Radar 06 · パルス圧縮 — 長いパルスで細かく見る

Chapter 06

パルス圧縮 — 長いパルスで細かく見る

この章のゴール.

「距離分解能を決めるのはパルスの長さではなく、信号の帯域幅(信号に含まれる周波数成分の幅)である」—— このシリーズ屈指の重要な結論を、整合フィルタの導出込みで手に入れること。 ここが分かると FMCW(08 章)の分解能の式が「同じ話」に見えるようになる。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 信号処理(01 章 2 節)、遅れ時間(01 章 3 節)、周波数・位相(02 章 1〜2 節)、送信電力 \(P_t\)(02 章 4 節)、dB(02 章 5 節)、SN 比・雑音(03 章 3 節)、積分(03 章 5 節)、dBsm(04 章 1 節)、歩行者(04 章 2 節)、パルス幅 \(\tau_p\)・距離分解能(05 章 1〜2 節)

1. ジレンマの整理

05 章の宿題はこうだった。

長さとエネルギーのジレンマ短いパルス分解能 ◎ エネルギー ×遠くの目標が雑音に沈む長いパルスエネルギー ◎ 分解能 ×150 m の「棒」で全部つながるパルス圧縮長いパルスに変調を仕込み、受信後に数学で潰す
ピーク電力は法規と部品で頭打ち。「長さで稼いで、処理で細かくする」のが正解になる

ピーク電力 \(P_t\)(送信中の電力)を上げれば短いままエネルギーが稼げるが、 送信機の部品が耐えられる電圧・法規制・コストですぐ天井に当たる。 発想の転換が要る: パルスの「長さ」と「細かさ」を切り離せないか?

答えは信号処理にある。長いパルスの中に模様(変調)を仕込んでおき、 受信後にその模様を頼りに数学的に「圧縮」する。これがパルス圧縮である。

2. 整合フィルタ — 相関で探す

考え方

送信した波形 \(s(t)\) は自分で知っている。ならば受信信号 \(x(t)\) の中から 「\(s(t)\) と同じ形」がどこにあるかを探せばよい。

ここで波形の表し方を 1 つ約束する。レーダーの信号は「振幅と位相」の組で表すのが便利なので、 本シリーズでは信号を複素数(大きさが振幅、偏角が位相を表す数。DSP シリーズ 02 章)で書く。 複素数 \(z\) の位相の符号を反転したものを複素共役 \(z^*\) と書く。 \(z\) に \(z^*\) を掛けると位相が打ち消されて実数 \(|z|^2\)(振幅の 2 乗)になる。 実数だけで書いた波形なら \(s^* = s\) で、以下の式は「そのまま掛ける」だけになる。

形の一致度を測る演算が相関である:

\[ y(t) = \int_{-\infty}^{\infty} x(u)\, s^*(u - t)\, du \]

受信信号に、時刻 \(t\) だけずらした送信波形の複素共役 \(s^*\) を重ねて掛け、足し合わせる(\(s\) はパルスの外では 0 なので、実際に足すのはパルス幅ぶんだけである)。 波形がぴったり重なる \(t\)(=エコーの遅れ時間)では、各時刻で位相が打ち消されて全部が正の実数として足し上がり、\(y(t)\) は鋭いピークを立てる。 ずれた \(t\) では位相がばらばらに残り、打ち消し合って小さくなる。

信号を入力すると別の信号を出力する処理の総称をフィルタと呼ぶ(DSP シリーズ 03 章)。 上の相関をフィルタとして実装したものを整合フィルタ(matched filter)と呼ぶ。 「送信波形に整合(マッチ)させたフィルタ」という意味である。

整合フィルタ — 既知の波形を相関で探す受信信号(雑音まみれ)相関器s*(u−t) を掛けて積分鋭いピーク位置 = 遅れ時間 τSNRpeak = 2E / N₀白色雑音下で SN 比最大。効くのはエネルギー E だけで、波形の形は無関係テンプレートマッチングと同じ発想——「自分が送った形」を知っているのがレーダーの強み
受信信号に送信波形の複製を重ねてずらしながら照合する。一致した瞬間だけ大きな値が立つ

なぜこれが最善なのか

白色雑音(どの周波数にも同じ強さで含まれ、時刻ごとの値が互いに無関係な雑音、12 章)の下では、 整合フィルタはピーク時刻の SN 比を最大にするフィルタであることが証明できる。 受信信号を一定間隔で数値化した \(K\) 個のサンプルで考える。

出力のうち信号ぶんは \(\sum_k h_k s_k\)、雑音ぶんは \(\sum_k h_k n_k\) で、後者の電力はサンプル同士が無関係なので各項の電力の和 \(\sigma_n^2 \sum_k |h_k|^2\) になる。よって出力の SN 比は

\[ \text{SNR}_{\text{out}} = \frac{\left|\sum_k h_k s_k\right|^2}{\sigma_n^2 \sum_k |h_k|^2} \]

ここでコーシー・シュワルツの不等式——2 組の数について \(\left|\sum_k a_k b_k\right|^2 \le \left(\sum_k |a_k|^2\right)\left(\sum_k |b_k|^2\right)\) が成り立ち、等号は \(a_k\) が \(b_k^*\) の定数倍のときに限る——を分子に使うと

\[ \text{SNR}_{\text{out}} \le \frac{\left(\sum_k |h_k|^2\right)\left(\sum_k |s_k|^2\right)}{\sigma_n^2 \sum_k |h_k|^2} = \frac{\sum_k |s_k|^2}{\sigma_n^2} \]

右辺はフィルタ \(h\) によらない上限で、等号は \(h_k = s_k^*\)(の定数倍)、つまり重みを送信波形の複素共役にしたときに達成される——それが整合フィルタである。

上限の分子 \(\sum_k |s_k|^2\) はエコーのエネルギー \(E\) に比例し、分母の \(\sigma_n^2\) は雑音の電力スペクトル密度 \(N_0\)(1 Hz あたりの雑音電力。03 章の \(N = kTBF\) を帯域 \(B\) で割ったもの)に比例する。 連続時間で比例定数まで詰めると、SN 比は美しい形になる:

\[ \text{SNR}_{\text{peak}} = \frac{2E}{N_0} \]

\(E\) はエコーのエネルギー(1 節 の \(P_t\tau_p\) が伝搬で減衰したもの)、\(N_0\) は雑音の電力スペクトル密度。係数 2 は \(N_0\) を正の周波数だけで数える慣例から来る。

波形の形は SN 比に関係ない。効くのはエネルギーだけ.

短くて強いパルスでも、長くて弱いパルスでも、エネルギーが同じなら整合フィルタ後の SN 比は同じ。 逆に言えば、ピーク電力が決まっているなら SN 比を上げる方法は「長くする」しかない。 これで「エネルギーは長さで稼ぐ」道が正当化された。 残る問題は分解能——それは次の節で「帯域」が解決する。

3. 分解能は帯域で決まる

整合フィルタの出力ピークの幅(=分解能)は何で決まるか。 どんな信号も「いろいろな周波数の正弦波の重ね合わせ」として表せ、含まれる周波数の範囲の幅を帯域幅 \(B\) [Hz] と呼ぶ(この分解の正確な形がフーリエ変換で、DSP シリーズ 04 章で扱う。ここでは結論だけ使う)。

相関のピークは \(B\) の逆数程度の時間幅になる。理由はこうである。 信号の中には周波数が最大 \(B\) Hz 違う成分が共存している。ずらし量 \(t\) が 0 のときは全成分の位相が揃って足し上がるが、 \(t\) がずれると周波数 \(f\) の成分の位相は \(360° \times f t\) だけ回るので、成分ごとの位相のずれ幅は \(360° \times B t\) になる。 これが 1 周(\(t = 1/B\))に達するころには成分同士がばらばらの位相で打ち消し合い、ピークは消える。 つまり周波数方向に広い信号ほど時間方向に鋭いピークを作る。

\[ \Delta\tau \approx \frac{1}{B} \quad\Longrightarrow\quad \Delta R = \frac{c\,\Delta\tau}{2} = \frac{c}{2B} \]

これが本シリーズで最も重要な式の 1 つである。

帯域幅 \(B\)分解能 \(\Delta R = c/2B\)
1 MHz150 m
10 MHz15 m
150 MHz1 m
1 GHz15 cm
4 GHz(77〜81 GHz 車載)3.75 cm

周波数を変えない長さ \(\tau_p\) の無変調パルスの帯域は \(B \approx 1/\tau_p\) である。 \(\tau_p\) 秒の間に波が何回振動したかを数えて周波数を決めるとき、数え間違いは ±1 回程度なので、周波数は \(\pm 1/\tau_p\) Hz の幅でしか定まらない、 と考えれば納得できる(正確にはフーリエ変換で示せる)。 すると \(\Delta R = c/(2B) = c\tau_p/2\) ——05 章の式はこの特殊な場合だったと分かる。 変調でパルス内に広い帯域を仕込めば、長さと分解能を独立に選べる。

4. チャープ(LFM) — 定番の変調

最も広く使われる変調が線形周波数変調(LFM: Linear Frequency Modulation)、通称チャープである。 パルスの間、周波数を \(f_0\) から \(f_0 + B\) まで一定の速さで滑らせる。 小鳥のさえずり(chirp)のように音程が変わることからの命名である。

チャープ(LFM)とその圧縮送信: 周波数を滑らせた長いパルスtf: f₀ → f₀+B整合フィルタ後: 幅 1/B に圧縮1/B圧縮率 = SN 比利得 = τp·B(TB 積)τp=100 µs・B=10 MHz なら 1000 倍=30 dB を信号処理で獲得パルスの長さ(エネルギー)と帯域(分解能)を独立に設計できるようになった
小鳥のさえずりのように音程が滑る波形。受信後の相関で、長さ τp のエコーが幅 1/B のピークに潰れる

チャープを整合フィルタに通すと、パルス幅 \(\tau_p\) のエコーが幅 \(1/B\) の鋭いピークに潰れる。 圧縮率は

\[ \text{圧縮率} = \frac{\tau_p}{1/B} = \tau_p B \]

この \(\tau_p B\) を時間帯域幅積(TB 積)と呼ぶ。 2 節 で見たとおり SN 比はエネルギーだけで決まるので、同じピーク電力で同じ分解能(幅 \(1/B\))の無変調パルスを打つ場合と比べると、 チャープはエネルギーが \(\tau_p B\) 倍あり、SN 比も \(\tau_p B\) 倍になる。この倍率を処理利得と呼ぶ。

数値例. \(\tau_p = 100\) µs、\(B = 10\) MHz なら TB 積 = 1000。 無変調なら \(c\tau_p/2 = 15\) km の「棒」だったパルスが、圧縮後は 15 m の分解能に化ける。 同じピーク電力で 15 m の分解能を無変調(\(\tau_p = 0.1\) µs)で出す場合に比べ、SN 比は 30 dB 稼げる。 ピーク電力を 1000 倍にしたのと同じ検出性能を、信号処理だけで手に入れたことになる。

パルス圧縮を実行する

Web 版のこの見出しの下には、チャープの TB 積・雑音・窓関数(5 節)を変えながら、圧縮前後の波形を比べられる動く図がある。 雑音に完全に埋もれたエコーが、圧縮後に立ち上がる様子が主役である。

5. サイドローブ — 圧縮の副作用

圧縮後のピークの裾には、サイドローブと呼ばれる小さな偽のこぶが並ぶ。 チャープの整合フィルタ出力はおおよそ \(\text{sinc}(x) = \sin(\pi x)/(\pi x)\) の形(中央に高い山、その両側に符号を変えながら小さくなるこぶが並ぶ)になり、 最初のこぶの高さは山の 22 % で、電力にすると最大サイドローブはピークから −13 dB しかない。

何が困るか。強い目標のサイドローブが、近くの弱い目標を埋める。 車(+20 dBsm)の隣の歩行者(0 dBsm)は 20 dB 下——−13 dB のサイドローブの中に沈んでしまう。

サイドローブ — 強い目標が弱い目標を隠す距離出力 [dB]強い目標(車)−13 dB弱い目標(歩行者)はサイドローブに埋まる対策は窓(テーパ): ハミング窓で −43 dB。代償はピーク幅 1.5 倍と SN 比 −1.4 dB時間窓・圧縮窓・アンテナのテーパ——同じトレードオフが 3 つの顔で現れる(09・11 章)
矩形のまま圧縮すると sinc 状の裾が −13 dB に立つ。20 dB 弱い隣接目標はこの裾に沈む

対策は DSP シリーズの窓関数と同じで、 振幅の重み付け(テーパ)——たとえばハミング窓——を掛けてから圧縮する。

窓最大サイドローブ代償
なし(矩形)−13 dB—
ハミング−43 dBピーク幅 約 1.5 倍(分解能劣化)、SN 比 −1.4 dB
ハン−31 dB幅 約 1.6 倍、SN 比 −1.8 dB

サイドローブを下げると分解能と SN 比を少し失う。無料ではない。 この「窓のトレードオフ」は FFT を使う FMCW 処理(09 章)でも全く同じ形で現れる。

6. 位相符号 — もう 1 つの圧縮波形

チャープの代わりに、パルスを短い区間(チップ)に切り、各チップの位相を 0° / 180° の符号で反転させる方式もある。 ある信号を自分自身の時間をずらしたものと相関させたものを自己相関と呼び、2 節 の整合フィルタ出力はエコーの自己相関そのものである。 符号系列には自己相関が鋭い(ずれ 0 で大きく、それ以外で小さい)ものを選ぶ。有名なのがバーカー符号で、長さ 13 の系列はサイドローブの振幅が ピークの 1/13 に収まる(電力比では \((1/13)^2\)、すなわち \(20\log_{10}(1/13) = -22.3\) dB)。

位相符号(バーカー 13)符号:+++++−−++−+−+各チップの位相を 0°/180° で反転させる(+/−)自己相関:中央だけ 13、脇は高々 1 —— サイドローブ −22.3 dB相互相関の低い符号ペアは同時に送っても分離できる——MIMO(10 章)と干渉対策(14 章)の伏線
チャープ以外の圧縮波形の代表。符号の設計次第で「混ざっても見分けられる」波を作れる

さらに重要なのは相互相関という視点である。 互いに相関の低い符号のペアを使えば、複数の送信を同時に出しても受信側で分離できる。 ——この性質が、MIMO レーダー(10 章)や干渉対策(14 章)の伏線になる。

7. この章のまとめ

ポイント内容
ジレンマの解エネルギーは長さで、分解能は帯域で稼ぐ。両者は変調で独立にできる
整合フィルタ送信波形との相関。白色雑音下で SN 比最大、\(\text{SNR} = 2E/N_0\)
最重要式\(\Delta R = c/(2B)\)。分解能は帯域幅で決まる
チャープと TB 積圧縮率=処理利得=\(\tau_p B\)(同じピーク電力・同じ分解能の無変調パルス比)。信号処理でピーク電力を買う
サイドローブ−13 dB 問題。窓で下げるが分解能と SN 比を少し払う
位相符号バーカー符号。相互相関の低さは MIMO・干渉対策への伏線