Chapter 11
差動ペアと等長配線 — 2 本を 1 本として扱う
この章のゴール.
差動配線の「間隔」「等長」「スキュー」という 3 つの制約を、 何のためにあるのかから説明できるようになること。 そして、どこまで厳しくすべきかを数字で判断できるようになること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FR-4(02 章 3 節)、GND(05 章 3 節)、要求(05 章 5 節)、現実的(10 章 4 節)
1. 差動信号とは何か、なぜ強いのか
差動信号(differential signal)は、 1 つの情報を 2 本の線の電圧の差 で伝える方式である。
2 本には、大きさが同じで向きが逆の信号を流す。 これに対し、1 本の線と GND の間の電圧で伝えるのがシングルエンドである。
差動が強い理由は 3 つある。
| 理由 | 中身 |
|---|---|
| 同相ノイズが消える | 外来ノイズは 2 本に同じだけ乗る。差を取れば消える |
| 放射が小さい | 2 本の電流が逆向きなので、遠くでは磁界が打ち消し合う(19 章) |
| 基準がいらない | GND の電位がずれても、2 本の差は保たれる |
「同相」と「差動」という 2 つのモード.
2 本の線には、独立な 2 通りの電圧の乗り方がある。
- 差動モード(DM): \(V_+ = +v\)、\(V_- = -v\)。これが信号
- 同相モード(CM): \(V_+ = V_- = v\)。これがノイズ(19 章)
任意の状態はこの 2 つの和で書ける: \(V_{DM} = V_+ - V_-\)、\(V_{CM} = (V_+ + V_-)/2\)。
差動配線の設計とは、要するに 「DM をきれいに伝え、CM を生ませない」ための寸法決めである。
2. 差動インピーダンス — 100 Ω とは何の値か
2 本の線が近づくと、互いに電磁的に結合する。 そのため、2 本まとめて見たインピーダンスは、 1 本ずつのインピーダンスの単純な 2 倍にはならない。
| 記号 | 名前 | 意味 |
|---|---|---|
| \(Z_0\) | 単独のインピーダンス | 相手がいないときの 1 本の値 |
| \(Z_{\text{odd}}\) | 奇モードインピーダンス | 差動で駆動したときの1 本あたりの値 |
| \(Z_{\text{diff}}\) | 差動インピーダンス | \(Z_{\text{diff}} = 2 Z_{\text{odd}}\) |
| \(Z_{\text{even}}\) | 偶モードインピーダンス | 同相で駆動したときの 1 本あたりの値 |
結合があるので \(Z_{\text{odd}} < Z_0 < Z_{\text{even}}\) となる。
したがって、100 Ω 差動を作りたいなら、1 本を 50 Ω にしてから近づけてはいけない。 近づけた時点で \(Z_{\text{odd}}\) が 50 Ω より下がり、\(Z_{\text{diff}}\) が 100 Ω を割る。 間隔を決めたうえで、その間隔での線幅を求める必要がある。
| 目標 | 典型的な寸法(FR-4、\(h\)=0.1 mm、外層、1 oz) |
|---|---|
| 100 Ω 差動 | 線幅 0.13 mm / 間隔 0.13 mm 程度 |
| 90 Ω 差動(USB) | 線幅 0.15 mm / 間隔 0.13 mm 程度 |
| 85 Ω 差動(PCIe の一部) | 線幅 0.16 mm / 間隔 0.13 mm 程度 |
(代表値である。実際の寸法はメーカの標準スタックアップの計算値を使うこと。)
3. 間隔をどう決めるか — 「結合」と「独立」の 2 つの流儀
差動ペアの間隔(\(s\))の決め方には、2 つの考え方がある。
① タイトカップリング(強結合)— \(s\) を小さく
\(s \approx w\) 程度まで近づける。
| 利点 | 欠点 |
|---|---|
| 放射が小さい(19 章) | 間隔の製造ばらつきがインピーダンスに直接効く |
| 外来ノイズに強い | 線幅が細くなり、損失が増える |
| 配線幅を取らない | 隣接した障害物(ビア、他の配線)の影響を受けやすい |
② ルースカップリング(弱結合)— \(s\) を大きく
\(s > 3w\) 程度。各線がほぼ独立に \(Z_0 \approx Z_{\text{diff}}/2\) で振る舞う。
| 利点 | 欠点 |
|---|---|
| インピーダンスが安定(ばらつきに強い) | 放射が増える |
| 線幅を太くできる(損失が減る) | 配線幅を取る |
| 片方だけ迂回しても影響が小さい | 外来ノイズに弱い |
どちらが正しいかは、目的で決まる.
- EMC が厳しい/短距離 → タイト
- 長距離で損失が問題/製造ばらつきを抑えたい → ルース
- 迷ったら、IC メーカのリファレンスデザインに従う。 高速インタフェースは規格側で推奨寸法が示されていることが多い(16 章)
どちらにせよ、ペアの間隔は途中で変えない。変えるとそこで反射する。
他の信号との間隔については、経験則がある。
差動ペアと他の配線の間隔は、ペア間隔の 4〜5 倍以上空ける。
これは「隣の配線が、ペアの片方だけに強く結合するのを防ぐ」ためである。 片方だけにノイズが乗ると、それは差動信号そのものになってしまい、消えない。
4. 等長配線 — スキューという敵
2 本の長さが違うと、信号の到着時刻がずれる。このずれがスキュー(skew)である。
スキューが引き起こすことは 2 つ。
| 結果 | 中身 |
|---|---|
| アイの縮小 | 差の波形の立ち上がりが鈍り、判定の余裕(アイの開き)が減る |
| 同相成分の発生 | ずれている間、\(V_+ + V_-\) がゼロにならない。これが CM ノイズ源になり、放射する(19 章) |
2 つめが本質的に重要である。スキューは差動の最大の利点を壊す。
どこまで揃えるか
規格が指定している場合はそれに従う。指定がない場合の目安は、
FR-4 の遅延を約 6.5 ps/mm とすると、長さに換算して
| 立ち上がり時間 \(t_r\) | 許容スキュー | 長さ差 |
|---|---|---|
| 1 ns | 100 ps | 約 15 mm |
| 500 ps | 50 ps | 約 7.7 mm |
| 200 ps | 20 ps | 約 3 mm |
| 50 ps(10 Gbps) | 5 ps | 約 0.8 mm |
「0.1 mm まで揃えろ」は、多くの場合やりすぎである.
USB 2.0(480 Mbps、\(t_r\) ≈ 500 ps)で、許容は 7 mm 級。 ここに 0.1 mm 精度を要求しても意味がない。 一方 PCIe Gen4(16 GT/s。GT/s=1 秒あたり 10 億回の転送)では 0.1 mm 級が本当に効く。
規格書か IC のデザインガイドが指定する値を使い、 なければ \(t_r/10\) から逆算する。 感覚で厳しくするとコストと工数だけが増える。
長さを合わせる方法 — サーペンタイン
短い側を蛇行させて長さを稼ぐ。これをサーペンタイン(serpentine、蛇行配線)と呼ぶ。
作法がある。
| 項目 | 目安 | 理由 |
|---|---|---|
| 蛇行の間隔 | 線幅の 3 倍以上(\(s \ge 3w\)) | 蛇行部分が自分自身と結合すると、そこだけ実効的な遅延が減り、狙った長さにならない |
| 蛇行の位置 | ずれが生じた場所のすぐ近く | 遠くで補正すると、その間の区間で CM が発生し放射する |
| 蛇行の形 | 45° または円弧 | 直角の連続は避ける(09 章) |
| 振幅 | 小さく、回数を多く | 局所的な不連続を小さく保つ |
補正は「発生源の近く」で行う.
ペアが分かれてビアを避け、そこで 3 mm ずれたなら、 その直後で 3 mm 戻す。 受信側の手前でまとめて補正すると、 ずれたまま走った区間ぜんぶが CM ノイズの発生源になる。
5. ガラス織り効果 — 「揃えたのに合わない」
02 章で触れた話が、ここで実害になる。
FR-4 はガラス繊維の織り布である。 繊維の束(\(\varepsilon_r \approx 6\))と、束の間の樹脂だけの領域(\(\varepsilon_r \approx 3\))が、 数百 µm の周期で交互に並んでいる。
差動ペアの 2 本が、たまたま一方は繊維の上、他方は樹脂の上を走ると、 物理長は完全に同じでも、遅延が違う。 10 Gbps 級では、これだけで数 ps〜十数 ps のスキューが生じ得る。
対策は 3 つ。
| 対策 | 中身 | コスト |
|---|---|---|
| 配線を斜めに引く(ゾーンルーティング) | 織り目に対して 10°〜20° 傾けて走らせ、両方の線が繊維と樹脂を均等に通るようにする | 設計工数のみ。最も現実的 |
| 基板を斜めに面付けする | パネル上で基板全体を数度回転させる | 面付け効率が落ちる(23 章) |
| 均一な材料を使う | スプレッドガラス(繊維を平たく広げた布)や不織布系の材料 | 材料費 |
10 Gbps 未満では通常は問題にならない。「高速なら常に気にする」ものではない。
6. その他の作法
- ビアは 2 本同時に、対称に置く。 片方だけビアを通すと、そこで大きなスキューと不連続が生じる
- 基準面をまたがない。 差動でもリターン電流は流れる。特に CM 成分は基準面を通る(08 章)
- ペアの間に他の配線を通さない。 結合が壊れ、CM に変換される
- AC カップリングコンデンサは 2 本とも同じ位置に、対称に置く。 位置がずれるとスキューになる
- コネクタとビアの周りが最大の不連続。 ここでインピーダンスが乱れる(12 章)
差動ペアとスキューを見る
線幅と間隔から差動インピーダンスを出し、スキューを与えたときに 差動波形と同相成分がどう変わるかを見られる。 「スキューが同相ノイズを作る」を目で確認してほしい。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 差動の強み | 同相ノイズが消える、放射が小さい、GND の変動に強い |
| \(Z_{\text{diff}}\) | \(2 Z_{\text{odd}}\)。近づけると下がるので、間隔を決めてから線幅を出す |
| 間隔の流儀 | タイト(放射小・ばらつき大)/ルース(安定・放射大)。目的で選ぶ |
| 他の配線との間隔 | ペア間隔の 4〜5 倍以上 |
| スキュー | \(t_r/10\) が目安。同相ノイズを生むことが本質的な害 |
| サーペンタイン | 蛇行間隔は線幅の 3 倍以上、ずれた場所のすぐ近くで補正 |
| ガラス織り効果 | 10 Gbps 級で顕在化。配線を斜めに引くのが最も現実的 |