Chapter 19
EMC のためのアートワーク — 帰り道を短くする、それだけ
この章のゴール.
EMC 対策を「フェライトコア(ケーブルに嵌める磁性体の輪)とシールドを足す作業」ではなく、 アートワークの段階で決着させる設計として理解すること。 そして、放射の 2 つのモードのうちどちらが主犯かを判断できるようになること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). GND(05 章 3 節)、電源(05 章 3 節)、最優先(06 章 4 節)、スキュー(11 章 4 節)、コンデンサ(12 章 3 節)、スティッチングビア(13 章 4 節)、ビアフェンス(13 章 4 節)
1. 基板は 2 種類のアンテナを持つ
基板から電波が出る仕組みは、突き詰めると 2 つしかない。
| モード | 何がアンテナか | 大きさを決めるもの |
|---|---|---|
| ディファレンシャルモード(DM)放射 | 行きと帰りの電流が作るループ | ループ面積 × 電流 × 周波数² |
| コモンモード(CM)放射 | 同じ向きに流れる電流が乗ったケーブルや細長い導体 | 電流 × 長さ × 周波数 |
DM 放射
小さなループアンテナからの放射である。距離 \(r\) での電界は、
\(f\) [Hz]、\(A\) [m²](ループ面積)、\(I\) [A]、\(r\) [m]。
周波数の 2 乗、面積に比例する。だから設計者にできることは 1 つ、面積を減らすことである。
CM 放射
短いダイポール(モノポール)アンテナからの放射である。
\(L\) はケーブルなどの長さ。
数字で比べる — CM が主犯である理由.
距離 3 m、周波数 100 MHz で、EMC 規格の目安 40 dBµV/m(= 100 µV/m)に対して:
モード 必要な条件 DM ループ面積 1 cm² なら 電流 23 mA で規格値に達する CM ケーブル長 1 m なら 電流 2.4 µA で規格値に達する CM は DM の 1 万分の 1 の電流で、同じだけ放射する。
基板の中を流れる信号電流は mA オーダー、 ケーブルに漏れ出す CM 電流は µA オーダー——桁の差はちょうど打ち消し合う。 だから実機の EMC 試験で落ちる原因は、ほとんどの場合 CM 放射である。
2. CM 電流はどこで生まれるか
CM 電流は、意図して作られるものではない。設計の不備の副産物である。
| 発生源 | 中身 | 対応する章 |
|---|---|---|
| リターンパスの断絶 | スリットや基準面の切れ目で帰り道が迂回。その電位差がケーブルに乗る | 08 |
| 層をまたぐビアにリターンビアがない | 帰り道を探して面上を広がる | 12 |
| グラウンドの電位差 | 基板の端と端で電位が違う。ケーブルがその差で駆動される | 13, 14 |
| 差動ペアのスキュー | DM が CM に変換される | 11 |
| 電源面の共振 | 面全体が同相で揺れる | 14 |
一言でまとめると: CM 電流は「帰り道が悪い」ことの現れである.
だから EMC 対策の中心は、フィルタでも金属箱でもなく、 リターンパスをきれいに保つこと——つまり 08 章・12 章・13 章の内容そのものである。
EMC のための特別な章は、本来は要らない。 ここまでの原則を守っていれば、EMC はおおむね通る。 この章は「その原則が EMC という結果にどう現れるか」を確認する章である。
3. 発生源を小さくする — 3 つの環
放射源になる主要なループを、優先順に挙げる。
① スイッチング電源の入力ループ
基板上で最も激しい電流変化がある環である。
スイッチング素子がオンオフするたび、入力コンデンサからスイッチへ 方形波状の大電流(数 A、立ち上がり数 ns)が流れる。
この環の面積を最小にすることが、EMC 対策の最優先事項である。
| 実践 | 内容 |
|---|---|
| 入力コンデンサをIC のピンの真横に | 1〜2 mm |
| 小容量(100 nF)をさらに近くに | 高域を担当 |
| ループを同じ層で完結させる | ビアを挟まない |
| 直下の層を GND ベタに | リターンが真下を通る |
出力側のループは、入力側ほど重要ではない.
出力側にはインダクタがあり、電流は連続的にしか変わらない。 激しい \(di/dt\) が発生するのは入力側の環だけである。
初心者は出力コンデンサの位置を気にしがちだが、 見るべきは入力コンデンサである。
② デカップリングのループ
14 章のとおり。IC の電源ピン → コンデンサ → GND ピンの環。
③ 信号のループ
信号線と、そのリターンが作る環。 基準面が連続していれば自動的に最小になる(08 章)。 逆に、基準面を切ると激増する。
4. ケーブルとコネクタ — 出口を管理する
CM 放射はケーブルから出る。だから、 ケーブルに CM 電流を乗せないことと、乗ってしまった電流を落とすことが対策になる。
| 対策 | 中身 |
|---|---|
| コネクタを 1 か所にまとめる | 基板の対角にコネクタがあると、基板全体がダイポールの給電点になる |
| コネクタ周りの GND を強化 | ベタ+スティッチングビアを密に |
| シャーシ GND への接続点をコネクタの近くに | CM 電流を筐体へ逃がす |
| コモンモードチョーク(CM 電流にだけ大きなインピーダンスを与える部品)をコネクタの直近に | DM の信号は通し、CM だけを止める |
| フィルタ部品はコネクタ側に、内側を向けて | フィルタの前後を隣接させない(結合してバイパスされる) |
| フィルタの GND はコネクタの GND に直接 | 基板の GND を経由させない |
「フィルタの前後を隣接させない」は見落とされやすい.
どれだけ良いフィルタを入れても、 入力側の配線と出力側の配線が数 mm の距離で並走していれば、 空間結合でフィルタを飛び越える。
フィルタは「壁」であり、壁の両側を離す必要がある。 理想は、コネクタとフィルタを基板の端の細長い領域に置き、 その領域と基板本体の間に GND ビアの列を並べることである。
ケーブルを含めないと評価できない
これは emsim シリーズ 19 章でも強調した点である。 完璧な基板でも、ケーブル 1 本が CM 電流を運べば、そのケーブルが効率の良いアンテナになる。 EMC の見積り・解析では、ケーブルを必ず含める。
5. 立ち上がりを必要以上に速くしない
放射は周波数の高次成分から出る。方形波のスペクトルは、
\(f_2\) より上では、スペクトルは −40 dB/dec で落ちる。 つまり\(f_2\) を下げれば、高い周波数の成分が一気に減る。
\(t_r\) を 2 倍にすれば \(f_2\) は半分になり、 その上の帯域の放射は 6 dB 減る(\(f_2\) より上の包絡線は \(1/t_r\) に比例するため)。
| 手段 | 効果 |
|---|---|
| IC のドライブ強度設定を下げる | 設定を変えるだけ。タダ |
| 直列抵抗(22〜33 Ω)を入れる | 部品 1 個。反射対策も兼ねる(10 章) |
| クロック周波数を下げる | 機能に影響 |
| スペクトラム拡散クロック(SSC) | ピークを分散。規格が許す場合 |
「速いほうが良い」わけではない.
タイミングに余裕があるなら、エッジは遅いほうが良い。 立ち上がりを遅くして困るのは、それが本当に必要な高速信号だけである。
汎用 I/O、LED 駆動、リセット、低速シリアル—— これらを最速設定で駆動する理由は 1 つもない。 出荷直前に EMC で困る前に、設計時に落としておく。
6. アートワーク段階の EMC チェックリスト
- ☐ 基準面が連続しているか。スリットを横切る信号はないか(08 章)
- ☐ 層を移る高速信号に、リターンビアが添えられているか(12 章)
- ☐ スイッチング電源の入力ループが最小か
- ☐ デカップリングが電源ピンの直近にあるか(14 章)
- ☐ クロックが最短で、基準面の上を、他の信号から離れて通っているか(16 章)
- ☐ コネクタが 1 か所にまとまっているか
- ☐ コネクタ周りの GND が強化され、フィルタの前後が離れているか
- ☐ 基板端にビアフェンスがあるか(13 章)
- ☐ 表層ベタがスティッチングされているか、浮いた銅がないか(13 章)
- ☐ 不要に速いエッジを使っていないか。ドライブ強度を落とせないか
- ☐ 細長い導体(λ/4 になる長さ)を作っていないか
ループ面積と放射を見る
ループ面積・電流・周波数を動かすと、DM 放射と CM 放射の予測値が 規格のリミット線と一緒に表示される。 CM がいかに少ない電流で規格を超えるかを、目で確認してほしい。