Chapter 06
FDTD の限界 — クーラン条件・数値分散・階段近似
この章のゴール.
クーラン条件 \(c\Delta t \le \Delta x/\sqrt{3}\) を自分で導出できること。 「なぜ小さいセルが 1 つあるだけで計算全体が遅くなるのか」を説明できること。 そして数値分散と階段近似が、実務のどの症状として現れるかを知ること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). FDTD(01 章 5 節)、FEM(01 章 5 節)、次元(01 章 5 節)、領域(01 章 5 節)、発散(02 章 2 節)、分散性(03 章 6 節)、中心差分(04 章 2 節)、数値分散(05 章 6 節)、階段近似(05 章 6 節)
1. 安定性 — 破ると一瞬で発散する
FDTD には時間ステップ \(\Delta t\) の上限がある。超えると解が指数的に発散し、数十ステップで数値が無限大になる。 この条件をクーラン条件(CFL 条件、Courant–Friedrichs–Lewy)と呼ぶ。
導出にはフォン・ノイマンの安定性解析を使う。手順は 3 段だけである。
Step 1: 解を平面波と仮定して代入する
1 次元の更新式(05 章)に、空間で波数 \(k\)、時間で増幅率 \(q\) を持つ解を仮定する:
「\(|q| > 1\) なら毎ステップ増幅されて発散、\(|q| \le 1\) なら安定」——これが判定基準になる。
Step 2: 更新式に代入して \(q\) の方程式を作る
磁界の更新式に代入すると、\(e^{-jk(i+1/2)\Delta x}\) が共通因子として括れて
電界の更新式からも同様に
(両式とも \(q^{n+1/2}\) で割ってある。)
Step 3: 2 式を掛けて \(E_0 H_0\) を消す
\(c^2 = 1/(\mu\varepsilon)\) を使い、右辺を \(-4S^2\sin^2(k\Delta x/2)\) と書く。ここで
\(\xi = q^{1/2}\) と置くと \(\xi^2 - 2A\xi + 1 = 0\)(\(A = 1 - 2S^2\sin^2(k\Delta x/2)\))の形になり、解は
- \(|A| \le 1\) のとき: \(\sqrt{A^2-1}\) は純虚数 → \(|\xi|^2 = A^2 + (1-A^2) = 1\) → \(|q|=1\)、安定(振幅が変わらない)
- \(|A| > 1\) のとき: 2 解のうち一方が \(|\xi|>1\) → 発散
したがって安定条件は \(|A|\le 1\)、すなわち \(2S^2\sin^2(k\Delta x/2) \le 2\)。 最悪ケース(\(\sin^2 = 1\))で
3 次元では 3 方向の波数が同時に効くので、\(\sin^2\) の項が 3 つ足し合わさり
立方体セル(\(\Delta x=\Delta y=\Delta z\))なら \(c\Delta t \le \Delta x/\sqrt{3}\) である。
物理的な意味は一行で言える.
「1 時間ステップの間に、波が 1 セル分より遠くへ進んではいけない」。
FDTD は隣のセルの値しか見ない。もし波が 1 ステップで 2 セル先まで進むなら、 情報が届いていない場所の値を使って計算することになり、因果関係が壊れる。 クーラン数 \(S\) は「1 ステップで進む距離 ÷ セル幅」そのものである。
クーラン条件を破ってみる
クーラン数を 1 より大きくすると何が起きるか、実際に走らせて確かめられる。 数十ステップで数値が爆発する様子は、一度見ておくと忘れない。
2. 「最小セル」の呪い
クーラン条件は格子の中で最も小さいセルで決まる。ここに実務上の大問題がある。
細い配線を解像するために 1 箇所だけ 10 µm のセルを入れると、 計算領域全体の時間ステップがそのセルに合わせて縮む。
| 最小セル | \(\Delta t\) の上限 | 10 ns を計算するのに必要なステップ数 |
|---|---|---|
| 1 mm | 1.9 ps | 約 5,200 |
| 100 µm | 190 fs | 約 52,000 |
| 10 µm | 19 fs | 約 520,000 |
セルを 1/100 にすると、ステップ数は 100 倍。これに 3 次元のセル数増加(\(\times 10^6\))が掛かる。 「ちょっと細かくしただけ」で計算が数日になるのはこのためである。
対策は 3 つある。
| 対策 | 中身 | 代償 |
|---|---|---|
| サブグリッド | 細かい領域だけ別格子にして、そこだけ小さい \(\Delta t\) で回す | 実装が複雑。境界で反射・不安定が起きうる |
| 非一様格子 | 必要な場所だけ細かい直交格子(急激な変化は避ける) | 急に変わると反射が出る。隣接セル比 1.5 以内が目安 |
| 陰解法(ADI-FDTD 等。ADI=交互方向陰解法) | クーラン条件から解放される定式化 | 1 ステップの計算が重い。数値分散が悪化 |
実務の鉄則: 「なぜこのセルが小さいのか」を常に問う.
細いスリット、薄い誘電体、小さいギャップ——本当にその寸法を解像する必要があるのか。 集中素子で置き換えられないか、等価的な薄板モデルは使えないか。 モデルの簡略化(20 章)が、最も効果の大きい高速化である。
3. 数値分散 — 波の速度が狂う
04 章で「中心差分は実効波数を \(\sin(k\Delta x)/\Delta x\) にしてしまう」と見た。 FDTD ではこれが波の伝搬速度の誤差として現れる。
安定性解析で得た関係式(Step 3 の式)を \(q = e^{j\omega\Delta t}\) と置いて整理すると、 数値分散関係式が得られる:
真の分散関係 \((\omega/c)^2 = k_x^2+k_y^2+k_z^2\) と比べると、 すべての \(k\) が \(\frac{2}{\Delta}\sin(k\Delta/2)\) に置き換わっている。 \(\Delta \to 0\) で真の式に戻るが、有限の \(\Delta\) では位相速度がずれる。
数値分散には 2 つの厄介な性質がある。
| 性質 | 中身 | 症状 |
|---|---|---|
| 周波数依存 | 高い周波数(\(k\Delta x\) が大きい)ほど遅くなる | パルスが伝わるうちに崩れて尾を引く |
| 伝搬方向依存(異方性) | 格子軸方向と対角方向で速度が違う | 円形に広がるはずの波がわずかに歪む |
軸方向より対角方向のほうが誤差が小さい.
直感的には「対角は 45° に階段を刻むから悪そう」だが、逆である。 対角方向では 3 方向の \(\sin\) 項が分散して効くため、誤差が打ち消し合う。 \(S = 1/\sqrt{3}\)(3D の限界クーラン数)ちょうどで対角方向の分散がゼロになるという性質もある。 クーラン数はギリギリまで大きく取るのが得(安定限界の 0.95〜0.99 倍)—— 計算が速くなるうえに分散も小さい。
対策は結局のところ セル/波長を増やすことに尽きる(04 章の表)。 高次差分(4 次精度など)を使う FDTD もあるが、境界処理が複雑になるため商用では一般的でない。
4. 階段近似 — 直交格子の宿命
FDTD は直交格子なので、斜面・曲面は階段状にしか表現できない。
| 症状 | 中身 |
|---|---|
| 共振周波数のずれ | 円形パッチの実効半径が階段化でずれる → 共振が数 % 動く |
| 偽の散乱 | 階段の角に電界が集中し、実在しない散乱・損失が出る |
| 収束の遅さ | メッシュを細かくしても誤差が \(\Delta x^2\) でなく \(\Delta x\) でしか減らない(1 次精度に落ちる) |
最後の項目が深刻である。 せっかく中心差分で 2 次精度にしたのに、 斜めの境界があるだけで全体の精度が 1 次に落ちてしまう。
対策には適合メッシュ(conformal FDTD)がある。 セルが境界で切られている場合に、切られた面積・辺長に応じて更新式の係数を補正する手法で、 商用ソルバではほぼ標準搭載である。曲面を扱うときは必ず有効にする。
曲面が主役なら、そもそも FEM を選ぶ.
四面体メッシュ(07 章)なら曲面をそのまま貼れる。 「アンテナの放射器が円形」「筐体が丸い」といった問題では、 階段近似と戦うより手法を変えるほうが速い——それが 09 章の判断である。
5. 高 Q 共振 — 待ち時間の問題
FDTD はエネルギーが十分減衰するまで計算を続ける必要がある(そうしないと FFT が正しく出ない、16 章)。 Q 値の高い共振器では、減衰に必要な時間が
程度になる。\(Q = 10{,}000\)、\(f = 1\) GHz なら 3.2 µs—— \(\Delta t = 1\) ps として 300 万ステップ。現実的でない。
| 対策 | 中身 |
|---|---|
| 信号処理で外挿 | 減衰の途中で打ち切り、Prony 法・行列ペンシル法(打ち切った波形から減衰する正弦波の重ね合わせを推定し、その先を計算で伸ばす手法)などで残りを予測する(商用ソルバに搭載) |
| 周波数領域に切り替える | 高 Q なら FEM(07 章)が圧倒的に有利。共振は周波数領域の得意分野 |
6. FDTD の得手不得手 — まとめ表
| 場面 | FDTD の適性 |
|---|---|
| 広帯域(1 回で全周波数) | ◎ 最大の強み |
| 大規模(電気的に大きい) | ◎ \(O(N)\) でメモリも線形 |
| 時間応答・過渡現象(TDR=時間領域反射測定、16 章/EMI=電磁妨害、19 章のパルス) | ◎ 自然 |
| 直方体・層構造が主体(基板、パッケージ) | ○ |
| 曲面・斜め構造が主役 | △ 適合メッシュが要る |
| 高 Q 共振(フィルタ、共振器) | × 待ち時間が非現実的 |
| 分散性材料が多数 | △ 実装依存。畳み込みが要る |
| 微細構造と大領域が混在 | △ 最小セルの呪い |
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 | ||
|---|---|---|---|
| クーラン条件 | \(c\Delta t \le (\sum 1/\Delta^2)^{-1/2}\)。1 ステップで 1 セル以上進めない | ||
| 導出 | 平面波を代入 → 増幅率 \(q\) → $` | q | \le1`$ の条件 |
| 最小セルの呪い | 1 箇所の細いセルが全体の \(\Delta t\) を支配する | ||
| 数値分散 | 高周波ほど遅い・方向で速度が違う。\(S\) は限界ギリギリが得 | ||
| 階段近似 | 曲面で 2 次精度が 1 次に落ちる。適合メッシュを使う | ||
| 高 Q | 減衰待ちが非現実的 → 周波数領域へ |