EM Simulation 17 · アンテナ設計 — パッチを例に、初期値から最適化まで

Chapter 17

アンテナ設計 — パッチを例に、初期値から最適化まで

この章のゴール.

「まず手計算で初期寸法を出し、シミュレーションで詰める」という実務の順序を、 マイクロストリップパッチアンテナで通しで実行すること。 どの寸法がどの特性を動かすかという感度の地図を持つこと。

この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). シミュレーション(01 章 3 節)、表面(01 章 5 節)、コモンモード(03 章 5 節)、シグナルインテグリティ(09 章 2 節)、寸法(10 章 1 節)、メッシュ(13 章 7 節)、放射効率(15 章 3 節)

1. なぜ手計算から始めるのか

いきなりシミュレータに適当な寸法を入れて最適化を回すのは、最も遅い方法である。

理由中身
初期値が悪いと収束しない最適化は局所解に落ちる。共振から遠すぎると勾配が得られない
桁の検算になる手計算と 2 倍違えばモデルか単位が間違っている(20 章)
感度が分かるどの寸法が何を動かすかを式で理解していれば、掃引すべき変数が絞れる

2. パッチアンテナの初期寸法 — 設計式

マイクロストリップパッチの設計式WL給電(インセット y₀)パッチ(上面図)h側面(基板 εr、厚さ h)W = (c/2f₀) √(2/(εr+1))放射効率が良くなる幅εeff = (εr+1)/2 + (εr−1)/2 · (1+12h/W)^(−1/2)電界が基板と空気を通る平均ΔL/h = 0.412 (εeff+0.3)(W/h+0.264) / ((εeff−0.258)(W/h+0.8))縁の張り出しによる伸びL = c/(2f₀√εeff) − 2ΔL共振条件:電気長が半波長「基板で縮み、縁で少し伸びる半波長共振器」
ΔL は h に比例するので、厚い基板ほど補正が大きい。帯域を広げようと厚くすると共振がずれる理由がこれである

矩形マイクロストリップパッチの設計手順は確立している。 共振周波数 \(f_0\)、基板の比誘電率 \(\varepsilon_r\)、基板厚 \(h\) から出発する。

Step 1: 幅 \(W\) を決める(放射効率が良くなる値)

\[ W = \frac{c}{2f_0}\sqrt{\frac{2}{\varepsilon_r+1}} \]

Step 2: 実効誘電率を求める

パッチの下の電界は一部が基板を、一部が空気を通る。その平均が実効誘電率である:

\[ \varepsilon_{\text{eff}} = \frac{\varepsilon_r+1}{2} + \frac{\varepsilon_r-1}{2}\left(1+\frac{12h}{W}\right)^{-1/2} \]

Step 3: フリンジング(縁の張り出し)による長さの伸びを求める

パッチの端で電界が外へはみ出すため、電気的な長さは物理長より長くなる:

\[ \frac{\Delta L}{h} = 0.412\, \frac{(\varepsilon_{\text{eff}}+0.3)\left(\frac{W}{h}+0.264\right)} {(\varepsilon_{\text{eff}}-0.258)\left(\frac{W}{h}+0.8\right)} \]

Step 4: 物理長 \(L\) を決める

共振条件は「電気的な長さが半波長」である:

\[ L = \frac{c}{2f_0\sqrt{\varepsilon_{\text{eff}}}} - 2\Delta L \]

この 4 式の意味を一言でまとめる.

「パッチは半波長の共振器である。ただし基板で波長が縮み、縁でさらに少し伸びる。」

\(\Delta L\) の補正は \(h\) に比例するので、厚い基板ほど補正が大きい。 そして厚い基板ほど帯域が広くなる(後述)。 「帯域を広げたいから厚くしたら、共振がずれた」というのは、この項が効いているのである。

パッチの初期寸法を計算する

\(f_0, \varepsilon_r, h\) を入れると上の 4 式が順に計算され、\(W, L, \varepsilon_{\text{eff}}, \Delta L\) が出る。 帯域と効率の目安も同時に表示するので、基板の選択が特性に効く様子が見える。

3. 給電と整合

パッチ中心のインピーダンスはゼロ、端では数百 Ω になる。50 Ω に整合させる方法がいくつかある。

給電方式整合の仕方特徴
インセット給電パッチに切り込みを入れ、50 Ω になる位置から給電平面で完結。切り込み深さ \(y_0\) で調整
同軸プローブ給電裏から同軸の芯線を挿す。挿す位置で調整帯域がやや広い。3D モデル化が要る
近接結合・開口結合別層から電磁的に結合させる帯域が広い。層が増える
1/4 波長変成器高インピーダンス線路で変換平面。線路の場所を取る

インセット給電の入力抵抗は、近似的に

\[ R_{\text{in}}(y_0) \approx R_{\text{edge}}\cos^2\!\left(\frac{\pi y_0}{L}\right) \]

で変化する。\(R_{\text{edge}}\) が 200 Ω なら、\(\cos^2 = 0.25\) すなわち \(y_0 \approx 0.33L\) で 50 Ω になる。

これが「シミュレーションで掃引すべき変数」の第一候補である.

\(L\) は共振周波数を、\(y_0\) は整合を主に動かす——役割が分かれているので、 2 変数の最適化は事実上 1 変数ずつの調整になる。 式で感度が分かっていると、最適化が劇的に速くなる。

4. 寸法感度の地図

寸法感度の地図 — どれが何を動かすかL(長さ)共振周波数(f₀ ∝ 1/L)ほぼこれだけ。最重要y₀(給電位置)整合(|S₁₁| の深さ)共振周波数はほぼ動かないW(幅)入力インピーダンス・帯域・パターン共振も少し動くh(基板厚)帯域(厚いほど広い)表面波損失増・共振ずれεrサイズ(高いほど小さい)帯域も効率も落ちるグラウンド面サイズ後方放射・F/B 比実機で必ず効くL が周波数、y₀ が整合 —— 役割が分かれているので、2 変数の最適化が事実上 1 変数ずつになる
式で感度が分かっていると最適化が劇的に速くなる。闇雲に多変数最適化を回すのが最も遅い進め方である
変えるもの主に動くもの副作用
\(L\)(長さ)共振周波数(\(f_0 \propto 1/L\))ほぼこれだけ。最重要の変数
\(W\)(幅)入力インピーダンス、帯域、放射パターン共振周波数もわずかに動く
\(h\)(基板厚)帯域(厚いほど広い)表面波損失が増える。\(\Delta L\) が変わり共振がずれる
\(\varepsilon_r\)サイズ(高いほど小さい)、帯域(高いほど狭い)効率も落ちる
\(y_0\)(給電位置)整合($`S_{11}`$ の深さ)共振周波数はほぼ動かない
グラウンド面のサイズ後方放射、F/B 比、パターンの歪み有限サイズの影響は実機で必ず出る

パッチの帯域(\(|S_{11}|<-10\) dB)の目安は

\[ BW \approx \frac{h}{\lambda_0}\cdot\frac{1}{\sqrt{\varepsilon_r}} \times \text{(数倍の係数)} \]

——薄い高誘電率基板は小さいが狭帯域、厚い低誘電率基板は大きいが広帯域。 このトレードオフがパッチ設計の本質である。

5. シミュレーションの進め方

実機との差を生むのは「環境」である単体解析(出発点にすぎない)有限グラウンド面無限を仮定すると後方放射を過小評価筐体金属は共振をずらす。樹脂も εr で数 % 動く周辺部品バッテリ・シールドケース・コネクタが結合人体誘電体・損失体として効き、効率が数 dB 落ちるケーブルコモンモード電流でパターンが乱れる「単体では完璧なアンテナが、製品に入れたら動かない」——きわめてよくあるアンテナは環境込みで設計するもの。段階的に環境を足しながら確認していく
進め方: 手計算 → 2.5D で粗く → 3D で詰める → 環境を足す → 公差解析(εr ±0.2、寸法 ±50 µm)
段やること注意
1手計算で \(W, L\) の初期値桁の基準になる
22.5D ソルバで粗く解く(08 章)平面構造なので圧倒的に速い。\(L\) を掃引して共振を合わせる
3\(y_0\) を掃引して整合を取る$`S_{11}`$ の谷を深くする
43D ソルバに移行有限グラウンド、実際の給電構造、筐体を入れる
5メッシュ収束を確認(13 章)ここで初めて絶対値を信じる
6環境を入れる筐体、周辺部品、人体、車体など
7公差解析製造ばらつき(\(\varepsilon_r \pm 0.2\)、寸法 \(\pm 50\) µm)で性能が保てるか

段 6 が実機との差を生む最大の要因である.

「単体では完璧なアンテナが、製品に入れたら動かない」——きわめてよくある。

アンテナは環境込みで設計するものであり、単体解析は出発点にすぎない。

6. アンテナ特有の落とし穴

落とし穴症状対処
PML が近すぎる共振周波数がずれる、効率がおかしい構造から \(\lambda/4\) 以上(最低周波数で、11 章)
給電ギャップのインダクタンス共振が低い方にずれる給電構造を実体化する、細かくメッシュ(12 章)
PEC でモデル化効率が 100 % に近く出る実際の導電率と \(\tan\delta\) を入れる(03 章)
表面波を見落とす実機で効率が低い厚い・高 \(\varepsilon_r\) 基板では表面波損失が大きい。EBG(電磁バンドギャップ。特定帯域の表面波を通さない周期パターン)などで対策
同軸ケーブルの影響を無視測定パターンが乱れるケーブル上のコモンモード電流。バランやフェライトを実機で使う
グラウンドを無限と仮定後方放射が過小評価実サイズのグラウンドでモデル化

7. 最適化の実務

手法適する場面
パラメータ掃引変数 1〜2 個。感度を目で見たいとき。まずこれ
勾配法変数が連続で、初期値が良いとき。高速
遺伝的アルゴリズム・粒子群変数が多い、局所解が多い、離散変数を含む
サロゲートモデル(応答曲面、機械学習)1 回の解析が高価なとき。少数の解析点からモデルを作り、その上で最適化

最適化する前に、必ずメッシュ収束を確認する.

収束していないメッシュで最適化すると、 「離散化誤差を最小化する形状」が見つかってしまう。 それは物理的には最適でもなんでもない。

ただし最適化中は粗いメッシュで回し(相対比較が目的)、 最終候補だけ収束を確認するのが現実的である(09 章の進め方)。

8. この章のまとめ

ポイント内容
順序手計算 → 2.5D で粗く → 3D で詰める → 環境込み → 公差
パッチの設計式半波長共振器 + 基板による波長短縮 + 縁の伸び \(\Delta L\)
感度の分離\(L\) が周波数、\(y_0\) が整合、\(h\) が帯域。役割が分かれるので調整しやすい
トレードオフ薄い・高 \(\varepsilon_r\) = 小型だが狭帯域・低効率
実機との差環境(グラウンド・筐体・部品・人体)が主犯
最適化収束していないメッシュで最適化すると誤差を最適化してしまう