Radar 04 · RCS — 目標はどれくらい電波を返すか

Chapter 04

RCS — 目標はどれくらい電波を返すか

この章のゴール.

RCS(レーダー断面積、Radar Cross Section)が「見かけの断面積」であって実際の面積ではないことを理解し、 人 ≈ 0 dBsm、車 ≈ 10〜20 dBsm(dBsm は RCS を dB で表す単位。1 節 で定義する)という土地勘を持つこと。 そして「RCS は向きと瞬間で激しく揺れる量だ」という警戒心を持つこと。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 波長 \(\lambda\)(02 章 1 節)、位相(02 章 2 節)、電力密度(02 章 4 節)、dB(02 章 5 節)、\(\sigma\)・レーダー方程式・SN 比(03 章)、パルス(01 章 5 節)

1. 定義 — 「等方に散らしたと仮定したときの面積」

03 章で \(\sigma\)(RCS)を「目標が実効的に受け止めて撒き散らす換算上の面積」と紹介した。正確な定義はこうである。

RCS とは、「目標がレーダーへ返した電力密度」を説明できるだけの電波を 等方(全方向均等)に散乱したと仮定したときの、仮想的な捕獲面積である。

これを式にする。目標位置での入射電力密度を \(S_{\text{入射}}\) [W/m²]、距離 \(R\) のレーダー位置に戻ってきた電力密度を \(S_{\text{戻り}}\) [W/m²] とする。 面積 \(\sigma\) [m²] で受け止めた電力 \(\sigma S_{\text{入射}}\) [W] を等方に散乱すると、距離 \(R\) では半径 \(R\) の球面 \(4\pi R^2\) に薄く広がるので、戻りの電力密度は \(\sigma S_{\text{入射}} / (4\pi R^2)\) になる。 これが実際の \(S_{\text{戻り}}\) に等しくなるように \(\sigma\) を決める、というのが上の定義だから

\[ \frac{\sigma S_{\text{入射}}}{4\pi R^2} = S_{\text{戻り}} \quad\Longrightarrow\quad \sigma = 4\pi R^2 \, \frac{S_{\text{戻り}}}{S_{\text{入射}}} \]

\(S_{\text{戻り}}\) 自体は \(1/R^2\) で減るので、\(4\pi R^2\) を掛けて帰り道の拡散を巻き戻すと \(\sigma\) は距離に依存しない目標固有の量になる。

RCS の定義 — 等方に散らしたと仮定した捕獲面積入射電力密度 S入射目標等方に散乱したと「仮定」するσ = 4πR² · S戻り / S入射帰りの拡散を巻き戻すので、σ は距離に依存しない目標固有の量になる単位は m²。dB では 1 m² 基準の dBsm。実面積ではなく「返しやすさ」の指標である
「レーダーへ返ってきた強さ」を説明できるだけの面積を持つ等方散乱体に置き換えたら何 m² か、という定義

単位は m²。dB 表記では 1 m² を基準にして dBsm(dB square meter)と書く。

\[ \sigma\,[\text{dBsm}] = 10\log_{10}\frac{\sigma\,[\text{m}^2]}{1\,\text{m}^2} \]

「見かけの」面積である——実面積とは一致しない.

電波をレーダーの方向へ返しやすい形なら、実面積より何桁も大きな RCS になる。 返しにくい形なら何桁も小さくなる。RCS は幾何学的な大きさではなく、 「その向きから照らしたとき、どれだけ都合よく跳ね返すか」の指標である。

2. 土地勘 — 代表的な RCS

目標RCS の目安dBsm
昆虫0.001 m² 以下−30 以下
鳥0.01 m²−20
歩行者0.1〜1 m²−10〜0
自転車+人1〜3 m²0〜5
乗用車10〜100 m²10〜20
トラック100〜1000 m²20〜30
コーナーリフレクタ(3 節、辺 30 cm・77 GHz)約 2000 m²33

数字の趣旨は桁である。歩行者は車より 20 dB(100 倍)も返りが弱い。 03 章で見たとおり最大探知距離は \(\sigma^{1/4}\) に比例するので、同じレーダーで車が 200 m 見えるなら歩行者は \(200 \times (1/100)^{1/4} = 200 \times 0.316\) で約 63 m。 「歩行者検知が車検知よりずっと難しい」ことが式から出てくる。

3. 形がすべて — 3 つの基本形

3 つの基本形 — 球・平板・コーナーリフレクタ球: σ = πa²向きに依存しない→ 校正の基準平板: σ = 4πA²/λ²正対で巨大(10 cm 角 ≈ 車 1 台分)数度傾くと急落コーナー: 3 回反射で来た方向へ正確に返す広い角度で強い → 試験・校正用平板の式の分母に λ² がある——波長が短いほど同じ板が「大きく」見える。ミリ波で小物が光る理由
実面積が同じでも RCS は形で桁違いになる。校正には向きに鈍感な球とコーナーリフレクタを使う
形RCS(最大)性質
球(半径 \(a \gg \lambda\))\(\pi a^2\)(幾何断面積そのまま)向きに依存しない。だから校正の基準に使う
平板(面積 \(A\)、正対時)\(4\pi A^2 / \lambda^2\)正対では巨大(鏡のように全反射が返る)。数度傾くだけで急落
コーナーリフレクタ(直角をはさむ辺の長さ \(a\) の直角二等辺三角形の金属板 3 枚を互いに直交させたもの)\(4\pi a^4 / (3\lambda^2)\)3 回反射して入射方向へ正確に返す。広い角度範囲で強い

3 つの式は次の理屈で出る(波長より十分大きい物体に対する近似)。

数値で驚いておこう。一辺 10 cm の平板(面積 \(A = 0.1 \times 0.1 = 0.01\) m²)を 77 GHz(λ = 3.9 mm = 0.0039 m)で正対させると

\[ \sigma = \frac{4\pi A^2}{\lambda^2} = \frac{4\pi \times (0.01)^2}{(0.0039)^2} \approx 83\ \text{m}^2 \]

コーナーリフレクタで \(a = 0.3\) m なら \(4\pi \times 0.3^4/(3 \times 0.0039^2) \approx 2200\) m²(33 dBsm)で、これが 2 節 の表の値である。

手のひらサイズの板が、乗用車並みに光る。 平板の RCS が \(\lambda^2\) で割られていることに注意—— 波長が短いほど同じ板がより「大きく」見える。ミリ波で小物がよく見える理由の 1 つである。

コーナーリフレクタは「レーダー界の反射材」である.

3 枚の直交した金属面に入った電波は、3 回反射すると来た方向へ正確に戻る (自転車の反射板やビリヤードの 2 クッションと同じ幾何学)。 向きに鈍感で RCS が計算できるので、レーダーの感度試験・校正のターゲットとして必ず登場する。 小舟がレーダーに写るように掲げるのも、試験場の基準反射体もこれである。

向きで変わる反射を見る

Web 版のこの見出しの下には、平板・球・コーナーリフレクタを回転させて、返ってくる強さがどう変わるかを比べられる動く図がある。 平板の鋭さとコーナーの寛容さの対比が見どころである。

4. アスペクト角依存 — ギザギザに揺れる

実際の目標(車・人・飛行機)は 1 枚の板ではなく、多数の反射点の集合である。 各反射点からのエコーはレーダーまでの道のりが少しずつ違うので位相が違い、それらが足し合わされる。 目標の正面方向とレーダーから見た方向のなす角をアスペクト角と呼ぶ。 アスペクト角がわずかに変わるだけで各反射点までの道のりの差が波長のオーダーで変わり、強め合いと打ち消しが入れ替わるので、 RCS は数十 dB の振れ幅でギザギザと変動する。

アスペクト角依存 — RCS はギザギザに揺れる見る角度(アスペクト角)RCS [dBsm]角度平均(カタログ値)多数の反射点からのエコーが位相干渉するため、数度の違いで数十 dB 変動する「乗用車 = 10 dBsm」は平均値。最悪の向きは 10〜20 dB 低いと見込んで設計する
実目標は反射点の集合体。強め合いと打ち消しが角度とともに入れ替わり、RCS は 1 つの数字では書けない

RCS は 1 つの数字ではない.

2 節 の表の「乗用車 = 10〜20 dBsm」は向きを変えながら測った平均のざっくり値にすぎない。 実測すると、同じ車でも向きによって平均の 20 dB 下から 10 dB 上まで、−10 dBsm から +30 dBsm の範囲で暴れる。 波長より大きい物体では、これは避けられない物理である。

5. 揺らぎのモデル — スワリングモデル

角度が刻々と変わる実運用では、RCS は確率変数(観測するたびに値が変わり、「どの値がどのくらいの割合で出るか」という分布だけが決まっている量)として扱うしかない。 その古典的な分類がスワリング(Swerling)モデルである。中身は「揺らぎの速さ × 揺らぎの形」の組み合わせで、 考え方だけ押さえれば十分である。 ここで「観測」とは、レーダーが同じ目標にパルスをまとめて何発か当てて 1 つの結果を出す一区切り(パルスの束、05 章)を指す。 「観測間で独立」は束ごとに値が変わり束の中では一定、「パルス間で独立」は 1 発ごとに値が変わる、という揺らぎの速さの違いである。

モデル揺らぎの形揺らぎの速さ対応する目標像
Swerling 0(非変動)揺れない—校正球・コーナーリフレクタ
Swerling 1 / 2大きく揺れる(多数の同格な反射点)1 は観測間で、2 はパルス間で独立複雑な形状の目標
Swerling 3 / 4揺れが穏やか(1 つの支配的な反射点+小物)3 は観測間で、4 はパルス間で独立主反射面を持つ目標

実務への含意は 1 つ: 揺らぐ目標を確実に検出するには、揺らがない場合より余分の SN 比(数 dB〜10 dB 超)が要る。 たまたま「暗い瞬間」に当たっても見逃さないためのマージンである(検出確率の定式化は 13 章)。

スワリングモデル — 揺らぎを確率として扱うSwerling 0(揺れない)Swerling 1/2(大きく揺れる)Swerling 3/4(穏やかに揺れる)校正球・リフレクタ多数の同格な反射点(複雑形状)支配的な 1 点+小物破線=検出しきい値。揺れる目標は「たまたま暗い瞬間」に当たると見逃す→ 同じ検出確率を出すには、揺れない目標より数 dB〜10 dB 余分な SN 比が要る(13 章)
RCS の時間変動を確率モデルで分類したもの。実務への含意は「揺らぐ目標にはマージンを積む」の一点である

6. ステルス — RCS を下げる技術

軍用機のステルスは、この章の裏返しである。

手法原理
形状制御平板の性質を逆用し、レーダーのいる方向に正対する面を作らない。エコーをレーダーとは無関係な方向へ逸らす
電波吸収材(RAM)表面で電波を熱に変えて、返す量そのものを減らす
エッジ処理角・継ぎ目・空洞(コックピット、エンジン吸気口)は強い散乱源になるため、徹底的に隠す・揃える

民生でも同じ物理が顔を出す。 バンパー内のレーダー取り付けでは、周囲の金属ブラケットが「意図しないコーナーリフレクタ」を作って 偽エコーの原因になる——ステルスの逆問題を、車載設計者は日常的に解いている(16 章)。

7. 実務の注意 — RCS の数字を扱うとき

注意理由
周波数を確認する同じ物体でも 24 GHz と 77 GHz で RCS は違う(波長依存)
「典型値」は角度平均4 節 のとおり、最悪ケース(暗い向き)は平均より 10〜20 dB 低いと見込む
センサ評価はコーナーリフレクタでRCS が既知・向きに鈍感・小型。人や車での評価はばらつきが大きすぎる
歩行者はマージン必須小 RCS +衣服・姿勢での変動。検出仕様は Swerling の揺らぎ込みで立てる

8. この章のまとめ

ポイント内容
定義等方散乱を仮定した見かけの捕獲面積。距離に依存しない目標固有量
土地勘人 0 dBsm、車 10〜20 dBsm、その差 100 倍が歩行者検知の難しさ
形の 3 原型球(鈍感・校正用)、平板(正対で巨大・鋭い)、コーナー(強くて寛容)
揺らぎ多点干渉でギザギザ変動。Swerling モデルで確率的に扱い、SN 比にマージンを積む
ステルスと偽エコー面の向きと吸収で下げられる。車載では逆に「意図せぬ反射器」に注意