Radar 08 · CW・FMCW — 連続波で距離も速度も

Chapter 08

CW・FMCW — 連続波で距離も速度も

この章のゴール.

FMCW の心臓部——ビート周波数 \(f_b = 2RS/c\) ——を導出できること。 そして「RF は 77 GHz でも、ADC は数十 MHz で済む」という FMCW が民生を制覇した理由を、仕組みから説明できること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). アンテナ・信号処理(01 章 2 節)、パルスレーダー(01 章 5 節)、周波数・波長・位相(02 章 1〜2 節)、デューティ比(05 章 5 節)、帯域幅・距離分解能(06 章 3 節)、チャープ(06 章 4 節)、ドップラー周波数 \(f_d\)(07 章 2 節)、パルス間の位相回転・FFT(07 章 6 節)、サンプリング(05 章 4 節)

1. CW レーダー — 出しっぱなしの最小構成

CW(Continuous Wave、連続波)レーダーは、単一周波数 \(f_0\) の電波をひたすら出し続け、 エコーとの周波数差(=ドップラー、07 章)だけを見る。

CW レーダー — 最小構成、ただし距離は測れない発振器 f₀単一周波数を出し続けるミキサ差の周波数を取り出すアンテナ参照(ローカル信号)出力 = f_d = 2v/λ だけ速度計として完成。スピードガンがこれ一定の正弦波はどこを切っても同じ形——「いつ送った波か」の目印がなく、距離情報がゼロ
電波を出しっぱなしにしてドップラーだけ読む。距離を測るには波に「時間の目印」を刻む必要がある

送信の一部を受信側に回し(この参照信号をローカル信号と呼ぶ。以下「送信信号」と言うときはこれを指す)、ミキサという部品でエコーと掛け算する。 周波数 \(f_1\) と \(f_2\) の 2 つの正弦波の積は、三角関数の積和公式

\[ \cos(2\pi f_1 t)\cos(2\pi f_2 t) = \tfrac{1}{2}\cos\bigl(2\pi(f_1 - f_2)t\bigr) + \tfrac{1}{2}\cos\bigl(2\pi(f_1 + f_2)t\bigr) \]

により「差の周波数」と「和の周波数」の 2 成分になる。和の成分(ここでは約 154 GHz)はフィルタで捨て、差の成分だけを残す。 この「掛け算して差の周波数を取り出す操作」をミキシングと呼ぶ。 CW レーダーでは送信 \(f_0\) とエコー \(f_0 + f_d\) の差、すなわち \(f_d = 2v/\lambda\) の正弦波が出てくる。 速度取締り機・野球のスピードガン・自動ドアのセンサがこれである。部品は最少、原理は最短。

しかし致命的な欠落がある。距離が全く測れない。 一定の正弦波はどこを切っても同じ形で、「いつ送った部分が返ってきたのか」を示す時間の目印がないからだ。

2. FMCW — 周波数を滑らせて時間の目印を作る

目印の作り方はもう知っている——06 章のチャープだ。 送信周波数を時間とともに一定の速さで滑らせ続ける。 これが FMCW(Frequency Modulated Continuous Wave、周波数変調連続波)である。

チャープ 1 本の諸元を定義する。

記号意味
\(f_0\)開始周波数(例: 77 GHz)
\(B\)掃引幅=帯域幅(例: 1 GHz)
\(T_c\)チャープ 1 本の時間(例: 50 µs)
\(S = B/T_c\)掃引速度(スロープ)[Hz/s](例: 20 MHz/µs)

送信周波数は \(f_{TX}(t) = f_0 + S\,t\)。時間-周波数平面では傾き \(S\) の斜め線である。

FMCW のチャープ — 周波数の斜め線時間 t周波数 ff₀f₀+BT_cB傾き S = B/T_c例: B = 1 GHz を T_c = 50 µs で掃く → S = 20 MHz/µs。傾きが「時間の目印」になる
周波数を一定の速さで滑らせ続ける。のこぎり波状に繰り返す 1 本 1 本がチャープである

3. ビート周波数の導出 — この章の心臓部

距離 \(R\) の静止目標からのエコーは、往復時間 \(\tau = 2R/c\) だけ遅れた同じ斜め線である(\(t\) はチャープの開始からの時刻。エコーがまだ届かない最初の \(\tau\) 秒間、たとえば 150 m なら 1 µs はこの式が成り立たないので、実装ではその区間のデータを捨てる):

\[ f_{RX}(t) = f_0 + S\,(t - \tau) \]

受信信号を送信信号と 1 節 のミキシングにかけると、 出てくる周波数は 2 本の斜め線の縦の差:

\[ f_b = f_{TX}(t) - f_{RX}(t) = S\,\tau = \frac{2RS}{c} \]

この差の信号をビート信号、その周波数をビート周波数 \(f_b\) と呼ぶ (音叉 2 本のうなり=beat と同じ言葉である)。 2 本の線は平行だから、ビート周波数は時間によらず一定。そして

ビート周波数は距離に比例する。 \(f_b = \dfrac{2S}{c}\,R\) ——ビートを測れば距離が出る。

ビート周波数の導出 — 2 本の斜め線の縦差tf送信受信(τ 遅れ)τ = 2R/c縦差 = f_b = S·τf_b = 2 R S / cビート周波数は距離に比例するミキサで送受を掛け算すると、この「縦差」だけの低い周波数(うなり=ビート)が残る例: S = 20 MHz/µs、R = 30 m → τ = 0.2 µs、f_b = 4 MHz。目標が複数なら周波数の混合 → FFT で分解
送信と受信は平行な斜め線なので、縦の差(ビート)は時間によらず一定。その値が距離の翻訳である

数値例. \(S = 20\) MHz/µs、\(R = 30\) m。 \(\tau = 0.2\) µs、\(f_b = 20\,\text{MHz/µs} \times 0.2\,\text{µs} = 4\) MHz。 目標が複数あれば、ビート信号は距離ごとの周波数の混合になる—— FFT で分ければ、全目標の距離が一度に出る(09 章)。

ビート信号を観察する

Web 版のこの見出しの下には、距離とスロープを動かして、TX/RX の斜め線・ビート波形・そのスペクトル(含まれる周波数成分の分布)が連動する様子を見られる動く図がある。 「距離を伸ばすと音程が上がる」対応を体で覚えてほしい。

4. 距離分解能 — また \(c/2B\) に着地する

ビート周波数の違いで 2 目標を区別する。周波数の分解能は観測時間の逆数である。 理由: 周波数が \(\Delta f\) だけ違う 2 つの正弦波は、\(T_c\) 秒の間に位相差が \(2\pi \Delta f T_c\) だけ開く。 これが 1 周(\(2\pi\))に満たないと 2 つは観測区間の中でほとんど同じ動きをして区別がつかない。 区別できる境目は \(2\pi \Delta f T_c = 2\pi\)、つまり \(T_c\) 秒の窓で区別できる周波数差は \(\Delta f = 1/T_c\) である(同じ理屈を 06 章 3 節で時間側から使った)。したがって

\[ \Delta f_b = \frac{1}{T_c} \;\Longrightarrow\; \Delta R = \frac{c}{2S}\,\Delta f_b = \frac{c}{2 S T_c} = \frac{c}{2B} \]

06 章の整合フィルタと同じ式に着地した。 分解能を決めるのは帯域幅——方式によらない普遍則である。 2 節 の例の \(B = 1\) GHz なら 15 cm。77〜81 GHz の 4 GHz をフルに使えば 3.75 cm——指の動きが分かる細かさだ。

5. 動く目標 — ビートに紛れ込むドップラー

目標が速度 \(v\)(近づく向きを正)で動くと、エコーの周波数にはドップラー \(f_d = 2v/\lambda\) が上乗せされ、\(f_{RX}(t) = f_0 + S(t - \tau) + f_d\) になる。ビート周波数 \(f_b = f_{TX} - f_{RX}\) は

\[ f_b = \frac{2RS}{c} - f_d \]

(周波数を上げていくチャープをアップチャープ、下げていくチャープをダウンチャープと呼ぶ。上の式はアップチャープの場合で、近づく目標はビートを下げる。)距離と速度が 1 つの数に混ざってしまった。 分離する道は 2 つある。

道 1: 三角波 FMCW(古典)

アップチャープとダウンチャープを交互に打つ。ダウンチャープでは斜め線の傾きが \(-S\) になるので \(f_{RX} = f_0 - S(t - \tau) + f_d\)、送信との差は \(-S\tau - f_d\) で、ビート信号として観測される周波数はその大きさ \(S\tau + f_d\) である。まとめると

\[ f_{b,\text{up}} = \frac{2RS}{c} - f_d, \qquad f_{b,\text{down}} = \frac{2RS}{c} + f_d \]

距離項は同符号、ドップラー項は逆符号なので、

\[ R = \frac{c}{4S}\bigl(f_{b,\text{up}} + f_{b,\text{down}}\bigr), \qquad f_d = \frac{1}{2}\bigl(f_{b,\text{down}} - f_{b,\text{up}}\bigr) \]

とアップとダウンのビートの和と差から \(R\) と \(v\) が解ける。 ただし目標が複数いると組み合わせが爆発する(どのアップのビートとどのダウンのビートが同じ目標か分からない)。

三角波 FMCW — 上りと下りでドップラーを分離tf上り: f_b↑ = Sτ − f_d下り: f_b↓ = Sτ + f_d和 → 距離、差 → 速度連立で両方解ける弱点: 多目標で組み合わせ爆発どの上りとどの下りが同じ目標か不明
古典的な解。上り下りのビートの和と差から R と v を連立で解くが、目標が増えると対応付けに悩む

道 2: 高速チャープ(現代の主流)

スロープ \(S\) を大きくして距離項を圧倒的に大きくする。 \(S = 20\) MHz/µs・\(R = 30\) m の距離項 4 MHz に対し、30 m/s のドップラーは 15.4 kHz——260 倍小さい。 そこで

つまり「チャープ=パルス」と読み替えれば、パルスレーダーの理論がそのまま使える。 複数目標も距離ビンごとに分かれるので混乱しない。この高速チャープ方式の全体像が次章である。

高速チャープ方式 — 現代の主流tfS を大きく(急峻に)して、距離項 Sτ をドップラーの数百倍にするチャープ 1 本の中ビート=ほぼ距離だけ。ドップラーは 260 倍小さく誤差扱いチャープからチャープへ位相が Δφ = 4πvT_c/λ ずつ回転 → 速度(07 章と同じ)「チャープ=パルス」と読み替えれば、パルスレーダーの理論がそのまま載る——09 章の 2 次元 FFT へ
距離はチャープ内のビートで、速度はチャープ間の位相で。役割を時間スケールで分けるのが現代式である

6. FMCW が民生を制覇した理由 — ADC が安い

受信した 77 GHz をそのままデジタル化するには、最高周波数の 2 倍以上でサンプルせよというサンプリング定理(DSP シリーズ 01 章)から毎秒 \(2 \times 77 = 154\) G サンプル(1540 億サンプル)級の ADC(アナログ信号を数値に変換する部品)が要る。非現実的だ。 FMCW はミキサでビートまで落としてからサンプルする。ビートの最大値は最遠目標で決まり、

\[ f_{b,\max} = \frac{2 R_{\max} S}{c} \]

\(R_{\max} = 100\) m、\(S = 20\) MHz/µs でも 13.3 MHz——数十 MHz の ADC で足りる。

なぜ ADC が安く済むのか — ミキシングの魔法受信エコー 77 GHz直接サンプルなら 150 G サンプル/秒 必要ミキサ送信チャープの複製と掛け算ビート(IF)数 MHz 〜 数十 MHz距離の情報はすべてここに保存されているADC(数十 M サンプル/秒)安価な変換器で足りるf_IF,max = 2 R_max S / cIF 帯域(ADC)が最大距離を決める。R_max=100 m・S=20 MHz/µs でも 13.3 MHz連続送信でピーク電力も小さい——「安い部品で成立する」ことが FMCW を民生の主役にした
RF の困難をアナログ掛け算 1 回で低周波に畳み込む。距離を欲張るほど IF 帯域=ADC が高く付く、という対価も生まれる

「RF の困難をアナログの掛け算 1 回で IF に畳み込む」——これが FMCW の発明の核心である.

ミキサ出力の帯域(IF 帯域。IF = Intermediate Frequency、中間周波数)が ADC と後段処理の速度を決め、それが最大距離を決める。 「\(R_{\max}\) を伸ばしたければ IF 帯域を広げるかスロープを緩める」—— この設計連鎖は 18 章の設計手順で主役になる。

もう 1 つの利点: 送信が連続なのでピーク電力が小さくて済む(05 章のデューティ比問題が消える)。 数十 mW の半導体アンプで実用になる——ワンチップ化への道である。

弱点も対で覚える: 送りっぱなし+受けっぱなしなので、送信の受信側への漏れ込み(リーク)が常にあり、 これは遅れ \(\tau \approx 0\) のエコーと同じなので \(f_b \approx 0\)、つまり距離ゼロ付近に強い偽ビートを作る。アンテナ分離やハイパスフィルタで抑える(12 章・16 章)。

7. この章のまとめ

ポイント内容
CWドップラーだけ測れる最小レーダー。時間の目印がなく距離不可
FMCW周波数を滑らせて目印を作る。\(S = B/T_c\)
ビート\(f_b = 2RS/c\)。距離が周波数に化ける。導出は「2 本の斜め線の縦差」
分解能\(\Delta R = c/2B\)。また帯域。4 GHz → 3.75 cm
速度との分離三角波(古典)か高速チャープ(主流: チャープ内=距離、チャープ間位相=速度)
民生の決め手ミキシングで ADC が数十 MHz で済む。低ピーク電力。代償はリーク