EM Simulation 02 · マクスウェル方程式 — ソルバが解いている連立方程式

Chapter 02

マクスウェル方程式 — ソルバが解いている連立方程式

この章のゴール.

4 本の方程式それぞれが「何を言っているか」を日本語で説明でき、 回転(\(\nabla\times\))と発散(\(\nabla\cdot\))の直感を持つこと。 そして 2 本の回転方程式から波動方程式を導き、 「なぜ電磁波が光速で進むのか」を式から言えるようになること。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FDTD(01 章 5 節)、FEM(01 章 5 節)、FIT(01 章 5 節)、MoM(01 章 5 節)、領域(01 章 5 節)

1. 4 本の式

微分形で書く。ソルバが実際に離散化するのはこの形である。

\[ \nabla \times \mathbf{E} = -\frac{\partial \mathbf{B}}{\partial t} \qquad\text{(ファラデーの法則)} \]
\[ \nabla \times \mathbf{H} = \mathbf{J} + \frac{\partial \mathbf{D}}{\partial t} \qquad\text{(アンペール・マクスウェルの法則)} \]
\[ \nabla \cdot \mathbf{D} = \rho \qquad\text{(ガウスの法則)} \]
\[ \nabla \cdot \mathbf{B} = 0 \qquad\text{(磁荷は存在しない)} \]
4 本の式が言っていること∇×E = −∂B/∂t磁界が時間変化すると、その周りに渦巻く電界ができる∇×H = J + ∂D/∂t電流が流れるか電界が時間変化すると、渦巻く磁界ができる∇·D = ρ電気力線は電荷から湧き出す∇·B = 0磁力線は湧き出さない。必ず閉じる上 2 本が互いを餌にしている —— これが電磁波の正体である変化する磁界 → 電界 → その変化が磁界 → … の連鎖が空間を伝わるFDTD(05 章)は、この 2 本を交互に更新するだけの手法である
微分形は「その点で何が起きているか」を述べる。ソルバが離散化するのはこの形である

日本語に直すとこうなる。

式言っていること
ファラデー磁界が時間変化すると、その周りに渦巻く電界ができる
アンペール・マクスウェル電流が流れるか、電界が時間変化すると、その周りを渦巻く磁界ができる
ガウス電気力線は電荷から湧き出し、電荷に吸い込まれる
磁束の式磁力線は湧き出しも吸い込みもない。必ず閉じたループになる

上 2 本が主役である.

電磁波が存在する理由は、上 2 本が互いを餌にしていることに尽きる。 変化する磁界が電界を生み、その電界の変化が磁界を生み、その磁界の変化がまた電界を生む—— この連鎖が空間を伝わっていくものが電磁波である。 FDTD(05 章)は、この 2 本を交互に時間更新するだけの手法であり、 マクスウェル方程式の構造をそのまま計算手順にしたものと言ってよい。

マクスウェル方程式の各項を見る

各項を on/off して、どの項が消えると何が起きなくなるかを確かめられる。 変位電流 \(\partial\mathbf{D}/\partial t\) を切ると電磁波が消える——マクスウェルの最大の貢献がこの項である。

2. 回転と発散 — 2 つの演算の直感

\(\nabla\times\) と \(\nabla\cdot\) が読めないと、上の 4 本はただの記号列である。絵で押さえる。

発散と回転 — 2 つの演算の直感発散 ∇·F — 湧き出しか吸い込みか∇·F > 0(湧き出し)微小な球で正味の流出を測る測る回転 ∇×F — どちら向きに渦巻くか∇×F ≠ 0(渦がある)微小な羽根車の回り方で測る回転の x 成分 = ∂Ez/∂y − ∂Ey/∂z —— y と z の微分だけでできているこの構造が、Yee 格子で E と H を互い違いに置く理由になる(05 章)
発散はスカラーを、回転はベクトルを返す。マクスウェル方程式はこの 2 つだけでできている
演算記号直感検出器
発散\(\nabla\cdot\mathbf{F}\)その点は湧き出し口か、吸い込み口か。スカラーを返す微小な球を置いて、正味の流出量を測る
回転\(\nabla\times\mathbf{F}\)その点の周りで場がどちら向きに渦巻いているか。ベクトルを返す微小な羽根車を置いて、回る向きと速さを測る

デカルト座標で書けば

\[ \nabla\cdot\mathbf{F} = \frac{\partial F_x}{\partial x} + \frac{\partial F_y}{\partial y} + \frac{\partial F_z}{\partial z} \]
\[ (\nabla\times\mathbf{F})_x = \frac{\partial F_z}{\partial y} - \frac{\partial F_y}{\partial z} \]

(\(y\) 成分・\(z\) 成分は添字を巡回させる。)

回転の \(x\) 成分が \(y\) と \(z\) の微分だけでできていることに注目してほしい。 これは「\(x\) 軸まわりの回転は、\(yz\) 平面内の場の傾きで決まる」という当たり前のことを言っているのだが、 この構造が 05 章の Yee 格子で、電界と磁界を互い違いに配置する理由そのものになる。

3. 波動方程式の導出 — なぜ光速なのか

真空中(\(\mathbf{J}=0, \rho=0, \mathbf{D}=\varepsilon_0\mathbf{E}, \mathbf{B}=\mu_0\mathbf{H}\))で、上 2 本から波動方程式を導く。

ファラデーの式の両辺の回転を取る:

\[ \nabla\times(\nabla\times\mathbf{E}) = -\mu_0\frac{\partial}{\partial t}(\nabla\times\mathbf{H}) \]

右辺にアンペールの式を代入する:

\[ \nabla\times(\nabla\times\mathbf{E}) = -\mu_0\varepsilon_0\frac{\partial^2 \mathbf{E}}{\partial t^2} \]

左辺はベクトル恒等式 \(\nabla\times(\nabla\times\mathbf{E}) = \nabla(\nabla\cdot\mathbf{E}) - \nabla^2\mathbf{E}\) で書き換える。 真空では \(\nabla\cdot\mathbf{E}=0\) なので第 1 項が消えて

\[ \nabla^2\mathbf{E} = \mu_0\varepsilon_0\frac{\partial^2 \mathbf{E}}{\partial t^2} \]

これは波動方程式 \(\nabla^2 u = \frac{1}{v^2}\partial_t^2 u\) の形そのもので、速度は

\[ v = \frac{1}{\sqrt{\mu_0\varepsilon_0}} = \frac{1}{\sqrt{4\pi\times10^{-7} \cdot 8.854\times10^{-12}}} \approx 3.00\times10^8\ \text{m/s} = c \]
波動方程式の導出 — 光速が出てくる∇×E = −μ₀ ∂H/∂t の両辺の回転を取る右辺に ∇×H = ε₀ ∂E/∂t を代入2 本の式が結合した恒等式 ∇×(∇×E) = ∇(∇·E) − ∇²E、真空では ∇·E = 0∇²E = μ₀ε₀ ∂²E/∂t² ← 波動方程式v = 1/√(μ₀ε₀) ≈ 3.00×10⁸ m/s = c電気と磁気の実験定数だけから、光の速さが出た
材料中では v = c/√(εr μr)、波長も同じ比で縮む。メッシュを決めるのは常にこの短い方の波長である

これが物理学史上の名場面である.

マクスウェルは電気と磁気の実験定数(\(\varepsilon_0\) と \(\mu_0\))だけから、 光の速さを計算で出してしまった。 そして「光とは電磁波である」と結論した。 シミュレータの中で毎秒何十億回と回っている更新式は、この結論の直系の子孫である。

材料中では \(\varepsilon_0 \to \varepsilon_0\varepsilon_r\)、\(\mu_0 \to \mu_0\mu_r\) に置き換わるので

\[ v = \frac{c}{\sqrt{\varepsilon_r \mu_r}}, \qquad \lambda_{\text{材料中}} = \frac{\lambda_0}{\sqrt{\varepsilon_r \mu_r}} \]

01 章で「基板中では波長が縮む」と言ったのは、この式のことである。 そして 04 章以降、メッシュの細かさを決めるのは常にこの短い方の波長になる。

4. 周波数領域の形 — \(\partial_t \to j\omega\)

すべての量が角周波数 \(\omega\) で正弦波的に振動している(\(e^{j\omega t}\) で時間変化する)と仮定すると、 時間微分は単なる掛け算になる:

\[ \frac{\partial}{\partial t} \;\longrightarrow\; j\omega \]

マクスウェル方程式は微分方程式から代数方程式に化ける:

\[ \nabla\times\mathbf{E} = -j\omega\mu\mathbf{H}, \qquad \nabla\times\mathbf{H} = (\sigma + j\omega\varepsilon)\mathbf{E} \]
時間領域と周波数領域 — ∂/∂t → jω時間領域微分方程式を時間発展させるパルスを入れて応答を追う◎ 1 回で広帯域 ◎ 過渡・非線形× 鋭い共振(待ち時間)周波数領域各周波数で連立方程式を解く1 点ずつ解いて掃引する◎ 共振・分散材料 × 広帯域は高価この表が第 II 部の手法選択の骨格になる —— 広帯域なら時間領域、鋭い共振なら周波数領域
同じマクスウェル方程式でも、時間微分をどう扱うかで解き方も得手不得手も変わる
時間領域周波数領域
解くもの時間発展(\(t\) を進める)各周波数の定常解(連立 1 次方程式)
1 回の計算で得られる帯域広帯域(パルスを入れて FFT、16 章)1 周波数のみ(掃引が要る)
材料の分散(周波数依存)扱いが面倒(畳み込みが要る)自然に扱える(各周波数で \(\varepsilon(\omega)\) を入れるだけ)
鋭い共振減衰を待つのに長い時間が要る得意
代表的手法FDTD(05 章)FEM(07 章)・MoM(08 章)

この表が、第 II 部の手法選択の骨格である。「広帯域なら時間領域、鋭い共振なら周波数領域」が第一原則になる。

5. 積分形 — 境界条件を導く道具

微分形と等価な積分形も押さえておく。境界条件(03 章)はこちらから出るからである。

\[ \oint_C \mathbf{E}\cdot d\mathbf{l} = -\frac{d}{dt}\int_S \mathbf{B}\cdot d\mathbf{S} \]
\[ \oint_C \mathbf{H}\cdot d\mathbf{l} = I_{\text{enc}} + \frac{d}{dt}\int_S \mathbf{D}\cdot d\mathbf{S} \]

「閉曲線に沿って場を 1 周ぶん足すと、その中を貫く量の変化に等しい」という形である。

FIT(有限積分法)はこの積分形をそのまま離散化する.

微分形を離散化するのが FDTD、積分形を離散化するのが FIT。 直交格子の上では両者はほぼ同じ更新式に帰着するが、 FIT は「各セルの面を貫く磁束」「各辺に沿った電圧」を未知数にするので、 保存則が構造的に守られるという利点がある(商用ソルバで広く採用されている理由の 1 つ)。

6. エネルギーとポインティングベクトル

「どこへどれだけ電力が流れているか」を表すのがポインティングベクトルである:

\[ \mathbf{S} = \mathbf{E}\times\mathbf{H} \qquad [\text{W/m}^2] \]

向きは電力の流れる向き、大きさは単位面積あたりの電力である。 時間平均は複素表記で

\[ \langle\mathbf{S}\rangle = \tfrac{1}{2}\,\mathrm{Re}\left(\mathbf{E}\times\mathbf{H}^*\right) \]

シミュレータが出す「放射電力」「ポートに入った電力」「損失」は、 すべてこのベクトルを面で積分したものである。 13 章のエネルギー保存による検算(入った電力=出た電力+損失+放射)は、この量で行う。

7. この章のまとめ

ポイント内容
4 本の式回転 2 本が波を作り、発散 2 本が源を規定する
直感発散=湧き出し、回転=渦。回転の \(x\) 成分は \(yz\) 面の微分だけで決まる
波動方程式回転を 2 回取ると出る。\(v = 1/\sqrt{\mu\varepsilon}\)、材料中で波長は \(1/\sqrt{\varepsilon_r\mu_r}\) に縮む
周波数領域\(\partial_t \to j\omega\) で微分方程式が代数方程式に。手法選択の分岐点
積分形境界条件の導出と FIT の出発点
ポインティング\(\mathbf{E}\times\mathbf{H}\)。電力の流れ。検算の道具