PCB Artwork 16 · 高速インタフェースの実際 — 規格ごとに何を守るのか

Chapter 16

高速インタフェースの実際 — 規格ごとに何を守るのか

この章のゴール.

「USB を引く」「DDR を引く」と言われたときに、 その規格が要求している制約が何で、なぜそれなのかを説明できるようになること。 そして、規格書とデザインガイドをどう読むかを身につけること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 部品配置(01 章 3 節)、GND(05 章 3 節)、要求(05 章 5 節)、フットプリント(06 章 1 節)、スタブ(09 章 5 節)、リンギング(10 章 1 節)、スキュー(11 章 4 節)、差動信号(11 章 1 節)、アンチパッド(12 章 1 節)、クロストーク(15 章 1 節)

1. まず「速い」を定義する

10 章で見たとおり、配線を伝送線路として扱うかどうかは クロック周波数ではなく立ち上がり時間で決まる。

信号の実効的な帯域(ニー周波数)は

\[ f_{\text{knee}} \approx \frac{0.35}{t_r} \]
「速い」を定義する — ニー周波数f_knee ≈ 0.35 / t_r立ち上がり t_rf_knee制御が要る配線長(外層 6 ps/mm)5 ns70 MHz140 mm1 ns350 MHz28 mm500 ps700 MHz14 mm200 ps1.75 GHz5.5 mm100 ps3.5 GHz2.8 mm35 ps10 GHz1 mm10 MHz のクロックでも、立ち上がりが 500 ps なら 700 MHz の設計である「遅い信号だから適当でよい」は、データシートの t_r を見てから言うこと
IC のドライバ強度を設定で下げられることが多い。使わない速さは落としておく(19 章)
\(t_r\)\(f_{\text{knee}}\)制御が要る配線長(\(t_d > t_r/6\)、外層 6 ps/mm)
5 ns70 MHz140 mm
1 ns350 MHz28 mm
500 ps700 MHz14 mm
200 ps1.75 GHz5.5 mm
100 ps3.5 GHz2.8 mm
35 ps10 GHz1 mm

10 MHz のクロックでも、立ち上がりが 500 ps なら 700 MHz の設計である.

現代のロジック IC は、動作周波数が低くても出力の立ち上がりが速い。 「遅い信号だから適当でよい」は、データシートの \(t_r\) を見てから言うこと。 出力ドライバの強度(スルーレート)を設定で下げられる IC も多く、 使わない速さは落としておくのが EMC の基本である(19 章)。

2. 規格ごとの要求 — 一覧

代表的なインタフェースの、アートワークに直接効く要求を並べる。 具体的な数値は規格の版と IC で変わる。必ず規格書と IC のデザインガイドで確認すること。

規格ごとの、アートワークに直接効く要求規格速度差動 Zペア内スキュー主な注意点USB 2.0 HS480 Mbps90 Ω緩い(数 mm)短く、ビア最少、ESD 保護は近くUSB 3.x5〜10 Gbps90 Ω厳しい(0.1 mm 級)AC カップリング必須、スタブ注意イーサネット125 MHz/ペア100 Ω中トランス以降はシャーシ側。分離が重要PCIe2.5〜32 GT/s85 Ω非常に厳しいAC カップリング、クロックのジッタHDMI / DisplayPort〜数 Gbps100 Ω厳しいESD 保護、コネクタの不連続MIPI D-PHY〜2.5 Gbps/レーン100 Ω厳しい低振幅でノイズに弱いDDR3/4(並列)〜3200 MT/s40〜50 Ω 単線—バイト単位で等長、フライバイSPI / I²C〜50 MHz——立ち上がりが速ければ配慮が要る具体的な数値は規格の版と IC で変わる。必ず規格書と IC のデザインガイドで確認すること
差動シリアル系は共通の作法が効く。並列バス(DDR)は考え方がまったく違う
規格速度差動 \(Z\)ペア内スキューペア間主な注意点
USB 2.0 HS480 Mbps90 Ω緩い(数 mm)—短く、ビア最少、ESD 保護は近く
USB 3.x5〜10 Gbps90 Ω厳しい(0.1 mm 級)長さ整合は不要AC カップリング必須、スタブ注意
イーサネット(100/1000BASE-T)125 MHz/ペア100 Ω中ペア間も整合トランス以降はシャーシ(筐体の金属部)側。分離が重要
PCIe2.5〜32 GT/s85 Ω非常に厳しい不要(各レーン独立)AC カップリング、リファレンスクロックのジッタ
HDMI / DisplayPort〜数 Gbps100 Ω厳しいペア間も整合ESD 保護、コネクタの不連続
MIPI D-PHY(CSI=カメラ用、DSI=ディスプレイ用の物理層)〜2.5 Gbps/レーン100 Ω厳しいクロックとデータの整合低振幅なのでノイズに弱い
DDR3/4(並列バス)〜3200 MT/s(MT/s=1 秒あたりの転送回数、百万回単位)40〜50 Ω 単線—バイト単位で等長終端、フライバイ、ADDR/CMD のトポロジ
SPI / I²C(低速)〜50 MHz———立ち上がりが速ければ配慮が要る

3. 差動シリアル系(USB / PCIe / HDMI / MIPI)の作法

これらは点対点の差動シリアルで、共通の作法が効く。

差動シリアル系の作法コネクタや IC からまっすぐ出す出口の直後の不連続が最も響くペアで対称に、間隔を一定に保つ途中で変わると反射する(11 章)ビアは最少に。使うなら 2 本対称にビアは最大の不連続。スタブにも注意(12 章)リターンビアを添える層を移るとき必須(08・12 章)基準面を絶対にまたがない論外の失敗AC カップリングは対称に、同じ位置にずれるとスキューになる他の信号から離す(5W 以上)片側だけの結合は差動信号になる(11 章)ESD 保護素子は容量の小さいものを近くに容量が大きいと信号が鈍る最も効くのは計算でも部品でもなく、距離を短くすること —— それは配置の仕事である(07 章)
コネクタと IC の位置関係を決めた時点で、勝負の大半はついている
作法理由
コネクタや IC からまっすぐ出す出口の直後の不連続が最も響く
ペアで対称に、間隔を一定に保つ途中で変わると反射する(11 章)
ビアは最少に。使うなら 2 本対称にビアは最大の不連続。スタブにも注意(12 章)
リターンビアを添える層を移るとき必須(08 章・12 章)
基準面を絶対にまたがない論外の失敗
AC カップリングコンデンサは対称に、同じ位置にずれるとスキューになる
他の信号から離す(5W 以上)片側だけの結合は差動信号になる(11 章)
ESD 保護素子は容量が小さいものをコネクタの近くに容量が大きいと信号が鈍る

「短くまっすぐ」が最強の対策である.

高速シリアルで最も効くのは、計算でも部品でもなく、距離を短くすること。 それは配線ではなく配置の仕事である(07 章)。 コネクタと IC の位置関係を決めた時点で、勝負の大半はついている。

AC カップリング

高速シリアルの多くは、送受で直流の基準が違うため、 直列にコンデンサを入れて交流だけを通す。

4. 並列バス(DDR)の作法

DDR は多数の線を同時に、同じタイミングで動かす。 考え方がシリアルとまったく違う。

DDR — 等長は「バイト単位」、トポロジは 2 種類等長のグループDQ + DQS同じバイトレーン内で揃えるADDR / CMD / CTRLクロック CK に対して揃えるCK基準バイトをまたいだ等長には意味がないトポロジDQ / DQS点対点ADDR / CMDフライバイ(数珠つなぎ、終端で終わる)分岐(スタブ)を作らないDDR は「規格書より IC メーカのデザインガイド」である層構成・線幅・間隔・等長の許容値・終端の値と位置まで具体的に指定されている。外れる理由がないならそのとおりに引く
全 64 本を等長にすると膨大なサーペンタインで基板が埋まる。バイトごとに独立して調整される

等長は「バイト単位」

DDR で揃えるのは、

グループ揃える相手
DQ(データ)と DQS(データストローブ)同じバイトレーン内で揃える。他のバイトとは揃えなくてよい
ADDR / CMD / CTRLクロック(CK)に対して揃える
CK基準

バイトごとに独立してタイミング調整(トレーニング)されるため、 バイトをまたいだ等長には意味がない。 これを知らずに全 64 本を等長にすると、膨大なサーペンタインで基板が埋まる。

トポロジ

信号群トポロジ
DQ / DQS点対点(1 対 1)
ADDR / CMDフライバイ(1 本の線が各チップを順に通り、終端で終わる)

フライバイでは、各チップへの到着時刻がずれるが、 それを DDR3 以降は書き込みレベリングという機能で吸収する。 したがって分岐(スタブ)を作らず、素直に数珠つなぎにするのが正しい。

DDR は「規格書より IC メーカのデザインガイド」である.

JEDEC(半導体の標準化団体)の規格書はチップの仕様を定めるもので、 基板の引き方は SoC(System on Chip=1 チップに機能一式を載せた IC)やメモリコントローラのメーカが出すガイドが正である。 層構成、線幅、間隔、等長の許容値、終端抵抗の値と位置まで、具体的に指定されている。 そこから外れる理由がないなら、そのとおりに引く。

5. アナログ的な高速 — クロックと発振回路

クロックは、基板上で最も強いノイズ源であることが多い。

クロックと水晶 — 基板上で最も強いノイズ源クロック配線最短で引く基準面の真上を通す。層をまたがない他の信号から離す(5W 以上)直列終端抵抗を送信ピンの隣に必要以上に速いエッジを使わない水晶振動子の周りICX1IC の直近・配線最短・周囲を GND で囲む配線の下に他の信号を通さない汎用 I/O・LED 駆動・リセット・低速シリアルを最速設定で駆動する理由は 1 つもない出荷直前に EMC で困る前に、設計時にドライブ強度を落としておく(19 章)
負荷容量は水晶の仕様どおりに。基板の浮遊容量も込みで計算する
対策理由
最短で引く長さがそのまま放射面積
基準面の真上を通す。層をまたがないリターンの乱れが放射になる
他の信号から離す(5W 以上)クロストークの加害者
直列終端抵抗を送信ピンの隣にリンギングを抑え、放射も減る(10 章)
必要以上に速いエッジを使わないドライバ強度を落とす、直列抵抗で鈍らせる
水晶振動子は IC の直近、配線最短、周囲を GND で囲む発振部は微小信号で最も敏感

水晶振動子(クリスタル)の周りは特に注意が要る。

6. 規格書とデザインガイドの読み方

規格書とデザインガイドの読み方IC メーカのハードウェア設計ガイド層構成・線幅・等長・部品配置が具体的に書いてある最優先IC メーカのリファレンスデザイン実際に動いた基板のデータ(ガーバーまで公開されることも)非常に有用規格団体の仕様書電気的な要求、コンプライアンス試験の条件判断の根拠コネクタメーカの資料フットプリント、基板側の推奨形状忘れがち「動いているリファレンスデザインを真似る」は正当な設計手法であるただし、そのまま流用してよいのは条件が同じ場合だけ。なぜその引き方なのかを理解して翻訳する
層数・板厚・周辺部品が違えば、同じ引き方が最適とは限らない
資料何が書いてあるか優先度
IC メーカのハードウェア設計ガイド具体的な層構成・線幅・等長・部品配置最優先
IC メーカのリファレンスデザイン実際に動いた基板のデータ非常に有用
規格団体の仕様書電気的な要求、コンプライアンス試験の条件判断の根拠
コネクタメーカの資料フットプリント、基板側の推奨形状忘れがち

「動いているリファレンスデザインを真似る」は正当な設計手法である.

ガーバーまで公開されていることも多い。 層構成、部品配置、配線の引き方、部品の型番——全部見る価値がある。

ただし、そのまま流用してよいのは、条件が同じ場合だけである。 層数が違う、板厚が違う、周辺の部品が違うなら、 なぜその引き方なのかを理解したうえで、自分の条件に翻訳する。

インタフェース別の制約を引く

インタフェースを選ぶと、必要なインピーダンス・スキュー許容・ 制御が必要な配線長・注意点の一覧が出る。 自分が扱う規格が、どのカテゴリの制約を持つのかを掴んでほしい。

7. この章のまとめ

ポイント内容
「速い」の定義\(f_{\text{knee}} = 0.35/t_r\)。クロック周波数ではない
差動シリアル短くまっすぐ、ペア対称、ビア最少、リターンビア、AC カップリングは対称
DDR等長はバイト単位。ADDR/CMD はフライバイ。IC のデザインガイドが正
クロック最短・基準面の上・終端抵抗・必要以上に速くしない
水晶IC の直近、周囲を GND、下に他の信号を通さない
資料の優先順位IC のデザインガイド > リファレンスデザイン > 規格書