Chapter 08
オペアンプの応用と現実の制約
この章がなぜ必要なのか——「仮想短絡」は近似であり、必ず破れるから.
教科書は「オペアンプの 2 つの入力は同電位になる(仮想短絡)」と教える。 これは開ループ利得が無限大なら正しい。
だが実際の利得は有限(07 章)で、しかも周波数が上がると急激に下がる。 だから——
- 高い周波数では仮想短絡が成り立たない(帯域の制限)
- 速い信号には追従できない(スルーレート)
- 条件によっては発振する(位相余裕)
どこまでが理想どおりで、どこから破れるかを知ることが、この章の目的である。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). コンデンサ(02 章 7 節)、バターワース(03 章 4 節)、オペアンプ(05 章)、増幅(05 章 2 節)、MOSFET(06 章 6 節)、飽和(06 章 3 節)、GBW(07 章 3 節)、単電源用(07 章 2 節)、直流精度(07 章 6 節)、高インピーダンス源(07 章 6 節)
1. 負帰還の原理
閉ループ利得は
\(A\beta \gg 1\) なら
これが負帰還の本質である.
オペアンプ自身の利得 \(A\)(ばらつく・温度で変わる・周波数で変わる)が式から消え、 帰還回路 \(\beta\)(抵抗比)だけで決まる。
だから 07 章で見たとおり、開ループ利得は高ければ高いほどよい。 \(A\beta \gg 1\) という条件を、広い周波数範囲で満たすためである。
ループ利得と誤差
\(A\beta\) をループ利得と呼ぶ。理想からのずれは
| \(A\beta\) | 理想からの誤差 |
|---|---|
| 10 | −9.1 % |
| 100 | −1.0 % |
| 1000 | −0.1 % |
| 10000 | −0.01 % |
必要な精度からループ利得が決まる.
「10 倍の増幅を 0.1 % の精度で」なら、\(A\beta > 1000\)、 つまり \(\beta = 1/10\) なので \(A > 10000\)(80 dB)が要る。
GBW 10 MHz のオペアンプで、\(A = 10000\) を保てるのは \(f < 10\ \text{MHz} / 10000 = 1\) kHz まで。
1 kHz を超えると精度が落ち始める。 これが帯域の実質的な意味である。
2. 基本回路
非反転増幅
| 特性 | 内容 |
|---|---|
| 入力インピーダンス | 極めて高い(オペアンプの入力そのもの) |
| 利得の最小値 | 1(1 未満にはできない) |
| 同相入力 | 信号がそのまま同相入力になる → CMRR と同相入力範囲が効く |
反転増幅
| 特性 | 内容 |
|---|---|
| 入力インピーダンス | \(R_{in}\) に等しい(仮想接地のため) |
| 利得 | 1 未満も可能 |
| 同相入力 | 常に基準電位で固定 → CMRR の影響を受けない |
どちらを使うか.
状況 選択 高インピーダンス源 非反転(入力インピーダンスが高い) 加算・減算が必要 反転(仮想接地に複数入力を集められる) 極性を反転したくない 非反転 高精度(CMRR の影響を避けたい) 反転 単電源で GND 付近の信号 非反転(RRI 品種と組み合わせ)
ボルテージフォロワ(バッファ)
利得 1。インピーダンス変換のためだけに使う。
最も使われる回路であり、最も不安定になりやすい回路でもある.
\(\beta = 1\)(全帰還)なので、ループ利得が最大になる。 ループ利得が大きいほど、位相余裕が小さくなり、発振しやすい(後述)。
データシートに「ユニティゲイン安定 (unity-gain stable)」と 書かれているか必ず確認すること。 非補償型オペアンプ(07 章)は、利得 1 では発振する。
差動増幅(減算)
抵抗が完全に一致していればの話である。
CMRR は抵抗のマッチングで決まる.
抵抗が \(\epsilon\) の割合でずれていると、
$$\text{CMRR} \approx \frac{1 + R_2/R_1}{4\epsilon}$$
抵抗精度 CMRR ±1 % 約 34 dB(利得 1 のとき) ±0.1 % 約 54 dB ±0.01 % 約 74 dB オペアンプ自体の CMRR が 100 dB でも、抵抗が ±1 % なら 34 dB になる。
対策:
- 抵抗ネットワーク(同一チップ上でマッチングした抵抗)を使う
- 専用の差動アンプ IC(内部で抵抗がトリミングされている)を使う
- 計装アンプを使う(次節)
計装アンプ(インスツルメンテーションアンプ)
| 特性 | 内容 |
|---|---|
| 入力インピーダンス | 両入力とも極めて高い |
| CMRR | 100〜130 dB(内部でトリミング済み) |
| 利得設定 | 抵抗 1 本(\(R_g\))だけで決まる |
用途: ロードセル、ブリッジセンサ、生体信号、シャント電流検出
ブリッジセンサには計装アンプがほぼ必須である.
ロードセルの出力は、2.5 V の同相電圧の上に、数 mV の差動信号が乗っている。 差動増幅(抵抗 4 本)では CMRR が足りず、同相電圧の変動が誤差になる。
計装アンプなら CMRR 110 dB なので、 同相 2.5 V の 1 % 変動(25 mV)が、出力に \(25\ \text{mV} / 10^{5.5} \approx 0.08\ \mu\)V しか現れない。十分に無視できる。
3. 現実の制約 1 — 帯域
閉ループ帯域
ノイズゲイン
安定性と帯域を決めるのは、信号利得ではなく「ノイズゲイン」である。
反転増幅(利得 \(-R_f/R_{in}\))でも、ノイズゲインは \(1 + R_f/R_{in}\) である。
利得 −1 倍の反転増幅は、ノイズゲイン 2 である.
つまり、利得 1 のバッファより帯域が広く、安定性も高い。 「利得 1」といっても、反転か非反転かで挙動が違う。
利得と帯域を確かめる
GBW・設定利得を変えて、周波数特性と位相余裕を確かめられる。
4. 現実の制約 2 — スルーレート
出力が変化できる最大速度。
07 章の内部回路から出てくる。テール電流で補償容量を充電する速度が上限である。
| 種類 | SR の目安 |
|---|---|
| 汎用(LM358 など) | 0.3〜0.5 V/µs |
| 汎用(TL07x) | 13 V/µs |
| 高速 | 100〜1000 V/µs |
| 超高速 | 数千 V/µs |
フルパワー帯域幅
振幅 \(V_p\) の正弦波を歪みなく出力できる最大周波数は
| SR | 振幅 1 V | 振幅 5 V |
|---|---|---|
| 0.5 V/µs | 80 kHz | 16 kHz |
| 13 V/µs | 2.1 MHz | 414 kHz |
| 100 V/µs | 16 MHz | 3.2 MHz |
GBW が足りていても、スルーレートで制限されることがある.
「GBW 1 MHz のオペアンプで、利得 1、100 kHz の信号を扱う」—— 帯域は足りている。だが振幅が 5 Vpp なら
$$\text{必要な SR} = 2\pi \times 100\ \text{kHz} \times 2.5\ \text{V} = 1.6\ \text{V}/\mu\text{s}$$
LM358(0.5 V/µs)では三角波になってしまう。
小信号帯域(GBW)と大信号帯域(SR)は別物である。 両方確認すること。
スルーレート制限を見る
SR・信号振幅・周波数を変えて、出力波形の歪みを確かめられる。
5. 現実の制約 3 — 安定性と発振
位相余裕
利得が 0 dB になる周波数での、位相回転の 180° までの余裕。
| 位相余裕 | 挙動 |
|---|---|
| 90° | オーバーシュートなし。理想的だが遅い |
| 60° | オーバーシュート約 9 %。良好 |
| 45° | オーバーシュート約 23 %。許容範囲 |
| 30° | オーバーシュート約 37 %。リンギングが目立つ |
| 0° | 発振 |
03 章の Q 値と同じ話である.
位相余裕 60° ≈ \(Q = 0.7\)(バターワース) 位相余裕が小さい ≈ \(Q\) が大きい ≈ リンギング
容量性負荷 — 最も多い発振原因
オペアンプの出力抵抗 \(R_o\) と \(C_L\) が極を作る。
この極が GBW 付近に来ると、位相余裕が失われて発振する。
| 負荷 | 影響 |
|---|---|
| ケーブル(数十 pF/m) | 数 m で数百 pF |
| ADC の入力容量 | 数十 pF |
| MOSFET のゲート | 数百 pF〜数 nF |
| フィルタのコンデンサ | 用途による |
対策:
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| 直列抵抗(アイソレーション抵抗) | 出力に 10〜100 Ω を直列に入れる。最も簡単で効果的 |
| 帰還を抵抗の外から取る | 直流精度を保ちつつ、交流的に分離する |
| スナバ回路 | R + C を負荷に並列に入れる |
| 容量性負荷対応の品種を選ぶ | データシートに規定がある |
直列抵抗を入れると、出力インピーダンスがその分増える.
直流精度が要るなら、帰還をアイソレーション抵抗の外側から取る。 ただし帰還ループに極が増えるので、\(C_f\) で補償する必要がある。
実務では、まず 10〜47 Ω を入れて実測するのが早い。
帰還抵抗と入力容量
\(R_f\) と \(C_{in}\) が極を作り、位相余裕を食う。
| \(R_f\) | \(C_{in} = 10\) pF での極 |
|---|---|
| 1 kΩ | 16 MHz |
| 100 kΩ | 160 kHz |
| 1 MΩ | 16 kHz ← 危険 |
対策: 帰還抵抗に並列に小容量(数 pF)を入れる。
トランスインピーダンスアンプ(フォトダイオード)では、これが本質的な問題になる.
フォトダイオードの容量(数十 pF〜数 nF)が \(C_{in}\) として効く。 \(R_f\) は 1 MΩ 級。必ず \(C_f\) が必要である。
\(C_f\) を入れると帯域が \(1/(2\pi R_f C_f)\) に制限されるので、 感度と帯域のトレードオフになる。
発振の原因と対策を確かめる
負荷容量・帰還抵抗・アイソレーション抵抗を変えて、ステップ応答を確かめられる。
6. 単電源での使い方
単電源(例: 0〜3.3 V)では、負の信号を扱えない。
信号を \(V_{CC}/2\) を中心に振らせる。
| 注意点 | 内容 |
|---|---|
| Vref のインピーダンス | 分圧だけでは高い。バッファするか、コンデンサでバイパスする |
| 同相入力範囲 | GND 付近を扱うなら単電源用オペアンプ(07 章) |
| 出力振幅 | GND 付近まで振らせるなら RRO |
| ダイナミックレンジ | 中心が \(V_{CC}/2\) なので、実効的な振幅は半分になる |
7. よくある実装の失敗
| 失敗 | 症状 | 原因と対策 |
|---|---|---|
| デカップリングがない/遠い | 発振、ノイズ | 電源ピン直近に 100 nF(16 章) |
| 未使用回路の入力が開放 | 発振、消費電流増、隣接回路に干渉 | バッファ接続するか、入力を固定する |
| 入力が電源より高い/低い | ラッチアップ、破壊 | 直列抵抗で電流制限、クランプダイオード |
| 帰還ループが長い | 発振 | 帰還経路を短く。オペアンプの直近に配置 |
| 容量性負荷 | リンギング、発振 | アイソレーション抵抗 |
| 入力バイアス電流の経路がない | 出力が飽和する | DC 帰還経路を必ず作る(AC 結合時は特に) |
| 単電源で GND 付近を扱う | クリップ、歪み | 単電源用/RRI 品種を選ぶ |
「未使用オペアンプの処理」は本当によく忘れられる.
4 回路入り(LM324 など)で 3 回路しか使わない場合、 残り 1 回路の入力を開放してはいけない。
未使用セクションを開放すると、出力がレールに張り付いて発振し、消費電流と熱が増える 開放にすると発振し、その振動が電源経由で他の回路に混入する。
8. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 負帰還の本質 | オペアンプの \(A\) が式から消え、帰還回路だけで決まる |
| ループ利得 | \(A\beta\)。必要な精度から要求利得が決まる |
| 非反転 vs 反転 | 高インピーダンス源は非反転、高精度・加算は反転 |
| ボルテージフォロワ | 最もよく使い、最も不安定になりやすい。ユニティゲイン安定を確認 |
| 差動増幅の CMRR | 抵抗のマッチングで決まる。±1 % なら 34 dB しかない |
| 計装アンプ | 入力インピーダンス高・CMRR 110 dB・抵抗 1 本で利得設定 |
| ノイズゲイン | 安定性と帯域を決めるのは信号利得ではなく \(1 + R_f/R_g\) |
| スルーレート | GBW とは別の制限。\(f_{max} = \text{SR}/(2\pi V_p)\) |
| 位相余裕 | 60° でオーバーシュート約 9 %。0° で発振 |
| 容量性負荷 | 最も多い発振原因。アイソレーション抵抗 10〜100 Ω が効く |
| \(R_f\) と \(C_{in}\) | 高抵抗帰還では極ができる。\(C_f\) で補償(TIA では必須) |
| 単電源 | \(V_{CC}/2\) の仮想 GND。Vref はバッファかバイパスする |
| 未使用回路 | 必ずボルテージフォロワにして固定。開放は発振の元 |
次章では、オペアンプと似て非なる素子—— コンパレータと、発振回路・PLL を扱う。