Chapter 15
クロストークと配線間隔 — 「3W 則」の根拠を知る
この章のゴール.
配線間隔の経験則(3W 則)が、何を仮定した、どれくらいの効果の話なのかを 説明できるようになること。 そして、近端と遠端でクロストークの性質が違うこと、 層構成のほうが間隔より効くことを理解すること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FR-4(02 章 3 節)、GND(05 章 3 節)、電源(05 章 3 節)、リンギング(10 章 1 節)
1. クロストークとは — 2 つの結合
クロストーク(crosstalk)とは、ある配線(加害者、aggressor)の信号が、 隣の配線(被害者、victim)に漏れ移る現象である。
漏れ方は 2 通りある。
| 結合 | 物理 | 何に比例するか |
|---|---|---|
| 容量結合(\(C_m\)) | 2 本の導体の間に電界ができる | \(dV/dt\)(電圧の変化率) |
| 誘導結合(\(L_m\)) | 加害者の電流が作る磁界が被害者を貫く | \(dI/dt\)(電流の変化率) |
被害者に誘起される電流・電圧は、
どちらも「変化率」に比例する——ここが決定的である。 だからクロストークは、周波数ではなく立ち上がりの速さで決まる(10 章と同じ構図)。
2. 近端と遠端 — 向きが違う
被害者の線には、誘起された信号が両方向に伝わる。 加害者の送信端に近い側を近端(NEXT: Near-End Crosstalk)、 遠い側を遠端(FEXT: Far-End Crosstalk)と呼ぶ。
面白いことに、この 2 つは性質が全く違う。
| 近端(NEXT) | 遠端(FEXT) | |
|---|---|---|
| 極性 | 加害者と同じ極性(正) | 加害者と逆極性(負)が一般的 |
| 波形 | 幅の広いパルス(往復時間ぶん続く) | 鋭いパルス(\(t_r\) 程度の幅) |
| 結合長が伸びると | 飽和する(ある長さ以上で増えない) | 長さに比例して増え続ける |
| ストリップラインでは | 残る | 理論上ゼロになる |
なぜ FEXT はストリップラインで消えるのか
容量結合と誘導結合は、遠端では逆符号になる。 両者が完全に打ち消し合えば FEXT はゼロになる。
打ち消しが完全になる条件は、容量結合の比と誘導結合の比が等しいこと、すなわち
これは「線の周りの誘電体が均一である」ときに成り立つ。
| 構造 | 誘電体 | FEXT |
|---|---|---|
| ストリップライン(内層) | 上下とも FR-4 で均一 | ほぼゼロ |
| マイクロストリップ(外層) | 上は空気、下は FR-4 で不均一 | 残る |
これは実務上とても大きい.
長い距離を並走させる必要がある高速バス(DDR のアドレス線など)は、 内層(ストリップライン)に通すだけで FEXT がほぼ消える。
「間隔を広げる」より「層を変える」ほうが効く、という判断が成立する場面である。 一方 NEXT は内層でも残るので、 送信端どうしが隣り合う配置(双方向バス、隣接するドライバ)では別途注意が要る。
3. 何で決まるか — 距離と、基準面までの高さ
結合の強さは、およそ次の形で効く。
\(s\) = 配線間の距離、\(h\) = 配線から基準面までの高さ、\(k\) は構造で決まる定数(マイクロストリップで概ね 1 前後)。
重要なのは、\(s\) 単独ではなく \(s/h\) の比で決まることである。
| \(s/h\) | 相対的な結合の目安 |
|---|---|
| 1 | 50 % |
| 2 | 20 % |
| 3 | 10 % |
| 4 | 6 % |
| 5 | 4 % |
「基準面を近づける」は、間隔を広げるのと同じ効果を持つ.
\(h\) を半分にすれば \(s/h\) が 2 倍になり、結合は 1/4 程度に減る。 つまり L1–L2 を 0.2 mm から 0.1 mm にするだけで、 配線間隔を 2 倍にしたのと同じ効果が得られる。
しかも \(h\) を薄くすると \(Z_0\) を取るのに線幅が細くなり、配線が入りやすくなる。 05 章で「L1–L2 は薄く」と言った 3 つめの理由がこれである。
4. 3W 則 — 経験則の正体
広く使われている経験則がある。
3W 則: 配線の中心間距離を、線幅 \(W\) の 3 倍以上空ける。
中心間 \(3W\) ということは、エッジ間の隙間は \(2W\) である。
この規則が意味を持つのは、\(h \approx W\) という典型的な条件のときである。 50 Ω マイクロストリップでは \(w/h\) がおよそ 1.8 なので、 エッジ間 \(2W\) は \(s/h \approx 3.6\) に相当し、結合はおよそ 5〜10 % になる。
つまり 3W 則は、
- 「典型的な 50 Ω マイクロストリップで」
- 「結合を 10 % 以下に抑えたい」
という条件での目安であって、普遍の法則ではない。
| バリエーション | 意味 |
|---|---|
| 2W | 結合 20 % 程度。低速・非クリティカルな信号に |
| 3W | 結合 10 % 程度。既定 |
| 5W | 結合 4 % 程度。敏感な信号、アナログとデジタルの間 |
| クロック・高速線は特別扱い | ガードや層分離を併用 |
3W を「エッジ間」と誤解している例が非常に多い.
元の規則は中心間である。エッジ間 3W と解釈すると、実際より広く空けることになる。 損はしないが、配線密度を無駄に犠牲にする。 社内で用語を統一しておくことをおすすめする。
5. その他の対策
ガードトレース
被害者と加害者の間に GND の配線を挟む方法。
ただし条件がある。
ガードトレースは、両端と途中を GND ビアで落として初めて機能する.
落とさないガードトレースは浮いた導体で、 加害者から結合を受けて、それを被害者に渡す——中継器になる。 対策のつもりが悪化させる、という典型的な失敗である。
ビアの間隔は λ/10 以下(13 章と同じ考え方)。 高速信号に対しては 5 mm 以下が目安になる。
そして正直なところ、ガードトレースを 1 本入れるより、 その幅ぶん間隔を空けるほうが効果が大きいことが多い。 ガードが有効なのは「間隔を空ける場所がなく、かつ確実にビアで落とせる」場合である。
平行に走らせる長さを制限する
結合は並走した長さに比例して増える(NEXT は飽和するが、FEXT は増え続ける)。
- 交差させる(直交させれば結合はほぼゼロ)
- 隣接層は配線方向を直交させる(09 章)
- 長い並走が避けられないなら、間隔を広げるか層を分ける
層で分ける
最も強力な対策である。
| 方法 | 効果 |
|---|---|
| 加害者と被害者を別層に、間に GND 面を挟んで配置 | 結合はほぼゼロ |
| 隣接層の同じ位置に重ねて配置 | 最悪。面積が大きく最も強く結合する |
隣接する 2 つの配線層で、配線が真上に重なるのが最悪という点に注意。 基準面のない配線層どうしを隣接させないこと(05 章)。
6. 許容値の考え方
どこまで許すかは、被害者のノイズマージンで決まる。
たとえば 3.3 V CMOS で、 入力の High しきい値 2.0 V、出力の High 最小 2.4 V なら、マージンは 0.4 V。 複数の加害者からの合算と、他の要因(リンギング、電源変動)も考えると、 1 本あたり 5 % 程度(165 mV)に抑えるのが妥当な設計である。
加害者は 1 本とは限らない.
バスでは、両隣が同時に切り替わる。 さらに斜め上の層からも来る。 同時に切り替わる本数ぶんが足し合わさることを見込むこと。 「1 本ずつなら 5 % だから大丈夫」で、実際は 20 % だった、というのはよくある。
クロストークを見積もる
線幅・間隔・基準面までの高さ・並走長・立ち上がり時間を動かすと、 NEXT と FEXT の大きさが出る。 \(s\) を広げるのと \(h\) を薄くするのが同じくらい効くことを確かめてほしい。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 2 つの結合 | 容量結合(\(dV/dt\))と誘導結合(\(dI/dt\))。立ち上がりが速いほど強い |
| NEXT | 同極性、幅広、長さで飽和。内層でも残る |
| FEXT | 逆極性、鋭い、長さに比例。ストリップラインではほぼ消える |
| 決まる量 | \(s\) 単独でなく \(s/h\)。基準面を近づけるのは間隔を広げるのと同等 |
| 3W 則 | 中心間 3W。典型的な 50 Ω 線で結合 10 % 程度という目安 |
| ガードトレース | λ/10 以下でビア接地しないと逆効果。空けられるなら空けるほうが良い |
| 最悪の配置 | 隣接する 2 配線層で、配線が真上に重なる |