Chapter 22
パワーデバイスとモータドライバ
この章がなぜ必要なのか——モータは「回るか回らないか」だけの部品ではないから.
- 「H ブリッジを組んだら MOSFET が燃えた」
- 「モータを回すと MCU がリセットする」
- 「電流検出の値が暴れる」
- 「ブラシレスモータをどう回せばいいのか分からない」
- 「デッドタイムはいくつにすればいいのか」
モータ駆動は、大電流・誘導性負荷・高 dV/dt が同時に来る、 組み込み回路で最も過酷な場面である。 ここまでの章(MOSFET・電源・アイソレータ)が全部効いてくる。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). インダクタ(02 章 7 節)、コンデンサ(02 章 7 節)、スイッチ(05 章 2 節)、導通損失(05 章 6 節)、制御(06 章 6 節)、大電流(06 章 6 節)、飽和(06 章 3 節)、インバータ(09 章 2 節)、コンパレータ(09 章)、応答速度(09 章 1 節)、温度(11 章 3 節)、発熱(11 章 5 節)、直列(11 章 2 節)、ボディダイオード導通(15 章 8 節)、直近(15 章 7 節)、突入電流(16 章 3 節)、簡単(17 章 3 節)、高分解能(17 章 3 節)、PWM(18 章 6 節)、プルアップ(19 章 7 節)、SPI(20 章 1 節)、コモンモード(20 章 5 節)、リンギング(20 章 3 節)、配線(20 章 7 節)、CMTI(21 章 2 節)、UVLO(21 章 5 節)、負バイアス(21 章 5 節)
1. パワーデバイスの選択
| デバイス | 電圧範囲 | 特徴 | 用途 |
|---|---|---|---|
| Si MOSFET | 〜200 V | \(R_{DS(on)}\) で導通損失。低電圧で最強 | 電池機器、車載 12/48 V、DC-DC |
| Si IGBT | 600 V〜 | 電圧降下がほぼ一定(1.5〜2 V)。大電流で有利 | 産業インバータ、エアコン、EV |
| SiC MOSFET | 650 V〜 | 高耐圧でも \(R_{DS(on)}\) が小さい。高速・高温 | EV、太陽光、急速充電 |
| GaN HEMT | 〜650 V | 極めて高速(\(Q_g\) が小さい)。ボディダイオードがない | 高周波電源、充電器、D 級アンプ |
MOSFET と IGBT の使い分け
- 小電流では MOSFET が有利(\(I^2R\) が小さい)
- 大電流では IGBT が有利(電圧降下が飽和する)
- 高耐圧では MOSFET の \(R_{DS(on)}\) が急増する(シリコン限界)
近年は SiC が高耐圧領域で MOSFET を実用化し、この境界が動いている。
SiC / GaN を使うときの注意.
速いことは利点であると同時にリスクである。
問題 内容 dV/dt が 50〜100 V/ns 誤 ON、CMTI 不足、EMI 配線インダクタンスが致命的 \(v = L\,di/dt\) でサージが跳ね上がる ゲート電圧範囲が狭い GaN は \(V_{GS(max)}\) が 6 V 程度。オーバーシュートで即死 負バイアスが必要 SiC は OFF 時に −2〜−5 V が推奨 レイアウトが Si より遥かにシビアである。 初めてなら、メーカの評価ボードのレイアウトを写すのが安全。
2. H ブリッジ——DC モータを正逆に回す
| 状態 | ON にするもの | 動作 |
|---|---|---|
| 正転 | Q1 + Q4 | 左→右に電流 |
| 逆転 | Q3 + Q2 | 右→左に電流 |
| ブレーキ(ショートブレーキ) | Q2 + Q4(または Q1 + Q3) | モータを短絡。発電制動 |
| フリー(コースト) | 全部 OFF | 惰性で回る |
絶対にやってはいけない: Q1 + Q2 を同時 ON(縦方向の短絡 = 貫通)。
PWM のかけ方
| 方式 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| サインマグニチュード | 片側を固定 ON、もう一方を PWM | 単純。リプル電流が大きい |
| ロックアンチフェーズ | 正転と逆転を PWM で切り替える | デューティ 50 % で停止。低速の制御性が良いが常に電流が流れる |
| 同期整流 | OFF 期間に対角の MOSFET を ON | ボディダイオードでなく \(R_{DS(on)}\) で還流 → 効率が高い |
ボディダイオード還流と同期整流.
ハイサイドを OFF にした瞬間、モータのインダクタンスが電流を維持しようとする。 この電流は ローサイドのボディダイオードを通って還流する。
ボディダイオードは \(V_F \approx 0.8\) V と大きく、逆回復も遅い(05 章)。 10 A 流れれば 8 W の損失。
同期整流(ローサイドを能動的に ON)にすれば、 \(R_{DS(on)} = 5\) mΩ で 0.5 W。16 倍の差。
現代のモータドライバ IC はほぼ同期整流を内蔵している。
H ブリッジの状態を切り替える
正転・逆転・ブレーキ・フリー、そして貫通。 それぞれで電流がどこを通るかを見る。
3. デッドタイム
上下の MOSFET が同時に ON になると貫通する。 だから、片方を OFF にしてから他方を ON にするまでに空白期間を入れる。
| 成分 | 内容 |
|---|---|
| \(t_{off}\) | MOSFET の turn-off 時間(ゲート放電 + 遅延) |
| \(t_{on}\) | turn-on 時間 |
| \(t_{skew}\) | ドライバのチャンネル間ばらつき(propagation delay matching) |
| 温度・個体差 | \(R_{DS(on)}\) や \(V_{th}\) の変動 |
目安:
| デバイス | デッドタイム |
|---|---|
| 低電圧 Si MOSFET(12 V 系) | 50〜200 ns |
| 高電圧 Si MOSFET / IGBT | 500 ns〜2 µs |
| SiC | 100〜500 ns |
| GaN | 20〜100 ns |
デッドタイムのトレードオフ.
短すぎる 長すぎる 貫通電流 → 発熱・破壊 ボディダイオード導通が長く、損失増 出力電圧が歪む(デッドタイム歪み) 低デューティで制御性が悪化 モータ制御では「デッドタイム補償」というソフト処理で歪みを補正する。 ベクトル制御では必須。
測り方.
オシロで上下のゲート電圧を同時に観測する。 両方が \(V_{th}\) を超えている期間がゼロであることを確認する。
必ず最悪条件(高温・最大電流)で確認すること。 常温で 100 ns の余裕があっても、85 ℃ で消えることがある。
H ブリッジとデッドタイムを見る
PWM デューティ・デッドタイム・スイッチング時間を変えて、 ゲート波形、貫通電流の有無、出力電圧の歪みを見る。
4. ブラシレス DC モータ(BLDC / PMSM)
ブラシがないので、電子的に転流(コミュテーション)する必要がある。
3 相インバータ = ハーフブリッジ 3 個。
制御方式
| 方式 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 6 ステップ(台形波) | 60° ごとに通電相を切り替える | 単純。トルクリプルが大きい、音がする |
| 正弦波駆動 | 各相に正弦波電流を流す | 滑らか・静か。位置検出の分解能が要る |
| ベクトル制御(FOC) | dq 変換してトルクと磁束を独立制御 | 最高性能。計算量が多い |
位置検出
| 方法 | 内容 | 注意 |
|---|---|---|
| ホールセンサ | 3 個で 60° 分解能 | 6 ステップには十分。配線が増える |
| エンコーダ / レゾルバ | 高分解能 | 高価。FOC に必要 |
| センサレス(逆起電力) | 非通電相の BEMF ゼロクロスを検出 | 停止時・低速では使えない。始動シーケンスが要る |
| センサレス(高周波重畳) | 高周波を注入してインダクタンスの異方性を検出 | 停止時も可。IPM モータ向け |
センサレス始動の難しさ.
逆起電力は回転速度に比例するので、停止時はゼロ。 位置が分からない。
一般的な始動シーケンス:
- 強制整列: 特定の相に通電してロータを既知の位置に引き込む
- オープンループ加速: 徐々に周波数を上げて引きずり回す
- クローズドループへ切替: BEMF が検出できる速度に達したら
2 → 3 の切替で脱調しやすい。 ここのチューニングが実装の山場。
負荷が重い、または位置が保持できない用途(エレベータなど)では センサレスは使えない。
5. ステッピングモータ
パルスの数だけ回る。位置決めが簡単。
| 駆動方式 | 内容 |
|---|---|
| フルステップ(2 相励磁) | 基本。トルクが大きい |
| ハーフステップ | 分解能 2 倍。トルクが変動する |
| マイクロステップ | 正弦波状に電流を分配。滑らか・静か。1/256 分割も |
定電流駆動が必須である理由
ステッピングモータの巻線は \(R\) + \(L\) である。 電圧を印加すると、電流は \(\tau = L/R\) で立ち上がる。
\(L = 5\) mH、\(R = 2\) Ω なら \(\tau = 2.5\) ms。 高速回転では電流が定格に達する前に次のステップになる → トルクが落ちる。
解決: 定格電圧より高い電圧(例: 24 V)をかけて、 電流が目標に達したら PWM でチョッピングする。
24 V なら 12 V の 2 倍の速さで立ち上がる。
| チョッピング方式 | 内容 |
|---|---|
| 固定 OFF 時間 | 単純。リプルが変動 |
| 固定周波数 PWM | 周波数が予測できる |
| スマートチューン系 | メーカ独自の適応制御。静音 |
ステッピングモータの実務.
項目 内容 電流設定 定格を超えると発熱で焼ける。VREF 抵抗またはレジスタで設定 脱調 トルク不足・加速が急すぎ。加減速プロファイル(台形/S 字)が必須 共振 特定の速度で振動する。マイクロステップで軽減 保持電流 停止時も電流が流れて発熱する。保持トルクが不要なら下げる 静音化 マイクロステップ + 適応チョッピング(TMC 系ドライバなど)
6. 電流検出
電流を測れないと、トルク制御も保護もできない。
| 方式 | 位置 | 特徴 |
|---|---|---|
| ローサイドシャント | ブリッジと GND の間 | 最も簡単。コモンモードが低い。ただし還流電流が見えない期間がある |
| インライン(相電流)シャント | モータの相に直列 | 常に相電流が見える。FOC 向け。コモンモードが高い(高側アンプが要る) |
| ハイサイドシャント | 電源とブリッジの間 | 総電流。コモンモードが高い |
| ホール/磁気式センサ | 非接触 | 絶縁されている。大電流向け。オフセットドリフト |
| \(R_{DS(on)}\) 検出 | MOSFET の電圧降下 | 部品不要だが精度が悪い(温度で 2 倍変わる) |
シャント抵抗の設計
\(I_{max} = 10\) A、\(R = 5\) mΩ:
50 mV をアンプで増幅して ADC に入れる。
| 選定のポイント | 内容 |
|---|---|
| 電圧を大きく | ノイズに強い。ただし損失が増える |
| 電力定格 | ピークではなく実効値で。パルス耐量も確認 |
| 温度係数 | 50 ppm/℃ 以下(マンガニン等)。一般の抵抗は 100〜200 ppm |
| インダクタンス | 高速では ESL が効く。専用の低インダクタンス品を |
| ケルビン接続(4 端子) | 必須。配線抵抗を含めない |
ケルビン接続の重要性.
電流経路と検出経路を分ける。これをやらないとシャント抵抗の精度は意味を持たない シャントが 5 mΩ なのに、はんだやパターンの抵抗が 1 mΩ 入れば 20 % の誤差になる。
必ず 4 端子品を使い、検出配線は抵抗体の直上から差動で引く。
電流検出のタイミング
PWM で駆動しているので、いつ測るかが重要である。
PWM の中央(またはリプルの中点)で ADC をトリガする。
多くの MCU のタイマは PWM と同期した ADC トリガを持っている。 これを使わないと、値が周期的に暴れる。
スイッチング直後は測ってはいけない.
スイッチングのリンギングが収まるまで(数百 ns〜µs)待つ。 ブランキング時間と呼ぶ。
「電流検出の値が暴れる」の最頻出原因がこれである。
7. 保護
| 保護 | 方法 | 応答速度 |
|---|---|---|
| 過電流(OCP) | シャント + コンパレータ → 即座に PWM を切る | µs オーダが必要 |
| 短絡 | DESAT 検出(IGBT)、\(R_{DS(on)}\) 検出 | 1〜2 µs 以内に切る |
| 過熱(OTP) | サーミスタ、IC 内蔵 | ms オーダ |
| 過電圧 | 回生電圧の監視。ブレーキチョッパ | ms |
| 低電圧(UVLO) | ゲート電圧不足での中途半端な ON を防ぐ | — |
| 失速検出 | 電流と速度から判定 | ソフト |
ハードウェア保護は必須である.
ソフトの割り込みでは間に合わない。 コンパレータの出力でタイマの出力を直接止める機能 (BRK / BKIN / Fault 入力)を使う。
多くの MCU のアドバンストタイマは、 外部の Fault 信号で PWM 出力を即座にハイインピーダンスにする ハードウェア機構を持っている。必ず使うこと。
回生電圧に注意.
モータを減速させると、モータが発電機になって電源に電流を戻す。
電源が電流を吸えない(ダイオードで整流している、LDO の後ろなど)と、 電源電圧が上昇する。
減速時、モータは発電機になる。電源が電流を吸えないと、その分だけ母線電圧が上がる 対策:
- 大容量の電解コンデンサでエネルギーを吸収
- ブレーキチョッパ(抵抗で熱に変える)
- TVS / ツェナーでクランプ
- ソフトで減速レートを制限
8. レイアウトとノイズ
モータ回路は基板上で最大のノイズ源である。
| 規則 | 理由 |
|---|---|
| パワー段のループ面積を最小に | \(v = L\,di/dt\)(15 章と同じ)。VM のコンデンサをブリッジの直近に |
| パワー GND とシグナル GND を分離 | 大電流のリターンがアナログに乗る(共通インピーダンス) |
| 1 点で接続する(スターグラウンド) | ループを作らない |
| シャントの配線は差動で、最短で | 微小電圧を扱う |
| ゲート配線を短く | ループがあると発振・誤 ON |
| モータ線をツイスト/シールド | 放射を減らす |
| スイッチノードの銅箔は必要最小限 | 放射源 |
| MCU をパワー段から離す | 放射結合 |
「モータを回すと MCU がリセットする」の切り分け.
疑い 確認方法 電源の落ち込み MCU の VDD をオシロで見る。突入電流でモータ電源が落ちていないか グラウンドバウンス MCU の GND とパワー GND の間の電位差を見る 放射結合 モータ線を離す/シールドすると改善するか 回生電圧 減速時に VM が上がっていないか リセットピンのノイズ NRST に 100 nF + プルアップがあるか 多くの場合、電源とグラウンドの設計が原因である。 モータ電源と MCU 電源を別系統にして、GND は 1 点で繋ぐのが基本。
9. モータドライバ IC を選ぶ
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 統合型(MOSFET 内蔵) | 〜数 A。部品が少ない。DRV8833、TB67H450 など |
| ゲートドライバ + 外付け MOSFET | 数 A〜数百 A。設計自由度が高い |
| インテリジェントパワーモジュール(IPM) | 3 相分 + ドライバ + 保護が一体。エアコン・産業用 |
| 専用ステッピングドライバ | マイクロステップ・静音制御内蔵。TMC 系、DRV8825 など |
| 選定で見る項目 | 内容 |
|---|---|
| 電圧範囲 | 回生とサージを含めて。12 V モータでも 40 V 品を選ぶことが多い |
| 電流 | 連続とピークを分けて見る |
| \(R_{DS(on)}\)(統合型) | 損失と発熱に直結 |
| 制御インタフェース | PWM/PH-EN/独立、SPI 設定の有無 |
| 保護機能 | OCP / OTP / UVLO / 失速検出 |
| 電流検出 | 内蔵か外付けか、位置はどこか |
| デッドタイム | 固定か設定可能か |
| 熱 | パッケージと \(\theta_{JA}\)(16 章) |
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| デバイス選択 | 低電圧・小電流 = MOSFET、高電圧・大電流 = IGBT、高速高効率 = SiC/GaN |
| SiC/GaN の注意 | 速さはリスク。配線インダクタンス・\(V_{GS}\) 上限・負バイアス |
| H ブリッジ | 正転/逆転/ブレーキ/フリー。縦短絡は絶対禁止 |
| 同期整流 | ボディダイオード(\(V_F\) 0.8 V)→ \(R_{DS(on)}\)。十数倍の損失差 |
| デッドタイム | 短い = 貫通、長い = 歪みと損失。高温・最大電流で確認 |
| BLDC | 6 ステップ / 正弦波 / FOC。位置検出が要る |
| センサレス | 停止・低速で使えない。始動シーケンスが山場 |
| ステッピング | 定電流駆動が必須。\(di/dt = V/L\) なので高電圧 + チョッピング |
| 電流検出 | ローサイド/インライン/ホール。ケルビン接続は必須 |
| 検出タイミング | PWM 中央で ADC をトリガ。ブランキング時間を取る |
| 保護 | ハードウェアで PWM を止める(BRK 入力)。ソフトでは間に合わない |
| 回生 | 減速でモータが発電する。電源電圧が上がる。吸収するか逃がす |
| レイアウト | パワーループ最小・GND 分離 1 点接続・ゲート配線短く |
| リセット問題 | 電源降下/グラウンドバウンス/放射/回生を順に切り分ける |
ここまでで第 VII 部(インタフェース)は終わり。 次章からは第 VIII 部——実装。 すべての設計が最後に基板の上で試される。