Chapter 11
アンテナとビーム — 電波をどこに向けるか
この章のゴール.
「開口が大きいほどビームは細く、利得は高い」——アンテナの中心原理を、 波の足し合わせから導けること。 03 章で棚上げした「実効開口面積 \(A_e\) と利得 \(G\) の関係 \(A_e = G\lambda^2/4\pi\)」と、10 章の受信アレイの裏面(同じ数学の送信側)を回収する。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). アンテナ(01 章 2 節)、波長・位相(02 章 1〜2 節)、利得・dBi(02 章 5 節)、実効開口面積 \(A_e\)(03 章 Step 5)、エイリアシング(05 章 4 節)、sinc・窓関数(06 章 5 節)、FFT(07 章 6 節)、角度分解能・ULA・MIMO(10 章 4〜6 節)
1. アンテナの役割 — 空間のフィルタ
アンテナは電気信号と空間の波を橋渡しする部品であると同時に、 「どの方向を強く見るか」を決める空間フィルタである。 横軸に方向(角度)、縦軸にその方向へ放射される(または受信できる)電力をとったグラフを放射パターン(またはビームパターン)と呼び、 その最も強い山をメインローブ(主ビーム)、脇の小さな山をサイドローブと呼ぶ。
| 用語 | 定義 |
|---|---|
| 利得 \(G\) | 最強方向の放射の濃さが、等方性アンテナの何倍か(02 章の dBi の真数) |
| ビーム幅 \(\theta_{3\text{dB}}\) | メインローブの電力が半分(−3 dB)に落ちるまでの角度幅 |
| 開口 \(D\) | アンテナが波を出し入れする「口」の差し渡し。パラボラの皿の直径、アレイの全長(\(K\) 素子・間隔 \(d\) なら 10 章 5 節と同じく \(Kd\) と数える) |
2. なぜ大きい開口は細いビームを作るのか
パラボラでもアレイでも、本質は同じである: 開口面のあらゆる点から出た波が、遠方のある方向で同位相で足し合わさるとき、その方向が明るくなる。
正面方向では、開口のどの点から出た波も行程が同じ→全部同位相→最大に強め合う。 正面から角度 \(\theta\) ずれた方向では、開口の右端と左端からの波に行程差 \(D\sin\theta\) が生じる。 開口内の各点からの波の位相は端から端まで一様に \(0\) から \(2\pi D\sin\theta/\lambda\) まで分布するので、 この行程差が大きくなるにつれて打ち消しが増え、行程差がちょうど 1 波長になると位相が 1 周ぶん一様に分布して完全に打ち消し合う(放射パターンの最初の零点):
電力が半分(−3 dB)に落ちるのはその手前で、メインローブの半値全幅 \(\theta_{3\text{dB}}\) も \(\lambda/D\) の程度である。 一様照射の開口のパターンは \(\text{sinc}\)(06 章 5 節)の 2 乗になり、\(\text{sinc}^2(x) = 1/2\) を数値的に解くと \(x = \pm0.443\) なので、正確には \(\theta_{3\text{dB}} = 0.886\,\lambda/D\)。桁の議論では
で十分である。
10 章の角度分解能と同じ式である——偶然ではない.
受信アレイの角度分解能 \(\lambda/(Kd)\) の分母 \(Kd\) はアレイの全長、つまり開口 \(D\) そのもの。 「開口の端と端の行程差が \(\lambda\) に達すると区別できる/打ち消し合う」という同じ幾何を、 受信の分解能として読むか、送信のビーム幅として読むかの違いにすぎない。 さらに言えば、開口上の各点にどれだけの強さ・位相で給電するかの分布(開口分布)と放射パターンはフーリエ変換の関係にあり、 長い観測時間ほど細い周波数分解能(08 章 4 節)と全く同じ数学である(DSP シリーズ 04 章)。
3. 利得と開口面積 — 03 章の借りを返す
ビームが細いほど、同じ電力が狭い範囲の方向に集中する→利得が上がる。 「方向の範囲の広さ」は立体角で測る。半径 1 の球面上でその方向の範囲が占める面積のことで、全方向(全天)は球の表面積 \(4\pi\) である。 縦横とも \(D\) の正方形の開口なら、ビームは縦にも横にも幅 \(\approx \lambda/D\) rad に絞られるので、その占める立体角はおよそ縦×横 \(= (\lambda/D)^2\)。 利得は「等方性(全天に均等)に比べて何倍に濃くなるか」だから、全天の立体角 \(4\pi\) をビームの立体角 \((\lambda/D)^2\) で割ると
\(A_e \approx D^2\) は開口の面積(実際は開口効率がかかる)。これを裏返したのが、03 章 Step 5 で使った
である。「利得が高いアンテナは、受信ではそれだけ広い面積で波を掬う」——借りを返した。
数値例. 77 GHz(λ=3.9 mm)、開口 4 cm 角のパッチアレイ: \(G \approx 4\pi (0.04)^2/(0.0039)^2 \approx 1300 = 31\) dBi、ビーム幅 約 5.6°。 手のひらに載る基板で、この鋭さが出るのがミリ波である。
4. アレイアンテナと電子走査
ビームを目標に向ける方法は 2 つ。機械で回すか、電気で曲げるか。
アレイの各素子に与える信号の位相を、素子位置に比例してずらして給電すると、 波面が斜めに揃い、メインローブが \(\theta_0\) 方向へ傾く:
これがフェーズドアレイ(電子走査アレイ)である。10 章の受信位相差の式と同じ形—— 受信で「読んだ」位相を、送信では「与える」だけの違いである。
| 方式 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| 機械回転(船舶・空港レーダーの回る棒) | 構造が簡単、360° | 遅い(秒オーダー)、可動部の寿命 |
| フェーズドアレイ | 無慣性・マイクロ秒で向き変更。ビームは 1 本だが、向きを瞬時に切り替えて複数目標を順に照らせる | 素子ごとに移相器が要る、高価 |
| デジタルビームフォーミング | 受信を全素子デジタル化し、あらゆる方向を同時に計算で形成(10 章の角度 FFT はまさにこれ) | ADC・演算量が素子数ぶん必要 |
アレイのビームを操る
Web 版のこの見出しの下には、素子数・間隔・位相勾配(素子間の位相差)・テーパ(6 節)を動かして、ビームパターンの変化を見られる動く図がある。 間隔を \(\lambda/2\) より広げたときに現れる「もう 1 本の主ビーム」が次節の主役である。
5. グレーティングローブ — 折り返しの送信版
素子間隔 \(d\) が広いと、メインローブと同じ高さの偽ビームが別方向に立つ。 条件は「隣の素子との行程差がちょうど 1 波長(またはその整数倍)になる方向」:
この方向では全素子の波が「1 周期ずれて」完全に同位相になってしまうからである。 これをグレーティングローブと呼ぶ。 \(\sin\) は \(-1\) から \(+1\) の値しか取れないので \(|\sin\theta_g - \sin\theta_0| \leq 2\) であり、上の条件を満たすには \(\lambda/d \leq 2\)、つまり \(d \geq \lambda/2\) が必要。 \(d < \lambda/2\) なら実空間(実在する方向)に解がなく、安全である(\(d = \lambda/2\) ちょうどでは、ビームを真横 ±90° に向けたときだけ反対側の真横に立つ)。
10 章の角度折り返しと同じものである.
受信で読むと「視野外の目標が偽角度に化ける」、送信で見ると「意図しない方向にビームが立つ」。 どちらも空間サンプリングのエイリアシング——素子間隔 \(d\) が空間のサンプリング間隔で、 \(\lambda/2\) がナイキスト条件に相当する。 時間・速度・角度と、同じ数学が 3 度目の登場である。
MIMO の仮想アレイ(10 章)が隙間なく \(\lambda/2\) で並ぶのは、10 章の 3TX・4RX の例のように TX 間隔を RX アレイの全長にぴったり合わせた場合である。 素子数を増やすと基板の都合でそう置けないことが多く、仮想素子に抜けや不均一な間隔が生じて(TX の実間隔が広いことに由来する)高いサイドローブが問題になる。 仮想素子の配置設計(疎アレイの最適化)は現役の研究・設計テーマである。
6. サイドローブとテーパ — 3 度目の窓関数
開口を一様な強さで照射すると、パターンは sinc 状(06 章 5 節)になり最大サイドローブは −13 dB。 ——06 章 5 節のパルス圧縮と同じ数字が出た。 一様な開口分布は「矩形」で、そのフーリエ変換が sinc。パルス圧縮で −13 dB を生んだのも矩形の窓のフーリエ変換 sinc なので、同じ数字になるのは当然である。
サイドローブは「見ていないはずの方向のエコー」を混入させる。 強い反射体(トラック、ガードレール)がサイドローブ経由で入ると、偽の方位に目標が出現する。
対策も同じ: 開口の端ほど弱く給電する(テーパ)。 テイラー分布(サイドローブの高さを指定してそれを実現する端ほど弱い重みを設計する方法)などで −30〜−40 dB に下げられるが、ビーム幅が広がり利得が落ちる。 FFT 前の時間窓(09 章 7 節)・パルス圧縮の窓(06 章 5 節)・開口テーパ——3 つの顔をした同じトレードオフとして記憶にまとめてほしい。
7. ミリ波の実装 — 基板の上のアンテナ
ミリ波では波長が数 mm なので、アンテナは基板上の銅箔パターンで作れる。
| 形態 | 説明 |
|---|---|
| パッチアンテナ | 基板上の長方形の銅箔(一辺 約 λ/2)。1 枚で利得 5〜7 dBi |
| 直列給電パッチ列 | パッチを縦に数珠つなぎ→縦方向のビームを絞って 10〜15 dBi。車載の定番 |
| AiP(Antenna in Package) | アンテナをチップのパッケージ内に内蔵。基板設計の負担が減るので、60 GHz の屋内センサなど小型製品で使われる |
| 導波管・レンズ | より高利得が要る用途(長距離・イメージング)で |
基板材の誘電損失(基板の材料が電波のエネルギーの一部を熱として吸ってしまう損失)・製造ばらつき・レドーム(カバー)の影響が性能を直接左右する—— ミリ波レーダーの量産品質は、実はアンテナ回りの機構設計で決まる部分が大きい(16 章)。
8. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 中心原理 | 開口内の波の同位相加算。\(\theta_{3\text{dB}} \approx \lambda/D\)、\(G \approx 4\pi A_e/\lambda^2\) |
| 分解能との統一 | ビーム幅=角度分解能=開口のフーリエ変換。10 章と同じ幾何 |
| 電子走査 | 位相勾配でビームが傾く。デジタルビームフォーミング=角度 FFT |
| グレーティングローブ | \(d > \lambda/2\) で偽の主ビーム。空間のエイリアシング |
| テーパ | サイドローブ −13 dB 問題と窓関数。時間・圧縮・開口で 3 度目 |
| 実装 | パッチアレイと AiP。ミリ波はアンテナが基板に載る |