Chapter 08
グラウンドの設計 — 「分割」がほとんどの場合に間違いである理由
この章のゴール.
「グラウンドは分けるべきか」という、基板設計で最も繰り返される問いに、 リターン電流の物理から答えられるようになること。
結論を先に言う。高周波では、分けてはいけない。 その理由を、式と図と実験で納得するのがこの章である。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). スルーホール(03 章 3 節)、GND(05 章 3 節)、電源(05 章 3 節)
1. リターン電流 — 電流は必ず環を作る
キルヒホッフの電流則が言っているのは、要するにこうである。
出ていった電流は、必ず同じ量だけ戻ってくる。
信号線に 10 mA 流れたなら、どこかを 10 mA が逆向きに流れている。 その「どこか」がリターンパス(帰路)であり、 基板ではふつう信号線のすぐ近くにあるグラウンド面がそれを担う。
問題は、リターン電流がどの経路を通るかは、設計者が決めるのではなく物理が決めることである。
2. リターン電流はどこを通るか — 周波数が決める
電流は、インピーダンスが最も低い経路を通る。 グラウンド面という「広い導体」の上では、経路の候補は無数にある。 その中でどれが選ばれるかは、周波数で変わる。
低い周波数(直流〜数 kHz)
インピーダンスは抵抗で決まる。抵抗は経路が短く太いほど小さい。 だから電流は最短距離を通り、面全体に広がる。
高い周波数(数百 kHz 以上)
インピーダンスはインダクタンスで決まる。
そしてインダクタンスは、行きの電流と帰りの電流が囲むループの面積にほぼ比例する。
したがって、高い周波数のリターン電流は ループ面積が最小になる経路——つまり信号線の真下を通る。
これは「選んでいる」のではなく、そうなるしかない.
導体の中の電流分布は、全体の消費エネルギーが最小になるように自然に決まる。 高周波では磁界に蓄えられるエネルギー(=インダクタンス)が支配的なので、 ループ面積が最小になる分布に落ち着く。 設計者が「ここを通れ」と指示することはできない。 できるのは、通ってほしい経路を、最も低インピーダンスにしておくことだけである。
移行する周波数の目安は、経路の抵抗とインダクタンスが等しくなる点である。
グラウンド面上の典型的な値(幅の広い面なので \(R\) は小さく \(L\) は約 1 nH/mm)を入れると、 数十 kHz〜数百 kHz で移行する。 つまり、オーディオ帯より上の信号は、すべて「真下を通る」側の世界にいる。
3. だから、グラウンドを分割してはいけない
ここまでの話から、結論が自動的に出る。
グラウンド面にスリット(切れ目)を入れ、その上を信号線が横切ると、 リターン電流は真下を通れなくなり、スリットの端まで大回りする。
その結果、何が起きるか。
| 起きること | 中身 |
|---|---|
| ループ面積が激増する | インダクタンスが増え、信号が鈍り、リンギング(波形の振動)が出る |
| 放射が増える | ループはアンテナである。EMC 試験で落ちる主要因(19 章) |
| クロストークが増える | 迂回した電流が、他の信号の帰路と同じ場所を通る(共通インピーダンス結合) |
| スリットの両側に電位差が出る | その電位差がケーブルに乗り、ケーブルがアンテナになる |
数値で見る.
幅 20 mm のスリットを横切る信号を考える。 真下を通れれば、ループは信号線と面の距離(0.2 mm)× 配線長 だけ。 迂回すると、ループは 20 mm × 迂回距離 に膨れる——面積で 100 倍のオーダー。
インダクタンスもおおよそその比で増え、 立ち上がり 1 ns の信号(実効帯域 350 MHz、16 章)に対して \(2\pi f L\) が数十 Ω 級の直列インピーダンスとして効いてくる。 50 Ω の線路に数十 Ω が割り込む——波形は当然壊れる。
「アナロググラウンドとデジタルグラウンドを分ける」という古い作法
かつて広く教えられ、いまも残っている作法だが、現代の基板では多くの場合に有害である。
背景を説明する。この作法が生まれたのは、 リターン電流が面全体に広がる低周波の時代の話である。 そこでは「デジタルの大電流がアナログの帰路を通ると、共通の抵抗に電圧が生じてノイズになる」 という共通インピーダンス結合が主要な問題で、分けることに意味があった。
現在は事情が違う。
| 昔(〜数 MHz) | 今(数十 MHz〜) |
|---|---|
| リターンは面全体に広がる | リターンは信号線の真下に集中する |
| 分けると干渉が減る | 分けると信号がスリットを越えられなくなる |
| 支配的なのは共通抵抗 | 支配的なのはループインダクタンスと放射 |
正しい原則: グラウンドは 1 枚の連続した面にする.
分離のかわりに、配置で分ける(07 章)。 アナログ部品はアナログ領域に、デジタル部品はデジタル領域にまとめて置く。 グラウンド面は切らない。 そうすれば、それぞれのリターン電流はそれぞれの回路の真下を流れ、自然に分離される。
「電流は自分が来た道の真下を帰る」——これが分離の実体である。 銅を切る必要はない。
4. それでも分ける場合
例外はある。分けるべき場合は、はっきり限定される。
| 場合 | 理由 | 条件 |
|---|---|---|
| 絶縁が必要(アイソレーション) | 安全規格・医療・通信の絶縁。電気的につないではいけない | フォトカプラ(光で信号を渡し、電気的にはつながらない部品)や絶縁 IC で信号を渡す。スリットを信号線が横切らない |
| 極端に微小な信号 | 24 bit ADC の入力など、µV 級 | 1 点で接続。かつ高周波が乗らない領域に限る |
| 大電流のリターンが敏感な回路を通る | モータ電流が ADC の帰路を通る | 配置で解決するほうが良い。分割は最後の手段 |
分けると決めたら、鉄則は 1 つ。
スリットの上を、信号線が絶対に横切らないこと。
横切る必要があるなら、そもそも分けてはいけない。 どうしても渡すなら、
- 絶縁 IC で渡す(電流の環がそこで閉じる)
- 渡す 1 か所に橋(銅の接続)を作り、すべての信号をその橋の上に集める
のどちらかにする。「1 点接地」という言葉の実体はこれである。 点でつなぐことに意味があるのではなく、 リターン電流の道を 1 か所に集約して管理することに意味がある。
5. リターンパスを切らない配線の作法
グラウンド面を分割しなくても、面に穴が空くことはある。
| 穴の原因 | 対策 |
|---|---|
| ビアの列が並んで面を横断している | ビアの配置をずらす、または面の連続を確認する |
| コネクタのスルーホールが並んでいる | 面のクリアランスを最小にする、面を回り込ませる |
| 面の層に配線を通してしまった | その配線を別の層に移す。面は面のままにする |
また、信号が層を移るときはリターンも層を移る必要がある。
- L1(基準面 L2)から L4(基準面 L3)へビアで移ると、リターン電流は L2 から L3 へ移らねばならない
- L2 と L3 がどちらも GND なら、近くに GND どうしをつなぐビア(スティッチングビア)があれば移れる
- L2 が GND、L3 が電源なら、その 2 面をつなぐのはコンデンサしかない(交流的には短絡だが、コンデンサ自身のインダクタンスが乗る)
層を変える高速信号のそばには、必ずリターン用のビアを置く.
信号ビアから 1〜2 mm 以内に GND ビアを 1 本。これだけで波形が目に見えて変わる。 忘れると、信号ビアの周りで帰り道を探して電流が広がり、 そこが放射源になる(12 章、19 章)。
グラウンドを切ってみる
スリットの位置と幅を変えると、リターン電流の経路・ループ面積・ そこから見積もったインダクタンスと放射が変わる。 「切ると何が起きるか」を目で見て確認してほしい。
6. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| リターン電流 | 出た電流は必ず戻る。経路は物理が決める |
| 周波数依存 | 低周波は最短距離(抵抗最小)、数百 kHz 以上は信号線の真下(インダクタンス最小) |
| 分割が有害な理由 | スリットを横切ると帰り道が大回りし、ループ面積・放射・クロストークが激増する |
| 正しい分離 | 銅を切るのではなく配置で分ける。電流は自分の真下を帰るので自然に分離される |
| 例外 | 絶縁が要る場合。ただしスリットを信号線が横切らないことが絶対条件 |
| 層を移るとき | 信号ビアの 1〜2 mm 以内に GND ビア。基準面が GND と電源ならコンデンサが要る |