Radar 16 · 車載ミリ波レーダー — 76〜81 GHz の実際

Chapter 16

車載ミリ波レーダー — 76〜81 GHz の実際

この章のゴール.

ここまでの理論が、バンパーの裏の 1 枚の基板にどう詰め込まれているかを見る。 「なぜ 77 GHz か」「1 チップに何が入っているか」「イメージングレーダーとは何か」に 根拠つきで答えられるようになること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 送信(TX)・受信(RX)・エコー(01 章 2 節)、クラッタ(01 章 3 節)、LiDAR(01 章 4 節)、波長 \(\lambda\)(02 章 1 節)、レドーム(02 章 4 節)、dBm・利得(02 章 5 節)、偏波(02 章 6 節)、コヒーレント積分(03 章 5 節)、ドップラー(07 章 2 節)、チャープ・スロープ・\(T_c\)(08 章 2 節)、ビート(08 章 3 節)、IF・リーク(08 章 6 節)、距離 FFT・ドップラー FFT(09 章 2〜3 節)、速度分解能(09 章 4 節)、角度推定・角度分解能・MIMO・仮想素子・TDM(10 章 5〜6 節)、仰角(10 章 7 節)、ビーム(11 章 1 節)、ADC・LNA・ミキサ(12 章 1 節)、PLL(12 章 5 節)、CFAR(13 章 4 節)、クラスタリング(13 章 6 節)、干渉対策(14 章 5 節)、追尾(15 章)

1. なぜ 76〜81 GHz なのか

車載レーダーは世界的に 76〜81 GHz に集約された。理由は全部、02 章で導出済みである。

理由根拠の章
国際的にレーダー用として割り当てられた帯域で、最大 5 GHz 幅が使える → \(\Delta R = c/2B\) で cm 級の分解能02, 06, 08
λ = 3.9 mm → アンテナアレイが数 cm 角に収まり、バンパー・エンブレム裏に隠せる10, 11
波長が短い → 同じ速度でも大きなドップラー・位相変化。速度分解能 \(\Delta v = \lambda/(2NT_c)\) は観測時間 \(NT_c\) が 20 ms で 0.1 m/s 級07, 09
晴天減衰は小さく(0.4 dB/km)、豪雨でも数 dB → 全天候02
シリコン(CMOS や SiGe(シリコンゲルマニウム)という安価な半導体製造プロセス)のトランジスタが 77 GHz で動くようになった → 量産チップ化本章

旧世代の 24 GHz は帯域が狭く(許可帯域 約 200 MHz → 分解能 75 cm)、新規設計はほぼ 77 GHz 帯に移行した。

車載レーダーの周波数 — 76〜81 GHz への集約24 GHz旧世代(狭帯域)新規設計は縮小76〜81 GHz最大 5 GHz 幅 → ΔR 数 cmλ = 3.9 mm → アンテナ数 cm 角世界的にレーダー用として確保された帯。帯域・小型・全天候・シリコン化——すべての矢印がここを指した
24 GHz は許可帯域約 200 MHz で分解能 75 cm 止まり。cm 級が要る新機能はすべて 77 GHz 帯に移った

2. 用途とセンサ構成 — 距離ごとの分業

1 台の車には役割の違うレーダーが複数載る。

区分到達距離視野主な機能
LRR(Long Range Radar)〜250 m±10〜15°ACC(前車追従)、AEB(自動緊急ブレーキ)の遠方検知
MRR(Medium Range Radar)〜100 m±40°前方全般、交差点
SRR(Short Range Radar)〜30 m±60〜75°BSD(死角検知)、車線変更支援、駐車、ドア開放警告、乗員検知
1 台の車に載る複数のレーダー車LRR 〜250 m±15°・ACC/AEBSRR 〜30 m・±75°死角・駐車・ドアSRR(後側方)遠くを見るほどビームは細い——利得と視野のトレードオフ(03・11 章)が、そのまま製品の分業になる典型は前 1 + 四隅 4 の 5 センサ構成。高機能車では 10 個近く載る
LRR は細く遠く、SRR は広く近く。全周をレーダーの傘で覆うのが現代の運転支援の標準装備である

到達距離が長いものほど視野が狭い、という逆の関係になるのは偶然ではない——アンテナ利得のトレードオフである。 最大探知距離は利得の平方根に比例する(03 章 6 節)が、利得を上げるにはビームを細く絞るしかない(11 章 3 節)。 遠くを見る LRR は利得が要る→ビームが細い→視野が狭い。広く見る SRR はその逆。 1 台に「前 1(LRR または MRR)・四隅 4(SRR)」の 5 センサ構成が典型で、高機能車では前後に MRR を足すなどして 10 個近く載る。

センサ構成とカバレッジ

Web 版のこの見出しの下には、車の周囲に LRR/MRR/SRR を配置して、カバレッジ(届く範囲と視野)がどう埋まるかを試せる動く図がある。

3. 1 チップレーダー — 中に何が入っているか

現代の車載レーダーは、RF(Radio Frequency、77 GHz の高周波アナログ回路)からデジタルまでを 1 個のシリコンに集積した 「レーダー SoC」(System on Chip=1 チップに機能一式を載せた IC。TI AWR シリーズ、Infineon、NXP、Renesas ほか)で作られる。 中身は本シリーズの総集編である。

レーダー SoC の中身 — 本シリーズの総集編1 チップPLL・チャープ生成S, T_c をレジスタ設定(08 章)送信アンプ(PA)×310 dBm 級・TDM-MIMO(10 章)LNA・ミキサ ×4(RX)ビートへ変換(12 章)IF・ADC ×4ハイパス+数十 MHz(12 章)FFT アクセラレータ距離・速度 FFT(09 章)DSPCFAR・角度・クラスタ(10・13 章)CPU(追尾・制御)トラック管理(15 章)車載バス I/FCAN-FD / Ethernet安全機構自己診断・冗長化チャープ生成から追尾までが同じダイ・同じクロック上——コヒーレント処理(積分・位相測定)がただで成立する
「部屋いっぱいの装置」が数 cm 角・数十ドルに。ミリ波レーダーの普及は半導体集積の直接の産物である
ブロック役割章
PLL・チャープ生成器76〜81 GHz のチャープを合成(スロープ・\(T_c\) をレジスタで設定)08, 12
PA(Power Amplifier、電力増幅器)×3〜4(送信)出力 10 dBm 級。TDM-MIMO(送信アンテナを時分割で切り替える MIMO)で切り替え03, 10
LNA・ミキサ ×4(受信)エコーをビートに変換08, 12
IF フィルタ・ADCハイパスフィルタ(低い周波数だけを削るフィルタ)で送信の漏れ込み(リーク)による距離ゼロ付近の成分を除去し、数十 MHz でサンプル08, 12
FFT アクセラレータ距離・ドップラー FFT をハードウェアで09
DSP(Digital Signal Processor、信号処理専用の演算器)/ CPUCFAR・角度推定・クラスタリング・追尾10, 13, 15
安全機構ロックステップ CPU(2 個の CPU で同じ処理を走らせ結果を照合)・BIST(Built-In Self Test、自己診断回路)など機能安全(ISO 26262 と、その中で要求の厳しさを 4 段階で表す ASIL: Automotive Safety Integrity Level)対応—

「レーダーは部屋いっぱいの装置」だった時代から、数 cm 角・数十ドルへ.

1 チップ化の意味は小型化だけではない。チャープの生成から検出までが同じダイ(1 枚の半導体片)の上で同じクロック(回路全体の時間の基準になる周期信号)から 作られるため、送信と受信の位相関係が保たれ、コヒーレントな処理(位相を揃えて足す 03 章の積分、07 章の位相測定)が当たり前に成立する。 ミリ波レーダーの性能は、半導体の集積がそのまま可能にしたものである。

4. MIMO の実配置 — 3TX×4RX とその先

標準的なワンチップ構成 3TX×4RX は、仮想 12 素子(10 章)で方位分解能 \(2/K = 2/12\) rad ≈ 9.5°(10 章 5 節)を出す。 仰角(上下方向の角度、10 章 7 節)には TX の 1 本を縦にずらして粗い上下判定を持たせる、が定番の初手である。

さらに上を狙うのがカスケード構成——複数チップの LO(基準発振)を同期させて 1 枚の大きなレーダーとして動かす。4 チップで 12TX×16RX=仮想 192 素子、方位分解能 \(2/192\) rad ≈ 0.6°、1° 級。

カスケード — チップを束ねてイメージングレーダーへSoC 1SoC 2SoC 3SoC 43TX·4RX3TX·4RX3TX·4RX3TX·4RX基準発振(LO)を共有して同期12TX × 16RX = 仮想 192 素子方位分解能 1° 級+仰角。出力は数千点/フレームの点群距離×速度×方位×仰角の「4D イメージングレーダー」——全天候で LiDAR に迫る空間情報を出す現在の先端
仮想アレイの掛け算(10 章)をチップ間まで拡張する。同期した 4 チップは 1 枚の大きなレーダーとして振る舞う

この分解能になると出力は「数点の検出」ではなく数千点/フレームの点群になり、 物体の輪郭・仰角まで見える。これをイメージングレーダー(4D レーダー: 距離×速度×方位×仰角)と呼ぶ。 LiDAR(レーザー光で距離を測るセンサ)に迫る空間情報を全天候で出す、車載レーダーの現在の先端である。

5. 実装の泥 — 理論と量産の間

課題中身関係する章
レドーム(アンテナを覆う樹脂カバー)・バンパー樹脂は通すが(02 章)、塗料の金属フレーク・雪泥・水膜は減衰と偽反射を作る。バンパーとの距離・平行度で多重反射が出る02, 04
マウントのミスアライメント取り付け角のずれは角度推定の系統誤差(毎回同じ向きに出るずれ)に直結 → 自動校正(オンラインアライメント)が必須。静止物は自車速 \(v_{\text{車}}\) で決まる視線速度 \(-v_{\text{車}}\cos\theta\) を持つはずなので、多数の静止物について測った角度とドップラーの組をこの式に当てはめ、ずれている角度ぶんを取り付け角の誤差として求める07, 10
温度−40〜+105 ℃でスロープ・利得・位相が動く。温度補償と自己校正回路08, 12
干渉交通密度に比例して増える。チャープのタイミングやスロープをフレームごとにランダムに変える・干渉の乗った区間を検出して除去補間する・偏波を変える(14 章)14
機能安全ISO 26262(車載の機能安全規格)。故障の自己検出、性能監視(ブロッケージ検知=レドームが泥で塞がれた検出)—
規制各国の電波法規(日本では電波法)に基づく型式認証(製品の型ごとに規格適合を審査してもらう手続き)。送信電力・帯域・スプリアス(目的外の周波数に漏れる不要な放射)の上限は地域で異なる02

「ブロッケージ検知」は地味だが安全の要である.

泥や氷でレドームが塞がれると、レーダーは「何も見えない」を「何もない」と区別できない。 受信雑音の統計や既知クラッタの消失から「見えていないこと」自体を検出して システムに申告する——フェイルセーフ(故障したときに安全側に倒れる設計)はこういう細部でできている。

6. センサフュージョン — レーダーの座席

車はレーダーだけでは走らない。01 章の比較表の通り、 識別・輪郭はカメラ、距離・速度・全天候はレーダーという補完関係でフュージョン(統合)される。 統合の座席は 2 通り——検出後の物体レベルで混ぜる(object-level)か、 生の点群・特徴量(生データから計算した中間的な量。RD マップの輝点の強さや広がりなど)レベルで混ぜる(low-level)か。後者ほど性能が出るが、開発・検証コストが跳ね上がる。 イメージングレーダーの点群化(4 節)は、この統合の土俵をカメラ・LiDAR に揃える動きでもある。

7. この章のまとめ

ポイント内容
77 GHz の必然帯域(分解能)・波長(小型/感度)・全天候・シリコン化——全部が同じ帯を指した
分業LRR/MRR/SRR。距離と視野の反比例は利得のトレードオフそのもの
1 チップチャープ生成〜追尾まで 1 ダイ。コヒーレント処理が「ただで」手に入る
MIMO の現在地3TX×4RX=仮想 12 素子が標準、カスケードで仮想数百素子=イメージングレーダー
量産の泥レドーム・アライメント・温度・干渉・機能安全・ブロッケージ検知
フュージョンカメラと補完。点群化で統合の土俵へ