EM Simulation 19 · EMC とシールド — 漏れる経路を先に見つける

Chapter 19

EMC とシールド — 漏れる経路を先に見つける

この章のゴール.

差動電流とコモンモード電流の放射の差を数式で理解すること。 シールド効果の 3 成分を分解でき、なぜスリット 1 本でシールドが台無しになるかを説明できること。 そして EMC 解析を「試験の前」に使うための現実的な進め方を知ること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FDTD(01 章 5 節)、シミュレーション(01 章 3 節)、モデル化誤差(01 章 4 節)、実測(01 章 3 節)、表面(01 章 5 節)、得意(02 章 4 節)、EMC(08 章 6 節)、広い帯域(09 章 1 節)、寸法(10 章 1 節)、メッシュ(13 章 7 節)、時間領域(16 章 6 節)、整合(17 章 4 節)、筐体(17 章 5 節)

1. なぜ EMC で電磁界解析なのか

EMC(電磁両立性)の試験は製品ができてから行う。落ちれば設計をやり直すことになり、 手戻りのコストが最大級になる。

EMC 解析の価値は「経路の特定」にある放射エミッション製品から出る電波(30 MHz〜数 GHz)どこが放射しているか伝導エミッション電源・信号線に乗るノイズコモンモードの経路放射イミュニティ外部の電波で誤動作しないか筐体内部への侵入経路静電気(ESD)放電に耐えるか放電電流の経路・誘導電圧絶対値を ±3 dB で当てるのは難しいが、「スリットを埋めれば 10 dB 下がる」は十分な精度で出せる相対比較ならモデル化誤差の多くが両方の解析でキャンセルするからである
EMC 試験は製品ができてから行うので、落ちれば手戻りが最大級になる。だから「試験の前」に使う価値がある
EMC 試験中身解析で予測できること
放射エミッション製品から出る電波の強さ(30 MHz〜数 GHz)どの構造が放射しているか、シールドで何 dB 下がるか
伝導エミッション電源線・信号線に乗るノイズ(150 kHz〜30 MHz)コモンモード電流の経路、フィルタの効果
放射イミュニティ外部から電波を当てて誤動作しないか筐体内部への侵入経路、内部の場の強さ
静電気(ESD)放電に耐えるか放電電流の経路、誘導される電圧

EMC 解析の価値は「絶対値の予測」ではなく「経路の特定」にある.

試験で 3 dB 超過したときに、どこを直せばよいかを教えてくれるのが解析である。 絶対値を ±3 dB で当てるのは(モデル化誤差のため)難しいが、 「スリットを 1 本埋めれば 10 dB 下がる」という相対比較は十分な精度で出せる。 相対比較なら、モデル化誤差の多くが両方の解析でキャンセルするからである。

2. 放射の 2 つのモード — なぜコモンモードが主犯なのか

なぜコモンモードが放射の主犯なのかディファレンシャルモード(DM)行き帰り(逆向き)打ち消し合う → 放射が小さいコモンモード(CM)同じ向き同じ向き打ち消しがない → 放射が大きい100 MHz・ケーブル 1 m・距離 3 m で比較するとDM 20 mA(ループ 10 cm²) ≈ CM わずか 8 µA が、同程度の放射を生むコモンモードは、桁で 3 つ小さい電流で同じだけ放射する
「差動だから放射しない」は完全対称なら、という条件付き。わずかな非対称が CM を生み、それが放射を支配する
モード電流の向き放射
ディファレンシャルモード(DM)行きと帰りが逆向きループ面積 \(A\) に比例。打ち消し合うので小さい
コモンモード(CM)すべて同じ向き(帰りは大地や別経路を通る)電流と線長に比例。打ち消しがないので大きい

自由空間での放射電界の目安(距離 \(r\))は

\[ E_{\text{DM}} \approx 1.32\times10^{-14}\,\frac{f^2\,A\,I_{\text{DM}}}{r}, \qquad E_{\text{CM}} \approx 1.26\times10^{-6}\,\frac{f\,\ell\,I_{\text{CM}}}{r} \]

(\(f\) [Hz]、\(A\) [m²]、\(\ell\) [m]、\(I\) [A]、\(E\) [V/m]。)

数字で比較すると衝撃的である.

100 MHz、ケーブル長 1 m、距離 3 m で、 DM 電流 20 mA・ループ面積 10 cm² と CM 電流 わずか 20 µA が、同程度の放射を生む。

コモンモードは、桁で 3 つ小さい電流で同じだけ放射する。 「差動信号だから放射しない」は、完全に対称ならという条件付きの話であり、 実際にはわずかな非対称がコモンモードを生み、それが放射を支配する。

だから EMC 対策の中心は常に「コモンモード電流をいかに小さくするか」になり、 シミュレーションで見るべき量は \(S_{cd21}\)(モード変換、14 章)とケーブル上の CM 電流である。

3. シールド効果(SE)— 3 つの成分

シールドケースの効果は dB で表す:

\[ SE = 20\log_{10}\frac{|E_{\text{シールドなし}}|}{|E_{\text{シールドあり}}|}\ [\text{dB}] \]

理論的には 3 つの成分に分解できる(Schelkunoff):

\[ SE = R + A + B \]
成分意味支配要因
\(R\): 反射損表面のインピーダンス不整合で跳ね返る導電率が高いほど大きい。低周波で支配的
\(A\): 吸収損材料中を通る間に減衰厚さ / 表皮深さ。\(A[\text{dB}] = 8.69\,t/\delta\)。高周波で支配的
\(B\): 多重反射補正内部での反射の繰り返し。\(A\) が小さいとき負に効く薄いシールドで問題

吸収損の式が示す通り、厚さが表皮深さの数倍あれば吸収だけで十分である。 1 GHz の銅なら \(\delta = 2\) µm——10 µm の銅箔で \(A = 43\) dB になる。

つまり「材料の厚さ」はまず問題にならない。問題は必ず「穴」である。

4. 開口(スリット)— シールドを殺すもの

スリット — 効くのは面積ではなく最長寸法1 mm × 100 mm面積 100 mm²→ 100 mm のスロットアンテナ10 mm × 10 mm・面積 100 mm²→ 遥かに漏れにくいSE ≈ 20 log(λ / 2ℓ)ℓ = λ/100 → 34 dBℓ = λ/2 → 0 dB(全く遮蔽しない)対策は「長いスリットを短く分割する」——ガスケット・ネジ間隔・ハニカム通気口
シールド材の厚さはまず問題にならない(10 µm の銅で吸収損 43 dB)。問題は必ず穴とケーブルである

理想的な密閉箱なら 100 dB のシールドが得られるのに、実機では 20 dB しか出ない。原因は開口である。

長さ \(\ell\) のスリット 1 本によるシールド効果の目安:

\[ SE_{\text{slot}} \approx 20\log_{10}\frac{\lambda}{2\ell}\ [\text{dB}] \]
スリット長 \(\ell\)\(SE\)
\(\lambda/100\)34 dB
\(\lambda/10\)14 dB
\(\lambda/2\)0 dB(全く遮蔽しない)

決定的な事実: 効くのは「面積」ではなく「最も長い寸法」である.

1 mm × 100 mm の細長いスリットと、10 mm × 10 mm の正方形の穴は、 面積は同じ(100 mm²)だが、シールド効果は全く違う。 前者は 100 mm のスロットアンテナ(導体に開けた細長い穴そのものがアンテナとして放射する。穴が半波長のとき最もよく放射する)として働き、1.5 GHz で \(\lambda/2\) 共振して完全に漏れる。

だから対策は「長いスリットを短く分割する」ことになる:

同じ開口率でも、穴の形と大きさで数十 dB 変わる。

その他の漏れ経路も同じ原理で理解できる。

経路中身
ケーブル貫通最大の漏れ経路。シールド内部のノイズがケーブルに乗って外へ運ばれる(アンテナになる)
コネクタシェルの接地が不完全だと漏れる
表示窓・通気口導電メッシュ・ハニカムで対策
合わせ目ガスケット、ネジ間隔

ケーブルが最重要である。 完璧な筐体でも、ケーブル 1 本がコモンモード電流を外へ運べば、 そのケーブルが効率の良いアンテナになる。筐体の解析にはケーブルを含めなければ意味がない。

ケーブルが最大の漏れ経路である完璧な筐体ノイズ源ケーブルコモンモード電流が乗って外へ運ばれる放射完璧な筐体でも、ケーブル 1 本がコモンモード電流を外へ運べば、それが効率の良いアンテナになる筐体の解析にケーブルを含めなければ意味がない
他の経路(コネクタのシェル接地、表示窓、通気口、合わせ目)も同じ原理。長い導体を作らないことが原則である

5. EMC 解析の実務的な進め方

段やること
1ノイズ源を特定する: クロック、スイッチング電源、高速インタフェース。周波数とレベルを見積もる
2結合経路をモデル化: 基板 → 筐体 → ケーブル。ケーブルは必ず含める
3相対比較で対策を評価: 対策あり/なしの差分を見る(絶対値より信頼できる)
4試験配置を模擬: 3 m 法・10 m 法の距離、グラウンドプレーン、アンテナ高さ
5実測と突き合わせ、モデルを較正する

完全な絶対値予測を目標にしない.

EMC の絶対値予測は難しい。ノイズ源のスペクトル、ケーブルの引き回し、 試験場の反射——不確かさが多すぎる。

代わりに「何 dB 改善するか」を予測する。 これなら十分な精度が出るし、 設計判断にはそれで足りる。 「ガスケットを入れる/入れない」「スリットを分割する/しない」の比較こそが、解析が答えるべき問いである。

シールド効果を見る

材料・厚さ・開口の寸法を変えて、シールド効果の周波数特性がどう変わるかを見られる。 開口の最長寸法が \(\lambda/2\) に達したときに遮蔽が完全に失われる様子が主役である。

6. イミュニティと ESD

対象解析の使い方
放射イミュニティ平面波を外から当て(12 章)、内部の場の強さ・ケーブルに誘起される電流を見る。弱点の特定が目的
ESD放電電流波形(IEC 61000-4-2=静電気放電の試験方法を定めた国際規格、が定める波形)を注入し、電流経路と誘導電圧を見る。数 ns の立ち上がりなので広帯域=時間領域向き

ESD 解析は FDTD の得意分野である。立ち上がり 1 ns 未満のパルスが広い帯域を持ち、 時間領域でそのまま扱えるからである。

7. この章のまとめ

ポイント内容
解析の価値絶対値予測より経路の特定と相対比較。手戻りを防ぐ
放射の主犯コモンモード。DM より桁で小さい電流で同じだけ放射する
シールド効果反射 + 吸収 + 多重反射。厚さは問題にならない。穴が問題
スリット効くのは面積でなく最長寸法。\(\lambda/2\) で遮蔽ゼロ。分割が対策
ケーブル最大の漏れ経路。モデルに必ず含める
ESD広帯域・過渡 → 時間領域解析の独壇場