Chapter 02
電波の基礎 — 周波数・波長・デシベル
この章のゴール.
「77 GHz の波長は約 4 mm」が即答できること。 dB・dBm・dBi を自分の言葉で説明でき、リンクバジェット(03 章)の足し算が読めること。 そして「なぜその周波数を選ぶのか」の判断軸を持つこと。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). アンテナ・エコー(01 章 2 節)
1. 周波数と波長 — 1 本の式
電波は電場(電気を帯びた物が力を受ける空間の状態)と磁場(磁石が力を受ける空間の状態)が 互いに相手を生みながら振動し、その振動が空間を伝わっていく波である。真空中(空気中もほぼ同じ)を光速 \(c = 3\times10^8\) m/s で進む。 ある 1 点で見ると電場の強さは一定のリズムで振れており、1 回振動するのにかかる時間が周期 \(T\) [s]、 1 秒あたりの振動回数が周波数 \(f = 1/T\) [Hz] である。 一方、ある 1 瞬間に空間を見ると、波の山と山の間隔が一定で並んでおり、この 1 振動ぶんの空間的な長さが波長 \(\lambda\)(ラムダ)[m] である。 つまり周期は時間の長さ、波長は空間の長さで、両方とも「1 振動ぶん」を測っている。 1 秒に \(f\) 回振動しながら \(c\) [m] 進むのだから、1 振動ぶんの長さは
代表的な値を暗記してしまうのが早い。
| 周波数 \(f\) | 波長 \(\lambda\) | 主な用途 |
|---|---|---|
| 3 GHz | 10 cm | 航空管制レーダー、気象レーダー |
| 10 GHz | 3 cm | 気象・船舶レーダー、速度取締り |
| 24 GHz | 12.5 mm | 産業センサ、旧世代の車載 |
| 60 GHz | 5 mm | 屋内センシング、ジェスチャ認識 |
| 77 GHz | 3.9 mm | 車載レーダーの主戦場 |
波長が 1 cm 以下の電波をミリ波(millimeter wave)と呼ぶ(正確な範囲は 30〜300 GHz、波長 10〜1 mm)。 「ミリ波レーダー」という言葉はここから来ている。
周波数と波長を体感する
Web 版のこの見出しの下には周波数のスライダーがあり、動かすと波長・周波数帯の名前・その帯の性質が変わる様子を見られる。
2. なぜ高い周波数を使うのか
車載レーダーが 77 GHz という「扱いにくそうな」高周波を使うのには、明確な理由が 3 つある。
| 理由 | 中身 | 詳しくは |
|---|---|---|
| アンテナが小さくなる | アンテナの寸法は波長に比例する(小さなアンテナ素子を \(\lambda/2\) 間隔で並べるのが基本)。λ = 3.9 mm なら間隔 1.95 mm で、8 本並べた列の全長は素子 1 本ぶんの幅を含めて約 \(8 \times 1.95 = 15.6\) mm、つまり 1.6 cm | 10 章〜11 章 |
| 広い帯域が取れる | 距離分解能(2 つの目標を別々に見分けられる最小の距離差)は使う周波数の幅 \(B\)(帯域)で決まり、\(\Delta R = c/(2B)\) である(導出は 06 章)。77〜81 GHz には 4 GHz の幅があり、\(3\times10^8/(2\times4\times10^9) = 3.75\) cm ≈ 4 cm の分解能が出せる | 06, 08 章 |
| 細かい動きが見える | 波の「いま振動のどの段階にいるか」を角度(1 振動 = 360°)で表したものを位相と呼ぶ。目標が \(\lambda/2\) 動くと往復の道のりが 1 波長変わり、エコーの位相が 360° 回る。波長が短いほど、同じ動きが大きな位相変化になる | 07, 17 章 |
代償もある。高周波ほど部品が難しく、雨や大気による減衰が大きくなる傾向がある(4 節。60 GHz 付近には酸素による吸収の山があり、この傾向から突出している)。 つまり周波数の選択は「小型・高分解能」と「到達距離・コスト」のトレードオフである。
3. 周波数帯の名前
レーダーの世界では、歴史的なバンド名(周波数帯の呼び名)が今も現役で使われる。
| バンド | 周波数 | 波長の目安 | 代表的なレーダー |
|---|---|---|---|
| L | 1〜2 GHz | 30〜15 cm | 長距離航空監視 |
| S | 2〜4 GHz | 15〜7.5 cm | 空港監視、気象 |
| C | 4〜8 GHz | 7.5〜3.8 cm | 気象 |
| X | 8〜12 GHz | 3.8〜2.5 cm | 船舶、気象、軍用 |
| K | 18〜27 GHz | 1.7〜1.1 cm | 速度取締り、産業(24 GHz) |
| V | 40〜75 GHz | 7.5〜4 mm | 屋内センシング(60 GHz) |
| W | 75〜110 GHz | 4〜2.7 mm | 車載(76〜81 GHz) |
「なぜ飛び飛びの周波数しか使われないのか」——電波は共有資源だから.
電波は放送・通信・衛星などと取り合いで、どの周波数を何に使ってよいかは国際的に割り当てられている。 レーダーが自由に選べるわけではなく、「割り当てられた帯の中で最善を尽くす」のが現実である。 車載の 76〜81 GHz は、世界的にレーダー用として確保された貴重な帯である(16 章)。
4. 電波はどう弱くなるか
広がって薄まる — 距離の 2 乗
アンテナから放たれた電力は、球面状に広がりながら進む。 半径 \(R\) の球の表面積は \(4\pi R^2\) だから、単位面積あたりの電力(電力密度 [W/m²])は
と、距離の 2 乗に反比例して薄まる。\(P_t\) は送信電力である。 これは吸収されて消えるのではなく、同じエネルギーが広い面積に薄く塗り広げられるということだ。
風船の絵の具で覚える.
風船の表面に絵の具を塗って膨らませると、絵の具の総量は変わらないのに色はどんどん薄くなる。 半径 2 倍で表面積 4 倍、色の濃さは 1/4。電波の 1/R² はこれと同じである。 レーダーではこれが往復で 2 回起きる——それが 03 章の主役、距離の 4 乗則につながる。
大気に吸われる
空気の分子は特定の周波数の電波を吸収する。代表が酸素の 60 GHz 吸収で、1 km 進むごとに約 15 dB(5 節 で定義する単位。1/30 に弱まるという意味)も減衰する。
| 周波数 | 晴天時の大気減衰 | 意味 |
|---|---|---|
| 10 GHz | 約 0.01 dB/km | 数百 km 先まで届く。長距離レーダー向き |
| 60 GHz | 約 15 dB/km | 遠くへ届かない。逆に「部屋の外に漏れない」ことが屋内用途では利点になる |
| 77 GHz | 約 0.4 dB/km | 数百 m の車載用途では実質無視できる |
酸素の山を除けば、大気減衰は周波数とともにゆるやかに増える(10 GHz の 0.01 dB/km に対して 77 GHz は 0.4 dB/km)。 雨も減衰させ、こちらも高周波ほど大きいが、77 GHz・数百 m の範囲では豪雨でも数 dB 程度で、 カメラや LiDAR が受けるダメージに比べれば軽微である。「レーダーは悪天候に強い」の根拠がこれだ。
物を透過する・しない
| 相手 | 電波(ミリ波)はどうなるか |
|---|---|
| 樹脂・プラスチック | ほぼ素通し。だからバンパーやエンブレムの裏に隠せる |
| 布・乾いた木材 | 通る(減衰あり) |
| 人体 | 大部分が反射する(水分が多いため。一部は皮膚の表面近くで吸収される)。人を検知できる根拠 |
| 金属 | 完全に反射。裏側は見えない |
| 濡れた表面・水膜 | 強く減衰。レドーム(アンテナカバー)の水滴・泥は性能低下要因 |
5. デシベル — レーダーの共通言語
レーダーでは、電力が 10¹⁵ 倍も違う量(送信 1 W とエコー 1 fW)を同じ土俵で扱う。 桁が違いすぎる掛け算・割り算を、足し算・引き算に変える道具がデシベル(dB)である。
定義
2 つの電力の比を、常用対数で表して 10 倍する。
| 倍率 | dB | 覚え方 |
|---|---|---|
| ×2 | +3 dB | 3 dB = 2 倍。最頻出 |
| ×10 | +10 dB | 定義そのもの |
| ×100 | +20 dB | 10 dB + 10 dB |
| ×1/2 | −3 dB | 半分 |
| ×1/10⁶ | −60 dB | 100 万分の 1 |
掛け算が足し算になるのが便利な点である。「1000 倍の 2 倍」= 30 dB + 3 dB = 33 dB。
dBm — 基準を 1 mW に固定した絶対値
dB は「比」なので、基準を固定すると絶対値として使える。 基準を 1 mW にしたものが dBm である。
| 電力 | dBm |
|---|---|
| 1 W | +30 dBm |
| 10 mW(車載レーダーの送信の目安) | +10 dBm |
| 1 mW | 0 dBm |
| 1 µW | −30 dBm |
| 1 fW(微弱なエコー) | −120 dBm |
dBi — アンテナの利得
アンテナが特定の方向へ電波を集中させる能力(利得、11 章で詳述)を、 全方向に均等に放射する理想アンテナ(等方性アンテナ)を基準に dB で表したものが dBi である。 等方性アンテナは現実には作れず、計算上の基準として使う。i は isotropic(等方性)の頭文字。
ここで \(G\) は利得そのもの、すなわち「等方性アンテナに比べて、最も強い方向の電力密度が何倍か」という倍率である。 「25 dBi のアンテナ」は \(G = 10^{2.5} \approx 316\) で、その方向に等方性の約 316 倍の電力密度を作る。
dB の引き算練習を 1 つ.
送信 +10 dBm、途中の損失が合計 130 dB なら、受信は +10 − 130 = −120 dBm。 ワット表記で「0.01 W が 0.000000000000001 W になる」と書くより、 はるかに間違えにくい。03 章のリンクバジェットは全部この形式で書く。
6. 偏波 — 電場の向き
電波の電場が振動する向きを偏波と呼ぶ。地面に対して水平なら水平偏波、垂直なら垂直偏波である。 送信と受信で偏波が揃っていないと感度が落ちる。 車載では隣接レーダーとの干渉低減に 45° 偏波を使う例がある。 気象レーダーは水平・垂直の 2 偏波を比較して雨粒の形(=雨か雪か雹か)を見分ける(17 章)。 落下中の大きな雨粒は空気抵抗で横に潰れた形になるため、水平偏波の方が垂直偏波より強く反射される。 一方、雪や雹はほぼ丸いか向きがばらばらなので、2 偏波の反射の強さがほぼ等しい。この差が形の手がかりになる。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 基本式 | \(\lambda = c/f\)。77 GHz → 3.9 mm は暗記 |
| 高周波の利点 | アンテナ小型・広帯域(=高分解能)・微小変位に敏感 |
| 減衰 | 拡散 1/R²(吸収ではなく薄まり)+大気吸収(60 GHz は特別)+雨 |
| 透過 | 樹脂は通す、金属は完全に反射、人体は大部分を反射する |
| dB | 比を対数で。3 dB = 2 倍、10 dB = 10 倍。dBm は 1 mW 基準、dBi は等方性アンテナ基準 |