Chapter 01
レーダーの原理 — 電波を出して、跳ね返りを聴く
この章のゴール.
レーダーというシステムの全体の骨格を 1 枚の絵として持つこと。 「距離・速度・角度・反射の強さ」という 4 つの測定量が、 それぞれ信号のどの性質から出てくるのかを言えるようになること。
1. 原理は 1 行 — 往復時間を測る
レーダー(radar)は RAdio Detection And Ranging——「電波による探知と測距」の略である。 やることは本質的に 1 つしかない。
電波を送り、物体で跳ね返って戻ってくるまでの時間を測る。
電波と光は、どちらも電磁波(電気と磁気の振動が空間を伝わる波。02 章)で、振動の速さ(周波数)が違うだけの同じ種類の波である。 だから電波は光と同じ速さ \(c = 3 \times 10^8\) m/s で飛ぶ。 送信から受信までの往復時間を \(\tau\)(タウ)とすると、電波は \(c\tau\) の道のりを飛んだことになる。 そのうち半分が行き、半分が帰りだから、目標までの距離 \(R\) は
この「2 で割る」を忘れるのが最初の定番ミスなので、先に体に入れてしまおう。
| 往復時間 \(\tau\) | 距離 \(R\) | 感覚 |
|---|---|---|
| 1 ns | 15 cm | 手のひらの上 |
| 10 ns | 1.5 m | 部屋の中 |
| 1 µs | 150 m | 道路の 1 区画先 |
| 1 ms | 150 km | 東京—静岡の直線距離 |
時間を測る精度が、そのまま距離を測る精度である.
表の 1 行目のとおり、往復 1 ns(10 億分の 1 秒)の差が距離 15 cm の差に対応する。 だから 15 cm を区別したければ、時間を 1 ns の精度で区別する必要がある。 「そんな精密な時計をどう作るのか」——この問いへの答えが、 05 章(パルス)、06 章(パルス圧縮)、08 章(FMCW)と、シリーズ前半の主役になる。 実は時計を精密にするのではなく、波形を工夫する。 送る電波の形そのものに「いつ出発したか」の目印(たとえば時間とともに周波数を滑らかに変える)を埋め込んでおけば、 戻ってきた電波の形を見るだけで出発時刻が分かり、ストップウォッチの精度に頼らなくて済む。
電波の往復を見る
Web 版のこの見出しの下には、パルスが飛んで跳ね返って戻るまでを実時間で描く動く図がある。目標までの距離をスライダーで変えると、往復時間 \(\tau\) が比例して伸び縮みする様子を見られる。
2. システムの骨格
レーダーは大きく 4 つのブロックでできている。
| ブロック | 役割 | 詳しく扱う章 |
|---|---|---|
| 送信機(TX) | 電波のもとになる信号を作り、増幅する | 05〜08 |
| アンテナ | 信号を空間に放ち、エコーを拾う。向きの情報もここから | 10〜11 |
| 受信機(RX) | 微弱なエコーを増幅し、一定間隔で数値として読み取る(デジタル化。12 章)。以後の処理は計算機の中で行う | 12 |
| 信号処理 | 雑音の中から目標を検出し、距離・速度・角度を算出し、追尾する | 09, 13〜15 |
跳ね返ってきた電波のことをエコー(echo、反射波)と呼ぶ。 山びこと同じ言葉である。 以後この言葉を使う。
エコーは驚くほど弱い.
電波は広がりながら進むので、遠くへ行くほど単位面積あたりの電力(エネルギーの流れの強さ)は薄まる。 レーダーではこれが行きと帰りの 2 回起きるため、03 章で導出するとおり、エコーの電力は距離の 4 乗に反比例して弱くなる。 送信 1 W に対して、受信は 1 fW(10⁻¹⁵ W)以下ということが普通に起きる。 レーダー工学の大半は「この絶望的に弱い信号を、雑音の中からどう拾うか」の工夫だと言ってよい。
3. レーダーが測れる 4 つの量
レーダーの出力は「画像」ではない。目標ごとの 4 つの数値である。
表を読む前に、波を表す 3 つの言葉を押さえておく(詳しくは 02 章)。 電波は一定のリズムで振動しながら進む波で、1 秒あたりの振動回数が周波数、振れの大きさが振幅、 「いま振動のどの段階にいるか」を角度(1 振動 = 360°)で表したものが位相である。
| 測定量 | 信号のどの性質から出るか | 章 |
|---|---|---|
| 距離 \(R\) | エコーの遅れ時間 | 05, 08 |
| 速度 \(v\) | エコーの周波数のずれ——ドップラー効果。実際には 1 回ごとの観測で位相を読み、その変化の速さとして周波数のずれを求める | 07 |
| 角度 \(\theta\) | 複数アンテナで受けたときの位相の差(10 章)。アンテナを 1 本しか使わない場合は、電波を細く絞って向きを振り、最も強く返る向きを角度とする(11 章)。現代の小型レーダーは前者が主流 | 10, 11 |
| 反射の強さ | エコーの振幅。目標の大きさ・材質の手がかり(RCS) | 04 |
ここで重要なことを 1 つ。
速度を「距離の変化」からではなく、直接測れるのがレーダーの際立った強みである.
カメラや LiDAR は位置の時間差分から速度を推定するが、 レーダーはドップラー効果(07 章)によって1 回の観測で速度そのものを測る。 「止まっている物と動いている物を物理的に区別できる」—— この性質が、地面・建物・ガードレールなど動かない物からの不要な反射(クラッタ)を取り除く処理(14 章)や歩行者検知の土台になる。
4. 他のセンサとの比較 — レーダーの立ち位置
ここで分解能とは「2 つの目標をどこまで近づけても別々に見分けられるか」の限界で、角度分解能なら「見分けられる最小の角度差」である。 波長は波の 1 振動ぶんの長さで、電波は数 mm〜数 m、可視光は 1 mm の 1000 分の 1 以下である(02 章)。
| レーダー | カメラ | LiDAR | 超音波 | |
|---|---|---|---|---|
| 使う波 | 電波(波長 mm〜m) | 可視光 | 赤外レーザー | 音波 |
| 距離測定 | 直接・高精度 | 苦手(推定) | 直接・高精度 | 直接(近距離のみ) |
| 速度測定 | 直接(ドップラー) | 差分から推定 | 差分から推定 | ドップラー可 |
| 角度分解能 | 粗い(数度) | 非常に細かい | 細かい(0.1 度台) | 非常に粗い |
| 雨・霧・雪 | ほぼ影響なし | 大きく劣化 | 劣化する | 風に弱い |
| 夜間・逆光 | 無関係 | 劣化 | 無関係 | 無関係 |
| 何であるかの識別 | 苦手 | 得意 | 形状から可能 | 不可 |
| 目標までの典型距離 | 数 cm〜数百 km | 距離そのものを測る装置ではないので該当なし | 〜200 m | 〜5 m |
レーダーの弱点は角度分解能である。波長が長いぶん、カメラのようなレンズを使う装置(光学系)が作る細かい「絵」は作れない。 逆に、距離と速度の精度、悪天候への強さでは他のセンサを圧倒する。 だから自動車では「カメラ + レーダー」のように、互いの穴を埋める組み合わせで使われる(16 章)。
5. レーダーの方式 — この後の地図
「時間を測る」実現方法で、レーダーは大きく 2 系統に分かれる。
| 方式 | 考え方 | 章 |
|---|---|---|
| パルスレーダー | 短い電波の塊を打ち、沈黙してエコーを待つ。打っては聴くの繰り返し | 05〜06 |
| 連続波レーダー(CW / FMCW) | 電波を出しっぱなしにする。周波数を変化させることで時間の目印を埋め込む | 08〜09 |
パルス方式は航空管制・気象・艦船など大型・長距離のレーダーに、 FMCW 方式は車載・産業・屋内など小型・短中距離のレーダーに使われることが多い。 ただし両者の間に物理的な境目はなく、パルス方式で導いた式のほとんどが FMCW でもそのまま使える。 だから本シリーズはパルスから順に積み上げる。
6. 歴史を 3 行で
- 1904 年、ドイツの Hülsmeyer が船の衝突防止用に「電波で船を検知する」特許を取った——最初のレーダーの発想
- 第二次大戦で航空機探知として一気に実用化され、戦後、航空管制・気象・宇宙観測に広がった
- 2010 年代、シリコンの微細化でミリ波レーダーがワンチップ化し、車・スマホ・家電に入った。いまレーダーを学ぶ意味はここにある(16 章)
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 原理 | 往復時間 \(\tau\) を測り、\(R = c\tau/2\)。2 で割るのを忘れない |
| 骨格 | 送信機 → アンテナ → 受信機 → 信号処理 |
| 4 つの測定量 | 距離=遅れ、速度=周波数ずれ、角度=アンテナ間の位相差(またはビームの向き)、強さ=振幅 |
| 強みと弱み | 距離・速度・悪天候に強く、角度分解能と識別が弱い |
| 2 つの方式 | パルス(打っては聴く)と FMCW(出しっぱなし+周波数で目印) |