジで一斉に流れる(11 章)。 その電流を電源から取ろうとすると、配線のインダクタンスに阻まれる。

\[ \Delta V = L\frac{di}{dt} \]

配線 10 mm ≈ 10 nH、\(di/dt = 50\) mA/ns なら:

\[ \Delta V = 10\times10^{-9}\times 50\times10^{6} = 0.5\ \text{V} \]

3.3 V の電源が 2.8 V まで落ちる。 これでは動かない。

解決——電荷を近くに置く

コンデンサを IC の直近に置いて、そこから電流を取る。

デカップリングコンデンサの役割は 3 つある。

役割説明
瞬時の電流供給電源が反応する前の電荷源
リターン電流の経路高周波電流のループを短くする(EMI に直結)
電源インピーダンスの低減目標インピーダンス以下に保つ

目標インピーダンス

\[ Z_{target} = \frac{V_{DD} \times \text{許容リプル率}}{I_{max}} \]

\(V_{DD} = 3.3\) V、許容 3 %、\(I_{max} = 300\) mA:

\[ Z_{target} = \frac{3.3 \times 0.03}{0.3} = 0.33\ \Omega \]

この 0.33 Ω を、DC から数百 MHz まで維持するのが電源設計である。

周波数ごとに担当が違う

02 章で見たとおり、コンデンサは SRF より上ではインダクタになる。 だから 1 個では広帯域をカバーできない。

周波数帯担当部品
DC〜1 kHzレギュレータの帰還LDO / DC-DC
1 kHz〜1 MHzバルクコンデンサ10〜100 µF(電解 / タンタル / MLCC)
1 MHz〜50 MHz中容量 MLCC1〜10 µF(0603/0805)
50 MHz〜500 MHz小容量 MLCC0.1 µF(0402/0603)
500 MHz 以上基板の平面容量、IC 内蔵容量電源/GND プレーンの対向

「0.1 µF と 0.01 µF を並べる」は今も正しいのか.

半分正しく、半分は古い。

かつては 0.1 µF の SRF が低かったので、小さい値を並べる意味があった。 しかし現代の 0402 の 0.1 µF は ESL が 0.4 nH 程度で、 SRF が 25 MHz 付近まで来ている。

それより重要なのは:

  1. 同じ 0.1 µF を複数個並べる(ESL が 1/n になる)
  2. サイズを小さくする(0603 より 0402 のほうが ESL が小さい)
  3. ビアを短く、複数本にする(ビア 1 本 ≈ 0.3〜1 nH)

値を散らすより、個数とレイアウトのほうが効く。

異なる値を並べたときの反共振.

0.1 µF と 10 µF を並べると、 「10 µF が誘導性になった帯域」と「0.1 µF の容量性の帯域」の間で 並列共振(反共振)が起きて、インピーダンスが跳ね上がる。

極端に値を離さない(10 倍程度に留める)、 ESR がある程度あるコンデンサを混ぜてダンプする、 といった配慮が要る。 ESR ゼロがいつも正義ではない。

レイアウト——これが本体である

コンデンサの値より、置き方のほうが影響が大きい。

【良い】ICCビアGND プレーン配線が短い=インダクタンスが小さい→ 高周波でも効く【悪い】ICC長い配線 ≈ 数 nHコンデンサ自体の ESL より配線のほうが大きくなる
値より配置。0.1 µF の ESL は 0.5 nH 程度だが、5 mm の配線だけで 5 nH ある
規則理由
IC の電源ピンの直近に置く配線 5 mm で 5 nH。0.1 µF の ESL(0.5 nH)の 10 倍
ビアはパッドの直後、複数本ビアのインダクタンスが直列に入る
可能なら IC と同じ面反対面 + ビアはインダクタンスが増える
電源とグラウンドのプレーンを隣接層に平面容量と低インダクタンス
BGA では裏面直下も可(ビアが短ければ)表面に置けないとき

順番の原則.

IC ピン → 小容量 MLCC → 中容量 → バルク → レギュレータ

「小さいものほど IC に近く」。理由は、小容量ほど高周波を担当し、 高周波ほど配線インダクタンスの影響を受けるから。

デカップリングの効果を見る

コンデンサの構成(値・個数・配線インダクタンス)を変えて、 電源インピーダンスの周波数特性と、負荷ステップ時の電圧降下を見る。

2. 電源シーケンス

複数の電源を持つ IC では、投入・遮断の順番が決まっていることがある。

なぜ順番が要るのか

理由内容
内部 ESD ダイオードの順方向導通I/O 電源がコア電源より先に上がると、I/O ピンからコアへ電流が流れ込む
ラッチアップ上の状況が寄生サイリスタを起動する(11 章)
未定義状態での出力コアが動く前に I/O が有効になると、不定値を外部に出力する
突入電流の集中全部同時に立ち上げると、電源が電流制限にかかる

典型的な要求:

コア電源 1.2 VI/O 電源 3.3 VMCU / SoCコアが先(または同時)順番を守らないと、I/O ピンから内部の ESD ダイオードを通ってコア電源に電流が流れ込み、ラッチアップの引き金になる
電源シーケンス。投入順より遮断順のほうが難しい——放電の速さで決まってしまうから

実現方法

方法内容適用
EN ピンのデイジーチェーン前段の PG(Power Good)を次段の EN に繋ぐ最も簡単
RC 遅延EN に RC を入れて時間差を作る安価だが精度が低い
シーケンサ IC専用 IC で順序と時間を管理多電源・厳格な要求
PMIC電源が統合され、シーケンスも内蔵SoC 向け

遮断時のほうが難しい.

投入は EN で制御できるが、遮断は「コンデンサが放電するまで」で決まる。 容量の大きい電源のほうが遅く落ちるので、意図した逆順にならないことがある。

対策:

パワーグッドとリセット

電源MCU の VDD電圧監視 ICMCU の NRST「中途半端な電圧で MCU が動いている」状態が最も危険
内蔵 BOR で足りないとき(精度・複数レール・落ち方が速い)は外部スーパーバイザを足す
用語意味
POR(Power-On Reset)電源投入時にリセットをかける。MCU に内蔵
BOR(Brown-Out Reset)電圧が閾値を下回ったらリセット。MCU に内蔵
外部監視 IC(スーパーバイザ)精度が高い。複数電源を監視できる

内蔵 BOR で足りないことがある.

電源が中途半端な電圧にとどまるのが最悪である。 MCU は動いているようで壊れた挙動をし、Flash 書き込み中なら データが破壊される。

3. 保護

入力側

脅威対策
逆接続ダイオード(\(V_F\) 損失)、または PMOS 逆接保護(損失ほぼゼロ)
過電圧・サージTVS ダイオード、OVP IC
突入電流NTC サーミスタ、ソフトスタート、突入電流制限 IC
過電流ヒューズ、ポリスイッチ、eFuse IC
静電気(ESD)TVS、基板のパターン設計

PMOS による逆接保護.

PMOS による逆接続保護+入力負荷へゲートは GND(必要ならツェナーで制限)ソースを入力側に損失は I²·R_DS(on) だけ。ダイオードの V_F·I よりずっと小さい
正しく繋げば V_GS < 0 でオン、逆接ならボディダイオードも逆向きになって電流が流れない

ソースを入力側、ドレインを負荷側にする(ボディダイオードが順方向)。 正しく接続されると、\(V_{GS} < 0\) になって ON する。 逆接続されるとボディダイオードも逆向きになって電流が流れない。

損失は \(I^2 R_{DS(on)}\) だけ。 ダイオードの \(V_F I\) よりずっと小さい。

出力側

脅威対策
短絡レギュレータの電流制限(ラッチかヒカップかを確認)
過熱熱シャットダウン(内蔵)
出力過電圧OVP、クローバ回路
逆流逆流検出、理想ダイオード IC

電流制限の 3 つの挙動を区別する.

種類動作短絡時の発熱
定電流(ブリックウォール)電流を制限して出し続ける大きい(\(V_{IN} \times I_{lim}\) が全部熱)
フォールドバック出力が下がるほど電流も絞る小さい
ヒカップ一瞬出して止め、周期的に再試行最小
ラッチ止まったまま。電源再投入が要る最小

短絡試験は必ず実機で行うこと。 データシートに書いてあっても、外付け部品の状態で挙動が変わる。

ESD と TVS

規格内容電圧
HBM(人体モデル)人が触る2〜8 kV
CDM(デバイス帯電)製造中数百 V、極めて速い
IEC 61000-4-2製品試験(接触/気中放電)4〜15 kV

IC 内蔵の ESD 保護は HBM/CDM 用で、IEC の放電には耐えない。 外部に露出するコネクタには 必ず TVS を付ける。

TVS 選定ポイント
\(V_{RWM}\)(動作電圧)信号の最大電圧より高く
\(V_C\)(クランプ電圧)保護対象の絶対最大定格より低く
\(C_J\)(接合容量)高速信号では 1 pF 以下(USB 3.0、HDMI)。低速なら気にしない
配置コネクタの直近。IC の近くに置いても遅い

4. 熱設計

基本式

\[ T_J = T_A + \theta_{JA} \times P \]

しかし \(\theta_{JA}\) は部品の値ではなく、部品と基板の組合せの値である。

経路記号内容
ジャンクション → ケース\(\theta_{JC}\)部品固有。ヒートシンクを付ける場合に使う
ジャンクション → 基板\(\theta_{JB}\)サーマルパッド経由
ジャンクション → 周囲\(\theta_{JA}\)基板条件込み。データシートの条件を確認
パッケージ\(\theta_{JA}\) の目安
SOT-23-5200〜250 ℃/W
SOT-22360〜120 ℃/W
SOIC-8(サーマルパッドなし)100〜150 ℃/W
SOIC-8(露出パッド + ビア)40〜60 ℃/W
QFN 3×3(サーマルパッド + ビア)40〜60 ℃/W
TO-263(D2PAK、大面積銅箔)20〜40 ℃/W

サーマルビアは効く.

QFN のサーマルパッドから裏面の銅箔へビアを 9〜16 本打つ。 これだけで \(\theta_{JA}\) が半分になることがある。

ディレーティング

最大定格ぎりぎりで使わない。

項目目安
\(T_J\)最大定格の 80 % 以下(125 ℃ 品なら 100 ℃ 以下)
コンデンサの電圧定格の 50〜80 %(MLCC は DC バイアス減衰も考慮)
抵抗の電力定格の 50 % 以下
電解コンデンサの温度10 ℃ 下がると寿命が 2 倍(アレニウス則)

電解コンデンサの寿命計算.

\[ L = L_0 \times 2^{(T_0 - T)/10} \]

105 ℃ で 2000 時間保証の品を 60 ℃ で使うと:

\[ L = 2000 \times 2^{(105-60)/10} = 2000 \times 2^{4.5} = 45{,}000\ \text{時間} \approx 5\ \text{年} \]

リプル電流による自己発熱も加算する必要がある。 「なぜか数年で壊れる製品」の原因の筆頭がここ。

長寿命が要るなら、固体電解 or MLCC を検討する。

熱設計を確かめる

損失・熱抵抗・周囲温度・銅箔面積から接合部温度を計算し、 ディレーティングの余裕を見る。

5. 電池駆動の設計

電池の特性

種類公称範囲内部抵抗備考
アルカリ単三1.5 V1.6〜0.9 V0.15〜0.3 Ω大電流に弱い
CR20323.0 V3.2〜2.0 V10〜100 Ω(末期は数百 Ω)ピーク電流に極端に弱い
Li-ion / LiPo3.7 V4.2〜3.0 V50〜200 mΩ保護回路が必須
LiFePO43.2 V3.6〜2.5 V低い電圧が平坦・長寿命
NiMH1.2 V1.4〜1.0 V低い自己放電に注意

CR2032 で BLE を動かす問題.

BLE の送信ピークは 10〜15 mA。 内部抵抗 50 Ω の電池では:

\[ \Delta V = 0.012 \times 50 = 0.6\ \text{V} \]

3.0 V が 2.4 V に落ちる。 MCU のブラウンアウト閾値に触れる。

対策は コンデンサでピークを吸収する:

\[ C \geq \frac{I \cdot t}{\Delta V_{allow}} \]

\(I = 12\) mA、送信時間 \(t = 1\) ms、許容降下 100 mV:

\[ C \geq \frac{0.012 \times 0.001}{0.1} = 120\ \mu\text{F} \]

120 µF が必要。 電池と並列に大容量 MLCC またはスーパーキャパシタを置く。 「電池なのに大きなコンデンサ」がある回路は、たいていこの理由。

消費電流の見積もり

\[ I_{avg} = \frac{\sum (I_i \times t_i)}{T} \]

例: 10 秒周期で、送信 12 mA × 5 ms、処理 5 mA × 20 ms、 残りスリープ 3 µA:

\[ I_{avg} = \frac{12\times5 + 5\times20 + 0.003\times9975}{10000} = \frac{60+100+29.9}{10000} = 19\ \mu\text{A} \]

220 mAh の CR2032 なら:

\[ \frac{220\ \text{mAh}}{0.019\ \text{mA}} = 11{,}500\ \text{時間} \approx 1.3\ \text{年} \]

実際にはこれより短くなる.

要因影響
電池の自己放電年 1〜2 %
使い切れない容量電圧が下限を割った分は使えない(2/3 程度しか使えないことも)
低温での容量減0 ℃ で半分になることも
レギュレータの \(I_Q\)1 µA でも 5 % を占める
プルアップ抵抗10 kΩ × 3.0 V = 300 µA。これだけで設計が破綻する
リーク(未使用ピン、外付け部品)見落としがち

「プルアップ抵抗が常時電流を流している」は最頻出の失敗である。 I2C のプルアップは通信していないときも、バスが L なら電流が流れる。

6. チェックリスト

新しい基板の電源を設計するとき、最低限これを見る。

#項目
1各レールの最大電流をピークで見積もったか
2損失を計算し、LDO か DC-DC かを判断したか
3\(T_J\) を計算し、ディレーティングを満たすか
4レギュレータの \(C_{IN}\) / \(C_{OUT}\) 条件を、実効容量で満たすか
5DC-DC のホットループを最小にしたか。入力コンデンサは直近か
6シーケンス要求があるか。あるなら実現方法と遮断順も設計したか
7デカップリングを IC ごと・電源ピンごとに配置したか
8BOR / 監視 IC で中途半端な電圧を検出できるか
9逆接・過電圧・過電流・ESD の保護があるか
10アナログ電源を分離したか(LDO / フェライトビーズ / プレーン分割)
11測定点(テストポイント)を置いたか
12電源投入・遮断・短絡・過渡を 実機で波形確認する計画があるか

12 番が最重要である.

電源は計算だけでは決まらない。 オシロで、電源投入・遮断・最大負荷・短絡を必ず見ること。 25 章で測り方を扱う。

まとめ

ポイント内容
デカップリングの本質電荷を近くに置く。\(\Delta V = L\,di/dt\) を抑える
目標インピーダンス\(Z = V\cdot(\text{許容率})/I_{max}\)。DC から数百 MHz まで維持
値より配置同じ値を複数個 + 短いビアが効く。値を散らすのは二の次
反共振値を離しすぎるとインピーダンスが跳ねる。ESR でダンプする
シーケンスESD ダイオード導通とラッチアップが理由。遮断順のほうが難しい
監視中途半端な電圧が最悪。BOR / スーパーバイザで検出
逆接保護PMOS が損失最小。ソースを入力側に
電流制限ラッチ / ヒカップ / フォールドバックを区別。短絡試験は実機で
ESD内蔵保護は IEC には不十分。コネクタ直近に TVS
熱\(T_J = T_A + \theta_{JA}P\)。\(\theta_{JA}\) は基板込みの値
サーマルビア9〜16 本で \(\theta_{JA}\) が半分になることも
電解コンデンサ10 ℃ で寿命 2 倍。数年で壊れる製品の主因
電池CR2032 の内部抵抗が最大の敵。ピーク電流をコンデンサで吸う
電池寿命プルアップ抵抗と \(I_Q\) を見落とさない
最後は測定投入・遮断・最大負荷・短絡を必ずオシロで見る

ここまでで第 V 部(電源)は終わり。 次章からは第 VI 部——アナログとディジタルの境界、データ変換 IC に入る。