組み込み回路 24 · EMC とノイズ対策

Chapter 24

EMC とノイズ対策

この章がなぜ必要なのか——EMC は「製品が出荷できるかどうか」を決めるから.

EMC 対策は、基板ができてからでは手遅れになることが多い。 だから、原理を知って設計段階で作り込む必要がある。

幸い、EMC の原理は ループ面積とコモンモード電流の 2 つでほぼ説明できる。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). コンデンサ(02 章 7 節)、ダンピング抵抗(02 章 6 節)、フェライトビーズ(02 章 5 節)、ほぼゼロ(04 章 4 節)、オペアンプ(05 章)、制御(06 章 6 節)、水晶(09 章 2 節)、非線形(10 章 5 節)、アナログ入力(12 章 5 節)、ホットループ(16 章 6 節)、配置(16 章 3 節)、後述(18 章 3 節)、コネクタ直近(19 章 7 節)、プルアップ(19 章 7 節)、外部コネクタ(19 章 7 節)、I2C(20 章 1 節)、コモンモード(20 章 5 節)、バスハング(20 章 9 節)、リンギング(20 章 3 節)、差動(20 章 1 節)、直列抵抗(20 章 7 節)、配線(20 章 7 節)、インダクタンス(22 章 6 節)、EMI(23 章 3 節)、最も効果的(23 章 5 節)

1. EMC の枠組み

EMC = Electromagnetic Compatibility(電磁両立性)

分類内容
EMI(エミッション)出さない。他の機器に迷惑をかけない
EMS(イミュニティ)受けない。外来ノイズで誤動作しない

さらに経路で分ける。

伝導(Conducted)放射(Radiated)
エミッション電源線・ケーブルに乗って出る(150 kHz〜30 MHz)空間に飛ぶ(30 MHz〜6 GHz)
イミュニティ電源線から入る(BCI、EFT、サージ)空間から入る(RS)

主な試験

試験規格内容
放射エミッション(RE)CISPR 32 / 113 m or 10 m の距離で電界強度を測る
伝導エミッション(CE)CISPR 32 / 11電源線を LISN 経由で測る
ESDIEC 61000-4-2接触 ±4〜8 kV、気中 ±8〜15 kV
EFT / バーストIEC 61000-4-4電源・信号線に高速パルス列
サージIEC 61000-4-51.2/50 µs、雷サージ模擬
放射イミュニティ(RS)IEC 61000-4-33〜10 V/m の電磁波を当てる
伝導イミュニティ(CS)IEC 61000-4-6ケーブルに RF を注入
電圧ディップIEC 61000-4-11電源の瞬断

どの規格が適用されるかは製品による.

民生(CISPR 32 クラス B)は産業(クラス A)より 10 dB 厳しい。 車載(CISPR 25)はさらに厳しく、医用・航空はまた別。

開発の最初に、適用規格と限度値を確認すること。 規格の詳細は改訂されるので、必ず最新版の原典で確認する。

2. 放射の原理——2 つのアンテナ

ディファレンシャルモード放射

信号電流と、そのリターン電流が作るループが放射する。

信号電流リターン電流この面積 A が放射源E ∝ I · A · f² ——面積を半分にすれば 6 dB 下がる
ディファレンシャルモード放射。ループ面積を減らすことが、あらゆる EMC 対策の第一手
\[ E \propto \frac{I \cdot A \cdot f^2}{r} \]
変数影響
\(A\)(ループ面積)比例。半分にすれば 6 dB 下がる
\(f^2\)(周波数の 2 乗)周波数が 2 倍なら 12 dB 増
\(I\)(電流)比例

対策は明確: ループ面積を減らす。 これが 23 章の「リターン電流を信号の真下に流す」の意味である。

コモンモード放射——実は本命

ケーブルや筐体に、同じ向きの電流が流れると、 それがダイポールアンテナとして放射する。

\[ E \propto \frac{I_{CM} \cdot L \cdot f}{r} \]

\(L\) はケーブル長。

決定的な事実: コモンモードのほうが遥かに効率よく放射する.

同じ電界強度を出すのに必要な電流:

モード必要な電流(1 m ケーブル、30 MHz、3 m 距離、40 dBµV/m)
ディファレンシャル(10 cm² ループ)数十 mA
コモンモード(1 m ケーブル)数 µA

3〜4 桁の差がある。

放射エミッションで落ちる原因の大半は、 ケーブルに乗ったコモンモード電流である。

コモンモード電流はどこから来るか

基板の GND が揺れるケーブルの GND に伝わるケーブル全体が同相で振動するケーブルがアンテナになる元凶はGND の電位が揺れること
コモンモード電流はわずか µA で限度値を超える。放射エミッションで落ちる原因の大半がこれ

つまり: GND の電位が揺れることが元凶である。

GND を揺らすもの対策
リターン電流がプレーンの狭い場所に集中プレーンを切らない(23 章)
大電流のスイッチング(DC-DC、モータ)ホットループ最小化(15 章・22 章)
IC の同時スイッチング(SSN)デカップリング(16 章)
ビアのインダクタンスビアを増やす、短くする
ケーブルの接続点が悪い後述

3. エミッション対策

原則の優先順位

上から順に効果が大きく、コストが安い。

順位対策効果
1ループ面積を減らす(配置・層構成・GND プレーン)◎ 根本的
2\(t_r\) を遅くする(ドライブ強度、ダンピング抵抗)◎ 高調波が激減
3不要な高速信号を作らない(クロックを下げる、必要な時だけ動かす)◎
4ケーブルの接続部でコモンモードを止める(コモンモードチョーク、コンデンサ)○
5フィルタ部品を足す(フェライトビーズ、LC)○
6シールド(筐体、シールドケース)○ コストが高い
7スペクトラム拡散△ 数 dB

\(t_r\) と高調波の関係

矩形波のスペクトルは、2 つの折れ点を持つ。

周波数(対数)振幅1/(πT)1/(π·t_r)−20 dB/dec−40 dB/dect_r を 1 ns → 10 ns にすると折れ点が 318 MHz → 32 MHz に下がる
矩形波のスペクトル。立ち上がり時間を遅くすると、高調波が部品代ゼロで 20 dB 以上落ちる

\(f > 1/(\pi t_r)\) で −40 dB/dec に折れる。

\(t_r\)折れ点
1 ns318 MHz
2 ns159 MHz
5 ns64 MHz
10 ns32 MHz

\(t_r\) を 1 ns → 10 ns にすると、折れ点が 318 MHz → 32 MHz に下がる。 100 MHz での振幅が 20〜30 dB 下がる。

これが最も安く効く対策である.

部品代ゼロで 20 dB 改善することがある。 ただし タイミングが成立する範囲で(12 章)。

フェライトビーズ

02 章のとおり、特定の周波数で抵抗になる部品である。

使い方注意
電源ラインのノイズ遮断DC 抵抗による電圧降下。定格電流を確認
信号ラインのエッジ鈍化信号品質とのトレードオフ
ケーブルのコモンモード除去コモンモードチョークのほうが適切なことが多い

フェライトビーズの落とし穴(再掲・重要).

ビーズは低周波ではインダクタである。 後段のコンデンサと LC 共振を起こし、特定の周波数で電圧が持ち上がる。

\[ f_0 = \frac{1}{2\pi\sqrt{LC}} \]

\(L = 1\) µH、\(C = 10\) µF なら \(f_0 = 50\) kHz。 ここで Q 倍のピークが立つ。

対策: 抵抗を数 Ω 直列に入れる、または ESR のあるコンデンサを使う。

「ビーズを入れたらノイズが増えた」は本当に起きる。

コモンモードチョーク

差動信号は通し、コモンモード成分だけを阻止する。

コモンモードチョークコア信号 +信号 −同じコアに同じ向きに巻く差動電流(逆向き)磁束が打ち消し合う → 素通しコモンモード(同方向)磁束が加算 → 大きな L で阻止
差動信号の品質を落とさずにコモンモードだけを止められる。差動ケーブルには必ず検討する価値がある
用途内容
USB / Ethernet / CAN / LVDS差動信号のコモンモード除去。信号品質を落とさず効く
AC 電源入力ラインフィルタの主要素子
ケーブル出口最も効果的な位置

差動ペアを持つケーブルには、ほぼ必ず入れる価値がある。

ケーブルの扱い——最重要

コモンモード放射の主犯はケーブルである。

対策内容
ケーブルは基板の 1 箇所にまとめる別々の場所から出ると、基板が「ダイポールの中心」になって最悪
コネクタ部で GND をしっかり落とすシェルを GND プレーンに多点接続
コモンモードチョークをコネクタ直近に遠いと、その間の配線がアンテナになる
Y コンデンサ(GND-筐体間)高周波を筐体に逃がす。安全規格品を使う
シールドケーブルシールドを 360° で 落とす。ピグテール(1 点接続)は高周波で効かない
未使用線を GND に落とす浮いた線がアンテナになる

「ピグテール」がなぜ駄目か.

シールドを細い線でまとめて 1 点に落とすと、 その細い線が 数十 nH のインダクタンスを持つ。

100 MHz で \(Z = 2\pi f L = 2\pi \times 10^8 \times 30\times10^{-9} = 19\ \Omega\)。

シールドの意味がなくなる。 コネクタのシェル全周で落とすこと。

シールド

効果内容
電界シールド導体で囲えばよい。薄くても効く
磁界シールド低周波では高透磁率材料(パーマロイ)が要る。難しい
隙間が命開口の最大寸法が波長の 1/20 を超えると漏れる

\(\lambda/20\) の目安:

周波数波長許容開口
100 MHz3 m15 cm
500 MHz60 cm3 cm
1 GHz30 cm1.5 cm
3 GHz10 cm0.5 cm

ケーブルが貫通していると、シールドの効果はほぼ失われる (ケーブルがノイズを外に運び出す)。 貫通部でフィルタするか、シールドをケーブルのシールドに繋ぐ必要がある。

放射エミッションの要因を見る

ループ面積・立ち上がり時間・周波数・ケーブル長を変えて、 放射レベルがどう変わるかを見る。限度値との関係も表示する。

4. イミュニティ対策

ESD

最も身近で、最も壊れやすい。

侵入経路対策
コネクタのピンTVS をコネクタ直近に(16 章)
押しボタン・タッチ部TVS + 直列抵抗、ガードリング
筐体の隙間沿面距離、放電経路を制御して GND に逃がす
基板端GND ガードリング、部品を端から離す

ESD 対策の考え方: 「止める」のではなく「逃がす」.

ESD は数 A のパルス(立ち上がり 1 ns 未満)である。止められない。

意図した経路(TVS → GND → 筐体)で流す。 意図しない経路(IC の中)を通らせないようにする。

1 ns の立ち上がりに対しては、配線 1 cm(10 nH)でも数 V〜数十 V の 電圧が発生する。だから TVS は放電点に極めて近く、 GND への経路を最短にする必要がある。

ESD で誤動作する場合の対策内容
リセットピンの保護NRST に 100 nF + プルアップ。ノイズで意図せずリセットされる
水晶の保護ガードリング。発振が止まると復帰しない
ソフトの堅牢化ウォッチドッグ、レジスタの定期再設定、状態の妥当性検査
I2C バスハング対策(20 章)実装しておく

EFT / バースト

電源線や信号線に、ns 幅のパルス列を注入する試験。

対策内容
電源入力に X/Y コンデンサ + コモンモードチョーク
信号線に RC / フェライト
ケーブル出口でのフィルタ
ウォッチドッグ誤動作からの復帰

放射イミュニティ(RS)

外部から 3〜10 V/m の電磁波を当てられる。

弱点対策
高インピーダンスのアナログ入力RC フィルタ、シールド、配線短縮
長いケーブルコモンモードチョーク、シールド
オペアンプの整流検波入力に RC フィルタ。RF がオペアンプの入力段で整流されてオフセットになる
リセット・割り込みピンフィルタ

オペアンプの RF 整流——気づきにくい故障モード.

オペアンプの入力段のトランジスタは非線形(06 章の指数関数)。 RF が入ると整流されて DC オフセットに化ける。

「RF を当てるとセンサの読み値が数 % ずれる」という形で現れ、 波形を見ても何も起きていないように見える。

対策: 入力に 数百 Ω + 数百 pF の RC、 または RF イミュニティを謳ったオペアンプ(EMI 耐性強化(EMI-hardened)品)を使う。

5. トラブルシューティング

放射エミッションで落ちたとき

手順:

  1. どの周波数かを特定する
  2. 周波数から発生源を推定する
周波数疑うもの
数百 kHz〜数 MHz とその高調波DC-DC のスイッチング
水晶/クロックの周波数とその奇数倍クロック配線、クロック出力
8 MHz、16 MHz、48 MHz の倍数MCU のシステムクロック、USB
数十 MHz の広帯域高速信号のエッジ、リンギング
特定の 1 本だけ鋭いピーク発振(09 章の意図しない発振)
  1. ケーブルを外して測る → 改善するならコモンモード(ケーブル対策) → 改善しないなら基板からの直接放射(レイアウト、シールド)
  1. フェライトコアをケーブルにクリップして測る → 改善するならコモンモード確定
  1. 近傍界プローブで基板上を探す → どの部品・配線が出しているか

応急対策と恒久対策.

応急(試験場で)恒久(設計に戻す)
ケーブルにフェライトコアコモンモードチョークを基板に
銅テープでシールド筐体設計、GND 強化
クロックを下げる必要なクロックの見直し
ダンピング抵抗を追加最初から入れる
コンデンサを追加レイアウト改善

応急対策で通しても、次のロットで再発する。 原因を特定して設計に反映すること。

イミュニティで落ちたとき

  1. どの試験・どのレベル・どのピンで落ちるかを特定
  2. 落ち方を分類する
落ち方意味
リセットする電源またはリセットピン
ハングするバスハング(I2C)、ソフトの状態異常
値が狂うアナログ経路、ADC、通信のビット化け
壊れるESD/サージ経路の保護不足。最も重大
  1. 注入点から侵入経路を追う
  2. フィルタと保護を追加、またはソフトで復帰できるようにする

6. 設計段階のチェックリスト

#項目章
1GND プレーンが連続しているか23
2高速信号がプレーンの切れ目を跨いでいないか23
3ケーブルは基板の 1 箇所から出ているか24
4コネクタのシェルが GND に多点接続されているか24
5差動ケーブルにコモンモードチョークがあるか24
6外部コネクタの各線に TVS があるか16
7GPIO のスルーレートは必要最小か19
8クロック信号にダンピング抵抗があるか23
9水晶周りが最短・ガードされているか09
10DC-DC のホットループが最小か15
11デカップリングが IC 直近にあるか16
12アナログ入力に RC フィルタがあるか17
13リセットピンにフィルタがあるか24
14ウォッチドッグが有効か—
15I2C バスハングからの復帰があるか20
16対策部品の place holder(未実装パッド)を置いたか—

16 番の実務的な価値.

基板を作るとき、必要ないかもしれない対策部品のパッドを あらかじめ置いておく(0 Ω で短絡しておく)。

EMC 試験で落ちたとき、基板を作り直さずに対策できる。 部品代はほぼゼロ、効果は絶大である。

まとめ

ポイント内容
EMC の 4 象限エミッション/イミュニティ × 伝導/放射
ディファレンシャル放射\(E \propto I A f^2\)。ループ面積を半分にすれば 6 dB 下がる
コモンモード放射\(E \propto I_{CM} L f\)。µA レベルで限度値を超える。放射で落ちる主因
元凶GND の電位が揺れること。それがケーブルに伝わる
対策の優先順ループ面積 → \(t_r\) → 不要な信号を作らない → ケーブル → フィルタ → シールド
\(t_r\) の効果折れ点が \(1/(\pi t_r)\)。1 ns → 10 ns で 20〜30 dB 改善
フェライトビーズ後段の C と共振してノイズが増えることがある。抵抗でダンプ
コモンモードチョーク差動は通し、コモンだけ止める。差動ケーブルには必ず検討
ケーブル1 箇所から出す。シェルを多点接続。ピグテールは無効
シールド開口が \(\lambda/20\) を超えると漏れる。貫通ケーブルで効果が消える
ESD止めずに逃がす。TVS はコネクタ直近、GND 経路最短
RF 整流オペアンプの入力で RF が DC オフセットに化ける。入力 RC が必須
切り分けケーブルを外して改善するか → コモンモードかどうかが分かる
設計の保険対策部品のパッドを 0 Ω で置いておく

次章では、これらの問題を実際に測って見つける方法を扱う。 測り方を間違えると、ないノイズが見える。