Chapter 13
検出と CFAR — 雑音の中から本物を拾う
この章のゴール.
「しきい値を固定すると、環境が変わった瞬間に誤警報の洪水か全滅が起きる」—— だからしきい値は周囲の雑音から毎回作る(CFAR)、という一連の論理を、 誤警報確率の式まで含めて追えること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). クラッタ(01 章 3 節)、dB(02 章 5 節)、SN 比(SNR)(03 章 3 節)、検波(03 章 5 節)、RCS の揺らぎ・Swerling(04 章 5 節)、複素数(06 章 2 節)、RD マップ・距離ビン(09 章 2〜3 節)、角度推定(10 章)、熱雑音(12 章 2 節)
1. 問題設定 — マップの升目ごとの二択
RD マップ(09 章)は距離ビン × 速度ビンの升目(セル)に区切られていて、各セルには電力値が入っている。 検出とは、セルごとに次の二択を判定することである。
- H0: このセルは雑音だけ
- H1: 雑音 + 目標のエコー
判定は「電力 \(x\) がしきい値 \(T\) を超えたら(\(x > T\))H1」とするしかない。問題はしきい値をどこに引くかである。
2. 2 種類の誤り — 誤警報と見逃し
| 誤り | 定義 | 起きること |
|---|---|---|
| 誤警報(false alarm) | 雑音だけなのに「目標あり」と言う | 幽霊目標。追尾器が偽物を追い、システムが混乱する |
| 見逃し(miss) | 目標がいるのに「なし」と言う | 本物を落とす。安全システムでは致命的 |
性能は 2 つの確率で語る。
- 誤警報確率 \(P_{fa}\): 雑音だけのセルがしきい値を超えてしまう確率。RD マップは 1 フレームに \(10^4\)〜\(10^5\) セルあり(09 章の例で \(128 \times 128 = 16384\))、誤警報をフレームあたり 1 個以下に抑えたいので目安は \(10^{-4}〜10^{-6}\)
- 検出確率 \(P_d\): 目標のいるセルが正しく超える確率(目安 0.9 以上)
しきい値を上げれば \(P_{fa}\) は下がるが \(P_d\) も下がる。両方を同時に良くする魔法はなく、 あるのは「同じ \(P_{fa}\) でより高い \(P_d\)」を実現する SN 比(以下 SNR とも書く)だけである。 \(P_{fa}\) を固定して SNR と \(P_d\) の関係を描いた曲線が検出性能の標準的な語り方で、 おおよそ「\(P_{fa}=10^{-6}\)、\(P_d=0.9\) には SNR 約 13 dB」が古典的な目安である (RCS が揺らぐ Swerling 目標では、必要な SNR にさらに数 dB 上乗せ——04 章の伏線回収)。
3. 雑音は揺れる — 固定しきい値が破綻する理由
熱雑音(12 章)を 2 乗検波(電力に変換)した後の値がどう散らばるかを求める。 FFT 後のセルの値は複素数で、その実部 \(I\) と虚部 \(Q\) はそれぞれ多数の電子の運動の和なので、平均 0・分散 \(\sigma^2\) の正規分布に従い、互いに独立である。 セルの電力は \(x = I^2 + Q^2\)。\(x\) が \(T\) を超える確率は、\((I, Q)\) 平面で原点から距離 \(\sqrt{T}\) より外側の確率だから、極座標 \((r, \theta)\) で
電力の平均は \(\mu = 2\sigma^2\)(\(I^2\) と \(Q^2\) の平均がそれぞれ \(\sigma^2\))なので、これは \(e^{-T/\mu}\)。 つまり電力 \(x\) は確率密度 \(\frac{1}{\mu}e^{-x/\mu}\) の指数分布に従い、しきい値 \(T\) を超える確率は
\(P_{fa} = 10^{-6}\) にしたければ \(T = \mu \ln 10^6 \approx 13.8\,\mu\)——平均の約 14 倍(\(10\log_{10}13.8 = 11.4\) dB 上)に引けばよい。
この 11.4 dB は「しきい値を雑音平均の何倍に置くか」であって、2 節 の「必要な SNR 13 dB」とは別の量である。 目標のエコーにも雑音が重なって値が揺れるので、目標セルが 9 割の確率でしきい値を超えるには、目標の平均電力がしきい値よりさらに少し上に必要になる——それが 13 dB である。
ここまでは簡単に見える。罠は「\(\mu\) を知っている」という仮定にある。 実際の雑音・クラッタの平均レベルは、距離・角度・天候・場所で何十 dB も変わる。
固定しきい値の末路は 2 通りしかない.
雨が降って雑音レベルが 10 dB 上がれば(\(\mu\) が 10 倍になれば)、\(e^{-T/\mu}\) の指数 \(T/\mu\) は 13.8 から 1.38 へ 1/10 になり、 \(P_{fa}\) は \(e^{-13.8} = 10^{-6}\) から \(e^{-1.38} = 10^{-0.6} \approx 0.25\) へ——4 セルに 1 セルが誤警報の洪水になる。 逆に安全マージンを積んでしきい値を上げておけば、静かな環境では感度を丸ごと捨てる。 結論: しきい値は定数ではなく、その場の雑音レベルから毎回計算するしかない。
4. CFAR — しきい値を周囲から作る
その解が CFAR(Constant False Alarm Rate、定誤警報率)処理である。 名前の通り「\(P_{fa}\) を環境によらず一定に保つ」ことを目的に、 判定したいセルの周囲のセルから雑音レベルを推定し、その定数倍をしきい値にする。
最も基本の CA-CFAR(Cell Averaging CFAR、セル平均法)の窓構造:
| 部位 | 役割 |
|---|---|
| CUT(Cell Under Test) | いま判定するセル |
| ガードセル(CUT の両脇数個) | 目標のエネルギーが隣に漏れるぶんを平均から除外するための緩衝帯 |
| 参照セル(その外側、両側合わせて \(N\) 個) | 雑音レベルの推定に使う。平均 \(Z = \frac{1}{N}\sum_{i=1}^{N} x_i\) |
しきい値は \(T = \alpha Z\)。判定: \(x_{\text{CUT}} > \alpha Z\) なら検出。
倍率 α の導出
参照セルが雑音だけ(平均 \(\mu\) の指数分布、互いに独立)と仮定する。 推定 \(Z\) 自体もばらつく確率変数であることが肝で、\(P_{fa}\) は「CUT が \(\alpha Z\) を超える確率」を \(Z\) のばらつきごと平均して計算する必要がある。 \(Z\) の値が決まれば CUT がそれを超える確率は 3 節 より \(e^{-\alpha Z/\mu}\) なので、\(P_{fa}\) はその平均(期待値)
(\(Z = \frac{1}{N}\sum x_i\) を代入して指数を積に分け、独立な確率変数の積の平均は平均の積、という事実を使った。) 1 個ぶんの平均は指数分布の積分で求まる:
\(s = \alpha/(N\mu)\) を入れると \(1/(1 + \alpha/N)\)。これを \(N\) 個掛けて
検算しておこう。\(N \to \infty\)(推定が完璧、\(Z \to \mu\))の極限では \((1+\alpha/N)^{-N} \to e^{-\alpha}\) となり、\(T = \alpha\mu\) とすれば 3 節の \(T = \mu\ln(1/P_{fa})\) に一致する。
有限の N には「推定のばらつき税」がかかる.
\(P_{fa}=10^{-6}\) のとき、必要な倍率は \(N=\infty\) で 11.4 dB だが、 \(N=16\) では \(\alpha = 16(10^{6/16}-1) \approx 21.9\) → 13.4 dB。 差の約 2 dB が CFAR ロス——雑音レベルを推定で済ませることへの手数料である。 \(N\) を増やせば税は減るが、次節の「参照窓に異物が入る」リスクが増える。
CFAR のしきい値を見る
Web 版のこの見出しの下には動く図がある。雑音レベルが途中で段になり、目標が 3 つある距離プロファイル(距離ごとの電力のグラフ)に対して、 固定しきい値と CA-CFAR・OS-CFAR(5 節)のしきい値線がどう追従するかを比べられる。
5. CA-CFAR の弱点と変種
CA-CFAR の仮定「参照セルは雑音だけ・一様」が崩れる場面が 2 つある。
| 場面 | 何が起きるか | 対策 |
|---|---|---|
| 目標が密集(隣の車、二輪と車) | 参照窓に他の目標が入り、雑音推定が吊り上がる → しきい値が上がり互いをマスキング(隠し合い) | OS-CFAR |
| クラッタの段差(路肩、雨域の境界) | 窓の半分だけレベルが高い → 推定が中途半端になり、境界で誤警報または感度低下 | GO/SO-CFAR など(CUT の左右の窓を別々に平均し、大きい方(GO: Greatest Of)または小さい方(SO: Smallest Of)を採用する変種) |
OS-CFAR(Ordered Statistics CFAR、順序統計法)は、参照セルを小さい順にソートして k 番目の値(例: \(k = 3N/4\)、\(N = 16\) なら 12 番目)を 雑音推定に使う。少数の強い異物(他目標)はソートの上位に押しやられて推定に影響しない。 多目標環境に強く、車載では事実上の標準である。代償はソートの計算と、CA よりわずかに大きい CFAR ロス。
実装では RD マップに対して距離方向と速度方向の 2 次元窓(CUT を囲むリング状の参照セル。式の \(N\) はそのリングに含まれるセルの総数と読み替えればよい)で CFAR をかけ、 さらに「ピークであること」(隣接セルより大きい)を要求して 1 目標 1 検出に絞るのが定石である。
6. 検出の後 — 点群へ
CFAR を通過したセルは「検出点」となり、距離・速度・(角度推定(10 章)を経て)方位が付く。 1 台の車は複数セルにまたがるので、検出点をクラスタリング(かたまりにまとめる処理。近くに点が一定数以上あればつなげて 1 つのかたまりにする DBSCAN などの手法を使う)してから 追尾(15 章)へ渡す。ここから先、レーダーの出力は「点群」と呼ばれる形になる。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 検出は二択 | セルごとに H0/H1。誤警報 \(P_{fa}\) と検出 \(P_d\) のトレードオフ。目安 SNR 13 dB |
| 固定しきい値の破綻 | 指数分布の裾は敏感。雑音が 10 dB 動くと \(P_{fa}\) は桁で暴れる |
| CFAR | 周囲セルから雑音を推定し \(T = \alpha Z\)。\(\alpha = N(P_{fa}^{-1/N}-1)\) |
| CFAR ロス | 有限 \(N\) の推定ばらつき税(〜数 dB) |
| OS-CFAR | ソートして k 番目。多目標のマスキングに強い。車載の標準 |
| 出力 | 検出点 → クラスタリング → 点群 → 追尾へ |