Chapter 21
アイソレータ・レベルシフタ・ドライバ
この章がなぜ必要なのか——「電気的に切り離す」ことでしか解けない問題があるから.
- 「機器間で GND を繋いだら電流が流れて壊れた」
- 「AC 100 V を扱う部分と MCU を分けたい」
- 「モータのノイズで通信が化ける」
- 「ハイサイドの MOSFET をどう駆動すればいいか分からない」
- 「絶縁が必要と言われたが、何 kV 必要なのか分からない」
絶縁は 安全(人を守る) と 機能(回路を守る) の 2 つの目的がある。この 2 つは要求が全く違う。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). ほぼなし(02 章 3 節)、コンデンサ(02 章 7 節)、フライバックダイオード(02 章 4 節)、温度特性(02 章 3 節)、LED(04 章 4 節)、\(R_g\)(05 章 7 節)、スイッチ(05 章 2 節)、ロジックレベル(05 章 7 節)、IGBT(06 章 6 節)、MOSFET(06 章 6 節)、制御(06 章 6 節)、大電流(06 章 6 節)、飽和(06 章 3 節)、CAN(09 章 2 節)、インバータ(09 章 2 節)、応答速度(09 章 1 節)、\(V_{DD}\)(11 章 3 節)、レベルシフタ(11 章 6 節)、突入電流(16 章 3 節)、逆流(16 章 3 節)、簡単(17 章 3 節)、I2C(20 章 1 節)、RS-485(20 章 1 節)、コモンモード(20 章 5 節)
1. なぜ絶縁するのか
目的 1: 安全絶縁
人が触れる部分を、危険電圧から切り離す。
AC 100/200 V を扱う機器では、法令・規格で要求される。
| 規格 | 対象 |
|---|---|
| IEC/EN 62368-1 | 情報機器・AV 機器(旧 60950 / 60065) |
| IEC 60601-1 | 医用機器(要求が最も厳しい) |
| IEC 61010 | 計測・制御機器 |
| IEC 60335 | 家電 |
| 絶縁の等級 | 内容 |
|---|---|
| 機能絶縁 | 動作に必要なだけ。感電保護にはならない |
| 基礎絶縁 | 1 段の保護 |
| 付加絶縁 | 基礎絶縁が壊れたときの予備 |
| 二重絶縁 | 基礎 + 付加 |
| 強化絶縁 | 二重絶縁と同等の 1 つの絶縁 |
目的 2: 機能絶縁(グラウンドループの遮断)
別々の機器を繋ぐと、GND 電位が違う。
さらに、大電流の回路(モータ、ヒータ)と同じ GND を共有すると、 その電流が作る電位差がノイズとして乗る(共通インピーダンス結合、24 章)。
絶縁すれば、この経路が物理的に切れる。
| 用途 | 目的 |
|---|---|
| AC 電源に繋がる部分 | 安全 |
| 産業用の長距離通信(RS-485、CAN) | 機能(グラウンド電位差) |
| モータドライバのゲート駆動 | 機能(ハイサイド駆動) |
| 電流センサ(高電圧側) | 安全 + 機能 |
| 医用機器の患者接続部 | 安全(最も厳しい) |
2. 絶縁の 3 つの方式
| 方式 | 伝達手段 | 特徴 |
|---|---|---|
| フォトカプラ | 光(LED → フォトトランジスタ) | 古典的・安価。遅い・CTR が劣化 |
| 磁気(デジタルアイソレータ) | トランス結合 | 高速・長寿命。現代の主流 |
| 容量(デジタルアイソレータ) | コンデンサ結合 | 高速・小型。CMTI が高い |
フォトカプラ
| パラメータ | 意味 | 注意 |
|---|---|---|
| CTR(電流伝達率) | \(I_C / I_F\) | 20〜300 % と幅が大きい。設計は最小値で |
| CTR の経年劣化 | LED の輝度低下 | 10 年で半分になることも。初期値の 50 % で設計する |
| \(t_{on}\) / \(t_{off}\) | 応答速度 | 汎用品で 数 µs。\(t_{off}\) のほうが遅い |
| 絶縁耐圧 | \(V_{ISO}\) | 2.5〜7.5 kVrms |
| CMTI | コモンモード過渡耐性 | 汎用品で 10 kV/µs 程度 |
CTR 劣化を考慮した設計.
CTR = 50 %(最小)、10 年後にその半分 = 25 % と見積もる。 出力に 1 mA 必要なら:
\[ I_F = \frac{1\ \text{mA}}{0.25} = 4\ \text{mA} \]余裕をもって 10 mA 流すのが実務。 ただし LED 電流が大きいほど劣化も速いので、バランスが要る。
CTR に依存しない設計(フォトトランジスタを飽和させる、 ロジック出力型フォトカプラを使う)のほうが安全。
フォトカプラが遅い理由.
フォトトランジスタのベース・コレクタ容量が大きく、 ミラー効果(07 章)で実効容量がさらに増える。 特に OFF するとき、蓄積電荷が抜けるのに時間がかかる。
高速版(ロジック出力型、6N137 など)は フォトダイオード + 高速アンプの構成で、数十 ns まで速い。
デジタルアイソレータ
現代の第一選択である。
| 項目 | フォトカプラ | デジタルアイソレータ |
|---|---|---|
| 速度 | 数 µs〜数十 ns | 数 ns〜十数 ns |
| 消費電流 | LED 電流が必要(数 mA) | µA〜mA |
| 経年劣化 | CTR が落ちる | ほぼなし |
| チャンネル数 | 1 個 1ch が多い | 4〜6ch を 1 パッケージに |
| CMTI | 10〜25 kV/µs | 50〜150 kV/µs |
| 温度特性 | 悪い | 良い |
| 価格 | 安い | やや高い(多ch なら逆転する) |
| 入力の扱い | 電流駆動(LED) | CMOS 入力 |
CMTI(Common Mode Transient Immunity)が最重要である.
モータドライバのハイサイドでは、 スイッチノードが 100 ns で 300 V 動く = 3 kV/µs といったことが起きる。
このとき、絶縁バリアの寄生容量を通じて変位電流が流れ、 データが化ける。
\[ i = C_{iso}\frac{dv}{dt} \]CMTI が不足すると、モータが回った瞬間に通信が壊れる。 ゲートドライバやモータ周辺では 50 kV/µs 以上を選ぶ。
絶縁仕様の読み方
| パラメータ | 意味 |
|---|---|
| \(V_{ISO}\)(耐圧試験電圧) | 1 分間耐える。連続使用の定格ではない |
| \(V_{IOWM}\)(連続動作電圧) | 実際に連続でかけてよい電圧。ここを見る |
| \(V_{IOTM}\)(過渡電圧) | サージに対する耐量 |
| \(V_{IOSM}\)(サージ) | 1.2/50 µs サージ波形での耐量 |
| 沿面距離(Creepage) | 表面に沿った距離。汚損度と材料で必要値が決まる |
| 空間距離(Clearance) | 空間を直線で結ぶ距離。標高でも変わる |
| CTI | 材料の耐トラッキング性。沿面距離の要求に効く |
最大の誤解: 「5 kV 絶縁だから 5 kV かけてよい」ではない.
\(V_{ISO} = 5\) kVrms は 1 分間の試験電圧である。
連続で使ってよいのは \(V_{IOWM}\) で、同じ部品で 1 kVrms 程度のことが多い。 強化絶縁として使えるかどうかは、認証(VDE、UL)の有無で決まる。
安全絶縁が必要なら、必ず認証取得品を使うこと。
基板の沿面距離も設計する必要がある.
IC が強化絶縁品でも、基板のパターンが近ければそこで放電する。
- IC の下を通る配線を禁止する
- スリット(溝)を入れて沿面距離を稼ぐ
- 一次側と二次側のプレーンを完全に分ける
- レジストは沿面距離としてカウントされないことが多い
目安(汚損度 2、基礎絶縁、250 Vrms): 沿面 2.5 mm、空間 1.5 mm 程度。 必ず適用規格の表で確認すること。
3. 絶縁電源
信号を絶縁しても、二次側に電源が要る。
| 方法 | 内容 | 電力 |
|---|---|---|
| 二次側に別電源 | 最も簡単。既にあるなら | 制限なし |
| 絶縁 DC-DC モジュール | トランス内蔵。1 kV〜5 kV 絶縁 | 0.25〜数 W |
| 絶縁電源内蔵アイソレータ | 1 パッケージ。便利だが EMI に注意 | 数十〜数百 mW |
| ブートストラップ | ハイサイドドライバ用。後述 | ゲート駆動のみ |
| チャージポンプ / フライバック | 自作 | 用途次第 |
絶縁 DC-DC は EMI 源になる.
小型の絶縁 DC-DC モジュールは、 数百 kHz で発振してトランスを駆動している。 絶縁バリアの容量を通じてコモンモード電流が流れ、 放射ノイズになる。
対策:
- Y コンデンサ(一次-二次間の高周波バイパス。安全規格品を使う)
- 入出力に LC フィルタ
- シールド付きモジュールを選ぶ
- 拡散スペクトラム機能のある品種
4. 絶縁付きインタフェース IC
現代は、アイソレータとトランシーバが 1 パッケージになった品種が多い。
| 種類 | 用途 |
|---|---|
| 絶縁 RS-485 | 産業用ネットワーク(Modbus など) |
| 絶縁 CAN | 車載・産業。異なる GND を持つノード間 |
| 絶縁 I2C | I2C を基板外に出す唯一の現実解 |
| 絶縁 SPI | センサや ADC を高電圧側に置く |
| 絶縁 ADC / 絶縁アンプ | シャント抵抗で高電圧側の電流を測る。インバータ必須部品 |
| 絶縁ゲートドライバ | 後述 |
絶縁 I2C の難しさ.
I2C は双方向・オープンドレインなので、 普通のアイソレータでは通せない(方向が決まらない)。
専用 IC(ISO1540、LTC4310 など)は、 電圧レベルをずらして方向を検出する仕組みを持っている。 そのため バス電圧やプルアップ値に制約がある。 データシートを丁寧に読むこと。
5. ゲートドライバ
MOSFET / IGBT を高速にスイッチするための IC。
なぜ専用 IC が要るのか
05 章のとおり、MOSFET を速く切り替えるには ゲート電荷 \(Q_g\) を 短時間で出し入れする必要がある。
\(Q_g = 30\) nC を 50 ns で入れるには:
MCU の GPIO(20 mA)では 1.5 µs かかる。 その間ずっとミラープラトーで、大きな損失が出る(05 章)。
ゲートドライバの機能
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 大電流出力 | 0.5〜10 A のピーク電流 |
| レベルシフト | ロジックレベル入力 → 10〜20 V のゲート電圧 |
| ハイサイド駆動 | ソース電位が動く MOSFET を駆動する |
| デッドタイム生成 | 上下短絡を防ぐ |
| UVLO | ゲート電圧不足での中途半端な ON を防ぐ |
| 絶縁 | 高電圧側との分離 |
| DESAT 検出 | IGBT の短絡検出(飽和電圧の異常上昇) |
| ミラークランプ | OFF 中の誤 ON を防ぐ |
ハイサイド駆動の問題
Q1 を ON にするには、ソース(= SW ノード)より 10 V 高いゲート電圧が要る。 SW が 300 V のとき、ゲートは 310 V でなければならない。
電源電圧より高い電圧が必要。 これをどう作るか。
方法 1: ブートストラップ
動作:
- ローサイドが ON → SW = 0 V → \(V_{DD}\) から \(D_{boot}\) を通って \(C_{boot}\) が充電される(\(V_{DD} - V_F\))
- ハイサイドが ON → SW が 300 V に上がる → \(C_{boot}\) の上端は 310 V になる
- この電圧でハイサイドのゲートを駆動する
| 利点 | 欠点 |
|---|---|
| 安価・部品が少ない | ローサイドを定期的に ON にしないと充電できない |
| 標準的な方法 | 100 % デューティで使えない |
| 起動時に充電が必要(初回だけローサイドを ON にする) | |
| 低デューティ/低周波では \(C_{boot}\) が放電する |
ブートストラップの設計.
\[ C_{boot} \geq \frac{Q_{total}}{\Delta V} \]\(Q_{total}\) = ゲート電荷 + ドライバの静止電流 × ON 時間 + リーク。
\(Q_g = 50\) nC、許容降下 0.5 V なら \(C_{boot} \geq 100\) nF。 実務では 10 倍程度(1 µF) を入れる。
ブートストラップダイオードは高速・高耐圧(300 V なら 600 V 品)。 逆回復が遅いと、SW が上がるときに逆流して \(V_{DD}\) を壊す。
「モータが低速のときだけ動かない」の原因.
デューティが 95 % を超えると、 ローサイドの ON 時間が短すぎて \(C_{boot}\) が充電できない。
対策: 最大デューティを制限する、 絶縁電源型のドライバに変える、チャージポンプ内蔵品を使う。
方法 2: 絶縁ゲートドライバ + 絶縁電源
ハイサイド用に完全に独立した電源を用意する。
| 利点 | 欠点 |
|---|---|
| 100 % デューティが可能 | 絶縁電源が要る(コスト・サイズ) |
| 高電圧に強い | |
| CMTI が高い品種を選べる |
産業用インバータ、EV、太陽光パワコンではこちらが主流。
ゲート抵抗
| \(R_g\) | 効果 |
|---|---|
| 小さい | 速い → スイッチング損失が小さい。ただし dV/dt が大きく EMI とリンギング |
| 大きい | 遅い → 損失が増える。EMI とサージが減る |
ON と OFF で別の値にするのが定石:
OFF を速くする(誤 ON を防ぐ)、ON は少し遅く(サージを抑える)。
誤 ON(パラサイティックターンオン).
ローサイドが OFF のとき、ハイサイドが ON すると SW が急上昇する。 このとき \(C_{gd}\)(05 章のミラー容量)を通じて、 ローサイドのゲートに電流が流れ込む。
\[ V_{gs} = \frac{C_{gd}}{C_{gd}+C_{gs}}\Delta V_{ds} \]これが \(V_{th}\) を超えると、上下が同時に ON = 貫通する。
対策:
- \(R_{g(off)}\) を小さくする
- ミラークランプ機能のあるドライバを使う(ゲートを強制的に GND に)
- 負バイアス(OFF 時に −5 V をかける。SiC/GaN で標準)
- \(C_{gs}\) を増やす(外付けコンデンサ。ただし遅くなる)
ゲート駆動を見る
ゲート抵抗・\(Q_g\)・ドライバ電流を変えて、 スイッチング時間、損失、dV/dt、誤 ON のリスクを見る。
6. その他のドライバ・レベルシフタ
| 種類 | 用途 | 注意点 |
|---|---|---|
| バッファ IC(74LVC1G17 等) | 弱い信号を強くする、レベル変換 | 電源電圧範囲、\(V_{IH}\) |
| 双方向レベルシフタ | I2C、SDIO | 方向自動検出の制約、速度 |
| リレードライバ(ULN2003 等) | ダーリントン + フライバックダイオード内蔵 | \(V_{CE(sat)}\) が 1 V ほどある |
| ローサイド MOSFET ドライバ | ソレノイド、LED | 誘導性負荷にはクランプが要る |
| ハイサイドスイッチ IC | 電源のスイッチング、保護付き | 突入電流、スルーレート制御 |
| ラインドライバ | 長距離のシングルエンド駆動 |
ULN2003 系を今も使うべきか.
ダーリントンなので \(V_{CE(sat)} \approx 1\) V。 500 mA 流すと 0.5 W の損失になる。
MOSFET アレイ(TBD62003 など、ピン互換) に置き換えると \(R_{DS(on)}\) が 0.5 Ω 程度で、損失は 0.125 W。
低電圧(5 V 以下)ではダーリントンの電圧降下が致命的なので、 新規設計では MOSFET 型を選ぶ。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 絶縁の目的 | 安全(人を守る・規格要求)と 機能(グラウンドループ遮断) |
| 方式 | フォトカプラ/磁気/容量。現代はデジタルアイソレータが主流 |
| フォトカプラ | CTR が経年で半減する。初期値の 50 % で設計 |
| CMTI | モータ周辺では 50 kV/µs 以上。不足すると回した瞬間に通信が壊れる |
| 仕様の誤解 | \(V_{ISO}\) は 1 分試験値。連続使用は \(V_{IOWM}\) |
| 基板側 | 沿面・空間距離を設計する。IC だけ強化絶縁でも意味がない |
| 絶縁電源 | 二次側に電源が要る。小型絶縁 DC-DC は EMI 源(Y コンデンサ) |
| 絶縁 I2C | 双方向なので専用 IC が要る。バス電圧に制約 |
| ゲートドライバ | \(I = Q_g/t\)。GPIO では 1.5 µs かかり損失が出る |
| ハイサイド | ソースより 10 V 高い電圧が要る |
| ブートストラップ | 安価だが 100 % デューティ不可・起動時に充電が要る |
| 絶縁電源型 | 100 % デューティ可。産業インバータの主流 |
| ゲート抵抗 | 小 = 高効率だが EMI、大 = 低 EMI だが損失。ON/OFF 別々に |
| 誤 ON | \(C_{gd}\) 経由でゲートが持ち上がる。ミラークランプ・負バイアス |
| ULN2003 | ダーリントンで 1 V 落ちる。MOSFET アレイに置き換える |
次章では、これらのドライバを使って実際にモータを回す回路を見る。