Radar 17 · いろいろなレーダー — 気象からスマートホームまで

Chapter 17

いろいろなレーダー — 気象からスマートホームまで

この章のゴール.

同じ骨格(往復時間・ドップラー・角度)が、対象と周波数を変えるだけで 気象観測・地形計測・地中探査・呼吸検知まで届くことを見る。 特に「位相はミクロン級の変位計である」という視点を持ち帰ること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). アンテナ・エコー(01 章 2 節)、波長(02 章 1 節)、バンド名(02 章 3 節)、dB(02 章 5 節)、偏波(02 章 6 節)、コヒーレント積分(03 章 5 節)、RCS(04 章 1 節)、PPI(05 章 1 節)、距離分解能(06 章 3 節)、複素数(06 章 2 節)、ドップラー・視線方向速度(07 章 2 節, 5 節)、FFT・フェーザ(07 章 6 節)、CW・FMCW・ビート(08 章 1〜3 節)、フレーム・距離ビン(09 章 1〜2 節)、アレイ・角度分解能・仮想アレイ(10 章 4〜6 節)、仰角(10 章 7 節)、ビーム幅・開口 \(D\)(11 章 1〜2 節)、干渉(14 章 5 節)

1. 気象レーダー — 雨を測る

気象レーダーは、雨粒・雪・雹という体積に散らばった無数の小目標を相手にする。

気象レーダー — D⁶ の世界雨の体積(無数の粒)σ ∝ D⁶ / λ⁴(レイリー散乱)直径 6 乗——大粒が圧倒的に光る反射の合計 = レーダー反射因子 Z → dBZ(雨雲レーダーの色)ドップラーで風の場、二重偏波で粒の種類——道具立ては本シリーズと同じ
小雨 20 dBZ、土砂降り 50 dBZ。天気予報の色分けは、この章の言葉で言えば「体積クラッタの RCS 地図」である

さらに 2 つの技が乗る。ドップラーで雨粒の視線速度=風の場を測り(竜巻の渦検出)、 二重偏波(02 章 6 節。扁平な粒ほど水平偏波を強く返す)で水平・垂直の反射の比から粒の形——扁平な大雨滴か、球に近い雹か、雪か——を見分ける。 すべて本シリーズの道具立てそのままである。

2. SAR — 動きながら見ると巨大アンテナになる

SAR(Synthetic Aperture Radar、合成開口レーダー)は、衛星や航空機が飛びながら電波を打ち、 軌道上の各位置で受けたエコーの複素数(振幅と位相)を記録しておき、後で位相を揃えて足し合わせる(コヒーレントに合成する)。

発想はこうだ。角度分解能はアレイ(アンテナを並べたもの)の全長で決まる(10 章)。 物理的に 100 m のアンテナは作れないが、1 本のアンテナが 100 m 動きながら受ければ、 記録を後で足し合わせることで「長さ 100 m の仮想アレイ」になる——MIMO の仮想アレイ(10 章)の時間版である。

SAR — 移動で開口を合成する衛星・航空機の軌跡(速度 v)合成開口 L = 照らしていた距離ぶん地上の 1 点各位置の受信を コヒーレントに合成= 長さ L の仮想アレイ。MIMO の仮想アレイ(10 章)の時間版遠いほどビームが広く長く照らせる → L ∝ R となり、分解能 ≈ D/2 は距離にも波長にも依らない
700 km 上空から 1 m 分解能で、雲を透して昼夜問わず地表を撮る。InSAR は 2 回の撮像の位相差で mm の変位まで見る

驚くべき結論がある。実アンテナ(開口 \(D\))のビーム幅は \(\lambda/D\) rad(11 章 2 節)なので、距離 \(R\) の目標が照らされている進行方向の区間、すなわち合成できる開口長は

\[ L = R\,\frac{\lambda}{D} \]

で、遠いほど長くなる。長さ \(L\) の合成開口の角度分解能は、受信アレイなら \(\lambda/L\) だが、SAR では各位置で送信も行うので行きと帰りの両方で位相が変わり(MIMO で TX の位置も足し算で効いたのと同じ理由)、\(\lambda/(2L)\) になる。距離 \(R\) での進行方向の長さに直すと

\[ \delta = R \cdot \frac{\lambda}{2L} = R \cdot \frac{\lambda}{2R\lambda/D} = \frac{D}{2} \]

——距離 \(R\) と波長が打ち消し合い、実アンテナの半分。距離にも波長にも依存しない。 高度 700 km の衛星が 1〜3 m 分解能の地表画像を、雲を透して昼夜問わず撮れる理由である。

もう 1 つの応用が InSAR(干渉 SAR): 別の日に撮った 2 枚の SAR 画像の位相差を取ると、 地表の変位が波長の物差しで見える——火山の膨張や地盤沈下を mm/年の精度で監視できる。 「位相は超精密な変位計」——この視点は 5 節でもう一度使う。

3. GPR — 地中を見るレーダー

GPR(Ground Penetrating Radar、地中レーダー)は、電波を地面の中へ打ち込む。 物質が電場をどれだけ蓄えやすいかを真空との比で表した値を比誘電率 \(\varepsilon_r\) と呼ぶ(真空 1、乾いた土 4〜6、水 80)。 電波は物質中では \(v = c/\sqrt{\varepsilon_r}\) に減速し(電磁気学の結果。事実として引用する)、 誘電率の境目(土と金属管、土と空洞)で反射する。

GPR — 地中を見るレーダーアンテナを引く →埋設管記録(B スキャン)点状の物体は双曲線に写る真上で最短、離れると斜め距離が伸びるため土中では速度が c/√εr に落ちる。透過を稼ぐため低周波(100 MHz〜数 GHz)——深さと分解能のトレードオフ再び
水道管・空洞・遺跡・鉄筋——「掘らずに見る」道具。双曲線の開き具合から深さと土の誘電率まで推定できる

水道管・埋設ケーブルの探査、道路の空洞調査、遺跡の非破壊調査、鉄筋のかぶり厚検査——「掘らずに見る」道具である。

4. 屋内センシング — 60 GHz の静かな仕事

02 章で見た通り、60 GHz は酸素吸収で遠くへ届かない——部屋の外に漏れにくい。 この性質と小型アンテナを活かして、ミリ波レーダーは家電と空間に入り込んでいる。

用途使う物理
在室検知・人数推定呼吸レベルの微動でも人は「動体」。カメラと違い映像を撮らないのでプライバシー面で選ばれる
ジェスチャ認識(Google Soli など)指先の距離・速度・微ドップラー(指や手足など体の部分ごとの動きが作る、細かく変動するドップラー)のパターンを機械学習で分類
転倒検知(高齢者見守り)仰角(10 章 7 節)つき点群(16 章)で姿勢の急変を検出
車内乗員・置き去り検知シートの子供の呼吸を検出。樹脂内装を透過できるのが決め手
屋内センシング — 60 GHz の静かな仕事60 GHz センサ呼吸・動きを検知電波は部屋の外へ漏れにくい(O₂ 吸収)映像を撮らずに人を感じる——在室検知・ジェスチャ・転倒検知・車内の置き去り検知
カメラのプライバシー問題と無縁のまま、樹脂・布を透かして人の存在と動きだけを検出できる

5. バイタルセンシング — 位相で呼吸と心拍を測る

胸壁は呼吸で数 mm、心拍で 0.1〜0.5 mm 動く。距離分解能(数 cm、06 章 3 節)では全く見えない。 しかし位相なら見える。07 章 2 節の往復位相 \(\phi = -4\pi R/\lambda\) で、距離が \(\Delta R\) 変わると

\[ \Delta\phi = \frac{4\pi\,\Delta R}{\lambda} \]

\(\lambda = 5\) mm(60 GHz)で胸が \(\Delta R = 0.5\) mm 動くと、\(\Delta\phi = 4\pi \times 0.5/5 = 0.4\pi = 72^\circ\)——堂々たる信号である。 位相は 1° 程度の精度で読めるので、検出できる変位の下限は \(\lambda/720 \approx 7\) µm——ミクロン級である。

やることは、対象のいる距離ビン(09 章 2 節)の複素値をフレームごとに追い、その偏角(位相角)の時系列を取り出すだけ。 呼吸(0.1〜0.5 Hz)と心拍(0.8〜2 Hz)は周波数帯が分かれているので、 フィルタか FFT で分離できる——本サイトの DSP シリーズ(03 章〜04 章)の練習問題そのものである。

バイタルセンシング — 位相はミクロン級の変位計位相の時系列大きなうねり=呼吸(数 mm)、小さなさざ波=心拍(0.1〜0.5 mm)Δφ = 4π ΔR / λλ = 5 mm(60 GHz)で胸が 0.5 mm 動くと位相 72°——堂々と見える距離分解能(cm)では見えない動きが、同じ距離ビンの中の位相でなら読める対象ビンの複素値の偏角を追うだけ。呼吸 0.1〜0.5 Hz と心拍 0.8〜2 Hz は FFT で分離できる
InSAR の地盤 mm 監視も、呼吸検知も同じ 1 つの事実——「レーダーは往復位相の測定器」の応用である

レーダーは「距離の測定器」ではなく「往復位相の測定器」である.

距離分解能はビート(周波数)で決まり cm 止まりだが、 同じビンの中での変位は位相で読めて、精度は波長の数百分の 1——ミクロン級に届く。 InSAR の地盤 mm 監視も、車載の高精度速度も、呼吸検知も、全部この 1 つの事実の応用である。 このシリーズで 1 つだけ持ち帰るなら、これでもよい。

呼吸を位相で見る

Web 版のこの見出しの下には、胸の動き(呼吸+心拍)を模擬し、レーダー位相の時系列とそのスペクトルから 呼吸数・心拍数が読み取れる様子を試せる動く図がある。

6. その他の顔ぶれ — 一覧で

レーダー周波数帯(バンド名は 02 章 3 節)特徴
航空管制(一次/二次)L・S一次は素のエコー。二次は電波を反射させるのではなく、機体側の応答機(トランスポンダ)が受信して便名や高度を返信するので「半分通信」
船舶・港湾X・S回転アンテナ+PPI。雨と海面クラッタ(14 章)との戦い
速度取締りK・Ka(26.5〜40 GHz)無変調の連続波でドップラーだけ測る CW レーダー(08 章 1 節)の教科書的応用
産業用レベル計26・80 GHzタンク内の液面までの距離を FMCW で mm 級測定。粉塵・蒸気に強い
侵入検知・セキュリティ24・60 GHzフェンス際の動体検知。霧・夜間に強い
天文・地球観測各種惑星表面の SAR マッピング、降水観測衛星、スペースデブリ監視

7. この章のまとめ

ポイント内容
気象\(\sigma \propto D_p^6\)(レイリー散乱)→ dBZ。ドップラーで風、二重偏波で粒種
SAR移動で開口を合成。分解能 \(\approx D/2\)、距離・波長に依らない。InSAR は位相で mm
GPR誘電率の境目で反射。低周波で深く・粗く。点は双曲線に写る
屋内 60 GHz漏れにくい・映さない・透過する。在室・ジェスチャ・見守り
バイタル\(\Delta\phi = 4\pi\Delta R/\lambda\)。位相はミクロン級変位計——本シリーズ最重要の応用視点