EM Simulation 09 · 解法の選び方 — 問題の形が手法を決める

Chapter 09

解法の選び方 — 問題の形が手法を決める

この章のゴール.

目の前の問題を 5 つの質問にかけるだけで、使うべき手法が絞れるようになること。 そして「どのソルバでも同じ答えが出るはず」という原則と、 答えが違ったときにどちらを疑うかの判断を持つこと。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 体積(01 章 5 節)、表面(01 章 5 節)、離散化誤差(01 章 4 節)、領域(01 章 5 節)、非線形(03 章 6 節)、階段近似(05 章 6 節)、適合メッシュ(06 章 4 節)、EMC(08 章 6 節)、MLFMA(08 章 6 節)、RCS(08 章 6 節)

1. 5 つの質問

5 つの質問で手法が絞れるQ1. 広い帯域か、1 点の高精度かQ2. 導体主体か、誘電体が詰まっているかQ3. 直方体・層構造か、曲面が主役かQ4. 開放領域(放射)か、閉じた構造かQ5. 電気的な大きさは何波長か広帯域→時間領域 / 狭帯域→周波数領域導体→MoM / 誘電体→FDTD・FEM直方体→FDTD / 曲面→FEM開放→MoM が有利 / 閉領域→FEM が有利数十波長以上→FDTD or MoM+MLFMA「どれが一番よいか」という問いには答えがない。問題の形が手法を決める
複数の答えが競合したら、優先順位は Q1(帯域)→ Q2(未知数の数)→ Q3〜5 の順で考えるとよい
#質問→ 手法
Q1欲しいのは広い帯域か、1 点(または狭帯域)の高精度か広帯域 → 時間領域(FDTD/FIT) / 狭帯域 → 周波数領域(FEM/MoM)
Q2構造は導体主体か、誘電体が詰まっているか導体主体 → MoM / 誘電体が体積を占める → FDTD / FEM
Q3形状は直方体・層構造か、曲面・斜めが主役か直方体 → FDTD / 曲面 → FEM
Q4開放領域(放射)か、閉じた構造(導波・共振)か開放 → MoM が有利 / 閉領域 → FEM が有利
Q5電気的な大きさは?(何波長あるか)数波長 → 何でも / 数十波長以上 → FDTD or MoM+MLFMA

解法を選ぶ

問題の性質を選択すると、推奨手法とその理由、注意点が表示される。 「なぜその手法なのか」を根拠つきで示すので、判断の練習に使ってほしい。

2. 典型問題と定番の解法

問題第一選択理由
パッチアンテナ(基板上)2.5D MoM → 詰めは 3D FEM平面パターンのみメッシュ。速い
ワイヤアンテナ・ダイポール(半波長の直線導体を中央で給電した最も基本的なアンテナ)MoM(ワイヤ)未知数が線上だけ。極めて軽い
導波管フィルタ・共振器FEM高 Q。閉領域。曲面
PCB(プリント基板)のシグナルインテグリティ(高速信号が基板を通っても波形が壊れないこと、18 章)2.5D MoM or 3D FDTD層構造。広帯域が要るなら FDTD
電源プレーンの共振(PI)2.5D / 専用ソルバ平面構造の共振
コネクタ・ケーブル遷移3D FEM / FDTD立体形状。広帯域なら FDTD
筐体シールド効果(EMC)FDTD広帯域。大きな箱。スリット
航空機・車両の RCSMoM + MLFMA電気的に巨大。導体主体
人体ばく露(SAR=比吸収率。組織 1 kg あたりに吸収される電力の評価)FDTD不均質誘電体が体積を占める。広帯域
光学デバイス・フォトニクスFDTD / FEM周期構造なら専用手法(RCWA=厳密結合波解析。周期構造を空間フーリエ級数で解く)も

3. 手法の比較表 — 一覧で

三大手法の比較FDTDFEMMoM領域時間周波数周波数離散化体積・直交格子体積・任意形状表面のみ行列なし疎密(MLFMA で緩和)広帯域◎ 1 回で全部△ 掃引△ 掃引曲面△ 階段◎◎高 Q 共振× 減衰待ち◎○開放領域○ PML が要る○ 吸収境界が要る◎ 不要不均質誘電体◎◎×「なし・疎・密」という行列の性質が、そのまま扱える規模と得意問題を決めている
非線形・時変を扱えるのは FDTD だけ。メッシュ自動化(適応)が最も進んでいるのは FEM である
FDTDFEMMoM
領域時間周波数周波数
離散化体積・直交格子体積・任意形状表面のみ
行列なし疎密(MLFMA で緩和)
メモリ\(O(N)\)\(O(N)\) 〜\(O(N^2)\) / \(O(N\log N)\)
広帯域◎ 1 回で全部△ 掃引△ 掃引
曲面△ 階段(適合メッシュで改善)◎◎
高 Q 共振× 減衰待ち◎○
開放領域○ PML が要る○ 吸収境界が要る◎ 不要
不均質誘電体◎◎×
非線形・時変◎××
並列化◎ GPU 向き○○
メッシュ自動化△ 人手が要る◎ 適応メッシュ○

4. ハイブリッドと分割 — 「1 つで解かない」

大きな問題は、分けて解いて後で繋ぐのが定石である。

分けて解いて、S パラメータで繋ぐコネクタ3D FEM(曲面・立体)基板の配線2.5D MoM(層構造)パッケージ3D FDTD(広帯域)S 行列をカスケード(14 章)回路シミュレータで全体を組む「全部を 1 回の解析で」はたいてい失敗する —— 大きい構造の中の微細部は計算量が破綻する切る面は「場が単純な場所」を選ぶ。伝送線路の途中など、モードが確定している位置がよい実務のスキルの大半は「どこで切るか」の判断にある
領域分割・ハイブリッド解法・等価回路への還元・マルチスケール——形は違うがすべて同じ発想である
手法中身例
領域分割構造を部分に分け、それぞれ最適な手法で解き、S 行列で結合するコネクタは 3D FEM、基板は 2.5D、全体は回路シミュレータでカスケード(部分ごとの S 行列を数珠つなぎに合成すること、14 章)
ハイブリッド解法1 つのソルバの中で領域ごとに手法を変える機体は MoM、レドーム(アンテナを覆う、電波を通すカバー)内部は FEM
等価回路への還元電磁界解析の結果を集中定数モデル(S パラメータ、SPICE モデル)に落とし、回路解析に渡すパッケージ・ビア・デカップリング(電源の揺れを吸うコンデンサの配置、18 章)
マルチスケール微細部を別に解いて等価材料・等価インピーダンスにする金属メッシュ、周期構造、表面粗さ

「全部を 1 回の解析で」は、たいてい失敗する.

電気的に大きい構造の中に微細な部品がある——という状況は、 04 章・06 章で見た通り計算量が破綻する典型である。 分けて解き、S パラメータで結合すれば、 各部分は自分に合ったメッシュと手法で解ける。 実務のスキルの大半は「どこで切るか」の判断にある。 切る面は、その面で場が単純になる場所(伝送線路の途中など、モードが確定している場所)を選ぶ。

5. 検証としての「別解法」

同じ問題を違う手法で解いて答えが一致するか——これは最も強力な検証である。

一致した一致しない
両方の離散化誤差が小さい可能性が高い(独立な誤差源が同じ答えに収束するのは偶然では起きにくい)どちらか(または両方)が誤っている

食い違ったときの切り分けの順序を示す。

順疑うもの確認
1モデルの差形状・材料・励振が本当に同じか。片方だけ簡略化していないか
2境界の差吸収境界までの距離、対称面、箱の大きさ
3ポート定義の差ポートの位置、基準面(ディエンベッド)、参照インピーダンス(12 章)
4メッシュ収束それぞれ単独でメッシュ収束しているか(13 章)。していないなら比較に意味がない
5手法固有の弱点FDTD なら階段近似・高 Q、MoM なら誘電体の扱い、FEM なら掃引の補間

手法固有の弱点に当たっているケースは、実は最後である.

経験的に、食い違いの原因はほぼ 1〜3——人間が 2 つのモデルを同じに作れていないことにある。 「同じモデルのつもり」を疑うところから始めるのが正しい。

6. 現実的な進め方 — 粗く速く、から始める

現実的な進め方 — 粗く速く、から始める手計算桁を外さない粗く速く解く傾向を掴む掃引・最適化相対比較が目的メッシュ収束絶対値を信じる検証別手法・実測最初から最高精度で回すのは時間の無駄である段 2〜3 では「A と B のどちらが良いか」が分かればよく、絶対値は要らない精度が要るのは段 4 以降だけ。ここで初めてメッシュ収束を確認する(13 章)
最適化を粗いメッシュで回し、最終候補だけ収束を確認する——これが計算資源の正しい配分である
段やること目的
1手計算・近似式で初期寸法桁を外さない。出発点を作る(17 章)
2粗いメッシュ・軽い手法で回す傾向を掴む。パラメータの効き方を知る
3パラメータ掃引・最適化粗いままでよい。相対比較が目的
4メッシュ収束を確認して精度を出す絶対値を信じるための作業(13 章)
5別手法または実測で検証出荷判断

最初から最高精度で回すのは時間の無駄である。 段 2〜3 では「A と B のどちらが良いか」が分かればよく、絶対値は要らない。 精度が要るのは段 4 以降だけである。

7. この章のまとめ

ポイント内容
5 つの質問帯域・導体か誘電体か・形状・開放か閉領域か・電気的大きさ
第一原則広帯域=時間領域、共振=周波数領域、導体=表面(MoM)
分割全部を 1 回で解かない。S パラメータで繋ぐ。切る面はモードが単純な場所
別解法検証一致は強い証拠。食い違いはまずモデルの差を疑う
進め方粗く速く → 掃引 → 収束確認 → 検証