Chapter 17
アナログと混載基板 — µV を守るための配置
この章のゴール.
「アナログとデジタルを分ける」を、銅を切ることではなく配置で行うという、 08 章の原則を実際の設計手順に落とすこと。 そして ADC の周りという、最も失敗しやすい場所の作法を身につけること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). GND(05 章 3 節)、電源(05 章 3 節)、コンデンサ(12 章 3 節)、容量結合(15 章 1 節)
1. アナログ回路が守るべきもの
デジタル回路が「1 か 0 か」を守ればよいのに対し、 アナログ回路は電圧の絶対値そのものが情報である。
| 系 | 1 LSB(最小分解能)の電圧 |
|---|---|
| 12 bit ADC、フルスケール(測定範囲の全幅)3.3 V | 0.81 mV |
| 16 bit ADC、フルスケール 3.3 V | 50 µV |
| 24 bit ADC、フルスケール 5 V | 0.3 µV |
0.3 µV ——これは、幅 0.2 mm・長さ 10 mm の 1 oz 配線(25 mΩ)に 12 µA が流れただけで生じる電圧である。
アナログでは「GND」が電位ではなく、場所の名前になる.
基板上の 2 点の GND の間には、必ず何らかの電圧がある。 デジタルなら数十 mV は誤差の内だが、24 bit ADC にとっては10 万 LSB を超える誤差である(50 mV ÷ 0.3 µV ≈ 1.7 × 10⁵)。
だから設計では、 「どの点を基準とするか」を決めて、その点からの電位差を管理する という考え方をする。
2. 分けるのは「銅」ではなく「配置」
08 章の結論を繰り返す。グラウンド面は 1 枚のままにして、配置で分ける。
手順は次のとおり。
- 基板を領域に分ける(線を引くだけ。銅は切らない)
- デジタル領域(MCU、メモリ、高速 IF)
- 電源領域(スイッチング電源)
- アナログ領域(センサ入力、アンプ、基準電圧)
- ADC はアナログ領域の、デジタル側の端に置く
- 各領域の部品を、その領域の中だけに置く
- 領域をまたぐ信号は、決められた 1 か所を通す
- グラウンド面は連続させる
こうすると、各回路のリターン電流はそれぞれの領域の真下を流れ、 銅を切らなくても自然に分離される。
なぜこれで分離されるのか、もう一度.
08 章のとおり、リターン電流は自分の行きの配線の真下を流れる。 デジタル回路の電流は、デジタル領域の下の面を流れる。 アナログ回路の電流は、アナログ領域の下の面を流れる。
両者が重なるのは、領域が重なっている場合だけである。 だから配置で重ならないようにすれば、それで分離は完成している。
3. ADC の周り — 最も失敗しやすい場所
ADC(アナログ・デジタル変換器)は、 アナログとデジタルが同じパッケージの中で出会うため、設計が最も難しい。
向きと配置
- ADC をアナログ領域とデジタル領域の境界に置く
- アナログピンがアナログ側を、デジタルピンがデジタル側を向くように回転させる
- アナログ入力の経路(センサ → フィルタ → バッファ → ADC)を一直線にする
AGND ピンと DGND ピンの扱い
ADC には AGND(アナロググラウンド)と DGND(デジタルグラウンド)のピンが分かれていることがある。 これをどうつなぐか——多くの場合、両方とも同じ GND 面に直接落とすのが正解である。
データシートに「AGND と DGND を分離し 1 点で接続」と書いてある場合.
この記述は、IC の内部で AGND と DGND がつながっていない古い設計に由来する。 分離した面を作り、IC の直下で 1 点接続する、という指示が多い。
必ずデータシートの推奨に従うこと。 ここは自己判断してはいけない領域である。 現代の多くの ADC は「両方とも 1 枚の GND 面に落とせ」と明記している。 どちらの流儀の IC かを確認するのが設計者の仕事であり、 「昔こうだった」で決めるのが最悪である。
基準電圧(リファレンス)
ADC の変換結果は、基準電圧にそのまま比例する。 基準が 0.1 % ずれれば、測定値も 0.1 % ずれる。
| 項目 | 作法 |
|---|---|
| 基準 IC の位置 | ADC のすぐ隣 |
| 配線 | 短く、太く。他の信号から離す |
| デカップリング | データシート指定の容量をADC のピンの直近に |
| 電流経路 | 基準電圧のリターンが、他の電流と共用の経路を通らないように |
| 熱 | 発熱源から離す(基準 IC は温度係数を持つ) |
アナログ入力の配線
- 可能な限り短く。長い配線はノイズのアンテナ
- クロックやデジタル線から離す(5W 以上、15 章)
- 層をまたがない(またぐならリターンビアを添える)
- 高インピーダンスのノード(センサ直後、フィルタの節点)を特に短く
- 必要ならガードリング(後述)
4. ガードリングとガードトレース
高インピーダンスのノード(たとえば pA 級の電流を扱う入力)では、 基板表面の漏れ電流が誤差になる。 湿気や汚れで、表面の絶縁抵抗は \(10^{12}\ \Omega\) 程度まで落ちる。
対策がガードリングである。
- 高インピーダンスノードの周囲を、そのノードとほぼ同電位の導体で囲む
- 電位が同じなら、その間に電圧がかからず、漏れ電流が流れない
- 同電位を作るには、オペアンプ(差を増幅する汎用のアナログ IC)の出力(バッファ)を使う
- 表裏両面に設ける(表面漏れは裏面でも起きる)
GND で囲むのではないという点が重要である。 GND で囲むと、電位差ができるので漏れ電流はむしろ増える(ただし静電シールドにはなる)。 用途によって使い分ける。
| 目的 | 囲む電位 |
|---|---|
| 漏れ電流の遮断 | ノードと同電位(バッファ出力) |
| 静電・ノイズのシールド | GND |
5. スイッチング電源との共存
基板上で最も強いノイズ源は、たいていスイッチング電源である。
| 対策 | 中身 |
|---|---|
| 物理的に離す | 最も効果的で最も安い |
| 入力ループを最小化 | ノイズはここで生まれる。入力コンデンサをスイッチの直近に(19 章) |
| スイッチノード(SW)の面積を最小に | 電圧が激しく振れる導体。小さいほど放射が減る |
| インダクタの向き | 磁束が敏感な回路を向かないように |
| 出力に LC フィルタ、アナログ用に LDO(Low Drop-Out、低損失の直線型レギュレータ)を追加 | 電源側で落とす |
| 間に GND ビアの列 | 表層のノイズ結合を遮る(13 章) |
スイッチノードは「小さく、かつベタで覆わない」.
スイッチング素子とインダクタをつなぐノード(SW)は、 数十 V が数 ns で振れる基板上で最も激しい導体である。
- 面積を最小に(幅は電流に必要なぶんだけ、長さは最短)
- その真上・真下・隣に敏感な配線を通さない
- ベタで囲まない(囲むと容量結合で GND にノイズが乗る)
一方、入力コンデンサ → スイッチ → GND のループは最小にする。 「小さくするもの」と「近づけるもの」を取り違えないこと。
6. 混載基板の設計手順
- 信号を分類する: 高速デジタル / 低速デジタル / 電源 / アナログ小信号 / 基準
- 領域を紙の上で決める(配線前、配置前)
- 境界をまたぐ信号を数え、通す場所を 1 か所に決める
- 配置(07 章の順序)
- アナログ領域を先に配線する(自由度が高いうちに最短経路を取る)
- デジタルを配線
- ベタは 1 枚のまま流し、スティッチング(13 章)
- 見直し: アナログ配線の下に、デジタルのリターンが流れていないか
アナログを先に引く.
デジタルを先に引くと、残った隙間にアナログを押し込むことになり、 長く、遠回りで、ノイズ源の隣を通る配線ができあがる。
本数が少なく、要求が厳しいものを先に引く——これは配線一般の原則でもある。
アナログ部の配置を決める
領域の割り当てとADC の向きを変えると、 デジタルのリターン電流とアナログ配線の重なりが可視化される。 「配置だけで分離できる」ことを確認してほしい。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 桁の感覚 | 24 bit の 1 LSB は 0.3 µV。25 mΩ に 12 µA でその電圧になる |
| 分離の方法 | 銅を切らず、配置で分ける。リターンは自分の真下を帰るので自然に分離される |
| ADC | 領域の境界に、アナログピンがアナログ側を向くように置く |
| AGND/DGND | データシートの推奨に従う。自己判断しない |
| 基準電圧 | ADC の隣、短く太く、デカップリングは直近、熱源から離す |
| ガードリング | 同電位で囲むと漏れ電流が止まる。GND で囲むのはシールド目的 |
| スイッチング電源 | 入力ループは最小に、スイッチノードは面積最小。両者を混同しない |
| 手順 | 領域を先に決め、アナログから配線する |