Chapter 10
メッシュ — 失敗の 9 割はここで起きる
この章のゴール.
メッシュ密度を決める 3 つの独立した基準(波長・形状・場の勾配)を使い分けられること。 要素品質という指標が何を測っているかを知ること。 そして「どこを細かくすべきか」を、場の物理から予測できるようになること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FDTD(01 章 5 節)、FEM(01 章 5 節)、FIT(01 章 5 節)、表面(01 章 5 節)、領域(01 章 5 節)、発散(02 章 2 節)、階段近似(05 章 6 節)、誤差推定(07 章 5 節)
1. メッシュ密度を決める 3 つの基準
「セル/波長」だけでメッシュを決めると、必ず失敗する。独立した 3 つの要求があり、 実際のセルサイズはそのすべてを満たす最小値になる。
| 基準 | 何を解像するか | 目安 |
|---|---|---|
| ① 波長 | 場の位相変化 | 材料中の波長で 10〜20 セル/λ(04 章) |
| ② 形状 | 構造の寸法 | 最小構造(ギャップ幅、線幅、板厚)に 3〜5 セル以上 |
| ③ 場の勾配 | 場の急変 | エッジ・角・給電点の近傍を局所的に細かく |
①だけ見て失敗する典型.
10 GHz(\(\lambda_0 = 30\) mm)の解析で「20 セル/λ だから 1.5 mm でよい」としたところ、 モデルの中に 0.2 mm のギャップがあった。 ギャップは 1 セルにも満たず、構造として存在しないことになる。 容量結合が全く再現されず、答えは完全に外れる。
基準②が①を上回るのは日常茶飯事であり、そのとき計算量は基準①の見積りを大きく超える。
基準③をどこに当てるか — 場が急変する場所
経験則ではなく、物理から予測できる。
| 場所 | なぜ急変するか |
|---|---|
| 導体のエッジ・角 | 電界が特異点的に集中する(理論上は無限大に発散する。エッジ条件) |
| 給電点・ポート | 局所的な源。場の分布が急激に変化する |
| 狭いギャップ | 電界が集中する。容量が効く |
| 薄い誘電体層 | 層を跨いで場が急変する |
| 接触点・分岐 | 電流が集中する |
| 対して、遠方の空気領域 | 場は滑らか。粗くてよい |
「空気は粗く、金属の際は細かく」——これがメッシュ設計の基本姿勢である。
2. 要素品質 — 形が悪い要素は答えを壊す
同じ数の要素でも、形が悪いと精度が落ち、行列の条件数が悪化して反復解法が収束しなくなる。
| 指標 | 意味 | 目安 |
|---|---|---|
| アスペクト比 | 要素の最長辺 / 最短辺 | 10 以下(できれば 5 以下) |
| スキュー(歪み) | 理想形(正三角形・正四面体)からのずれ。0 が理想形、1 で潰れた要素 | 0.9 未満 |
| 隣接セル比 | 隣り合うセルの大きさの比 | 1.5〜2 以下 |
なぜ細長い要素が悪いのか.
細長い四面体では、基底関数の勾配が特定の方向にだけ極端に大きくなる。 その結果、行列の条件数(最大固有値/最小固有値)が悪化し、 反復解法が収束しない、あるいは丸め誤差が増幅される。
ただし方向性が物理的に正しいなら細長くてよい—— 薄い誘電体層や表皮深さの解像では、厚さ方向だけ細かく面内は粗い要素が正解である。 「細長い=悪い」ではなく「意図せず細長い=悪い」。
隣接セル比の制約も重要である。急にセルサイズが変わると、 その界面で数値的な反射が起きる(インピーダンス不整合と同じ理屈)。 だから細分化は段階的に行う。
3. 局所細分化の道具
| 道具 | 中身 | 適する手法 |
|---|---|---|
| 手動のメッシュ設定 | 領域・面・辺ごとに最大セルサイズを指定 | 全手法 |
| 適応メッシュ | 誤差推定から自動細分化(07 章) | FEM |
| サブグリッド | 局所的に別格子を入れ子にする | FDTD |
| 非一様格子 | 直交格子の線間隔を場所ごとに変える | FDTD |
| 薄板・薄線モデル | 実体をメッシュせず、等価な境界条件で置き換える | 全手法 |
薄板・薄線モデル — メッシュしない技術
構造を実体としてメッシュすると計算が破綻する場合、等価モデルに逃がす。
| 対象 | 実体メッシュの問題 | 等価モデル |
|---|---|---|
| 厚い金属(表皮深さ 2 µm) | µm セルが要る | 表面インピーダンス境界(03 章) |
| 薄い金属シート(厚さ ≪ セル) | 板厚方向に潰れる | 薄板(thin sheet)境界 |
| 細いワイヤ(径 ≪ セル) | 径を解像できない | 薄線(thin wire)モデル:電流を線上の未知数にする |
| 塗装・接着層 | 極薄層 | インピーダンス境界/集中素子 |
| 金属メッシュ・穴あき板 | 穴 1 つずつ刻めない | 等価遮蔽インピーダンス(19 章) |
これらのモデルは「賢い手抜き」ではなく、精度を保つための正しい選択である。 無理に実体をメッシュすると、要素品質が破綻してかえって答えが悪くなる。
4. 適合メッシュ(Conformal)— 階段の解消
06 章で見た通り、直交格子では曲面が階段になり、精度が 1 次に落ちる。 適合メッシュ(conformal / PBA: Perfect Boundary Approximation)は、 セルが境界で部分的に切られていることを認め、面積・辺長の割合に応じて更新式の係数を補正する。
| 階段近似 | 適合メッシュ | |
|---|---|---|
| 曲面の表現 | ギザギザ | セル内で境界を分割して扱う |
| 精度の次数 | 1 次 | 2 次を維持 |
| 同じ精度に必要なセル数 | 多い | 少ない(数倍〜1 桁の差になることも) |
曲面や斜め構造があるなら必ず有効にする。 現代の商用 FDTD/FIT ソルバでは既定で有効なことが多いが、確認する価値はある。
5. メッシュのチェックリスト
解く前に必ず目視・数値で確認する。
- ☐ 最小構造に 3 セル以上入っているか(ギャップ、線幅、板厚)
- ☐ 材料中の波長で 10〜20 セル/λ を満たしているか(\(\varepsilon_r\) が大きい領域を忘れない)
- ☐ 導体エッジ・給電点の近傍が細かくなっているか
- ☐ 隣接セル比が急変していないか(1.5〜2 以内)
- ☐ 細長すぎる要素がないか(意図的なものを除く)
- ☐ メッシュを可視化して、意図した場所に意図した密度が入っているか目で見たか
- ☐ 曲面がある場合、適合メッシュが有効か
- ☐ 空気領域が無駄に細かくなっていないか(計算時間の浪費)
メッシュ密度と精度を見る
セル/波長を変えたときに、共振周波数の推定値がどう動き、計算コストがどう増えるかを見られる。 「どこで打ち切るか」の判断を体感するのが目的である。
可視化を飛ばさない.
メッシュ設定の数値だけ見て「これでいいはず」と回すと、 「細分化の指定が別のオブジェクトに掛かっていた」「単位を間違えて 1000 倍細かい」 といった事故が起きる。メッシュ図を 1 度見るだけで防げる。
6. よくある失敗
| 失敗 | 症状 | 対処 |
|---|---|---|
| 高誘電率領域が粗い | 共振周波数がずれる | 材料中の波長で判断する(\(\lambda_0/\sqrt{\varepsilon_r}\)) |
| 微小ギャップが 1 セル未満 | 結合が再現されない | 局所細分化。または集中素子に置換 |
| 導体エッジが粗い | 電流分布・損失が過小評価 | エッジ細分化。エッジ専用の設定 |
| 一律に細かくした | 計算が終わらない | 場所ごとに変える。空気は粗く |
| 隣接セル比が急 | 偽の反射、S パラメータのリップル(本来は滑らかな曲線に乗る、さざ波状の細かいうねり) | 段階的に遷移させる |
| CAD 由来の微小面・隙間 | メッシュ生成が失敗、要素数が爆発 | ジオメトリのクリーンアップ(20 章) |
最後の項目が実務では最も多い.
機械 CAD から取り込んだ形状には、 設計上は意味のない 0.001 mm の隙間・重なり・微小面が無数にある。 メッシャ(メッシュ生成器)はそれを律儀に解像しようとし、要素数が 100 倍になったり、生成自体が失敗したりする。 電磁界解析の前処理の大半は、この「掃除」に費やされる——20 章で扱う。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 3 つの基準 | 波長(10〜20/λ)・形状(最小寸法に 3 セル)・場の勾配(エッジ、給電点) |
| 最頻の失敗 | 波長基準だけ見て、微小構造を潰す |
| 品質 | アスペクト比・スキュー・隣接比。意図しない細長さが敵 |
| 等価モデル | 表面インピーダンス・薄板・薄線。メッシュしないのが正解な場面がある |
| 適合メッシュ | 曲面の 1 次精度落ちを回復する。曲面があるなら必須 |
| 実務 | メッシュは必ず目で見る。CAD のクリーンアップが前処理の主戦場 |