Chapter 15
遠方界 — 有限の箱から、無限遠の放射を出す
この章のゴール.
近傍界と遠方界の境目を数式で言えること。 近傍界→遠方界変換が「箱の表面の場だけで、無限遠の放射が計算できる」原理を理解すること。 利得・指向性・効率の違いを混同しないこと。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 次元(01 章 5 節)、表面(01 章 5 節)、領域(01 章 5 節)、PEC(03 章 4 節)、RCS(08 章 6 節)、寸法(10 章 1 節)、PML(11 章 1 節)、周期境界(11 章 6 節)、励振(12 章 1 節)、メッシュ(13 章 7 節)
1. 3 つの領域
アンテナの周りの空間は、距離によって性質の違う 3 つの領域に分かれる。
| 領域 | 範囲の目安 | 場の性質 |
|---|---|---|
| リアクティブ近傍界 | \(R < 0.62\sqrt{D^3/\lambda}\) | エネルギーが蓄えられて戻ってくる。放射しない。\(\mathbf{E}\) と \(\mathbf{H}\) の位相が 90° ずれる |
| 放射近傍界(フレネル領域) | 上記〜\(2D^2/\lambda\) | 放射しているが、距離によってパターンの形が変わる |
| 遠方界(フラウンホーファー領域) | \(R > 2D^2/\lambda\) | パターンの形が距離によらない。振幅だけ \(1/R\) で減る。\(\mathbf{E}\perp\mathbf{H}\perp\) 進行方向 |
\(D\) はアンテナの最大寸法である。
遠方界条件 \(R > 2D^2/\lambda\) はどこから来るか.
アンテナの端から観測点までの距離と、中心からの距離の差が \(\lambda/16\)(位相で 22.5°)以下になる条件である。 これを満たせば「アンテナ全体から同じ位相で球面波が出ている」と見なせて、パターンが安定する。
数値例: 直径 30 cm のアンテナを 10 GHz(\(\lambda=3\) cm)で測るなら \(R > 2(0.3)^2/0.03 = 6\) m。測定にはこの距離が要る(だから電波暗室は大きい)。 シミュレーションならこの制約から自由になれる——これが EM 解析の大きな利点である。
11 章で「PML は構造から \(\lambda/4\) 以上離す」と述べた理由もここにある。 リアクティブ近傍界が PML に触れると、蓄えられるべきエネルギーが吸われ、 入力インピーダンスと共振周波数が狂う。
2. 近傍界→遠方界変換(NTFF)
計算領域は有限で、せいぜい構造の周り数波長ぶんしかない。 そこから「無限遠でのパターン」をどうやって出すのか。
答えは等価定理(ホイヘンスの原理)である。
構造を囲む閉曲面 \(S\) の上の \(\mathbf{E}\) と \(\mathbf{H}\) が分かれば、 その外側の場は完全に決まる。
面上の場を、等価的な表面電流に置き換える:
(\(\mathbf{J}_s\) が等価電流、\(\mathbf{M}_s\) が等価磁流。\(\hat{n}\) は外向き法線。)
そして 08 章のグリーン関数で無限遠へ飛ばす。遠方界の近似(\(|\mathbf{r}-\mathbf{r}'| \approx r - \hat{r}\cdot\mathbf{r}'\))を使うと
これは空間フーリエ変換である.
積分の中の \(e^{+jk\hat{r}\cdot\mathbf{r}'}\) は、まさにフーリエ変換の核である。 つまり遠方界パターンは、開口面の電流分布のフーリエ変換にほかならない。
ここから重要な帰結が出る:
- 開口が大きいほどビームが細い(時間窓が長いほど周波数分解能が高いのと同じ)
- 開口分布にテーパを掛けるとサイドローブが下がり、ビームが広がる(窓関数と同じトレードオフ)
レーダーシリーズ 11 章で扱ったアンテナの性質は、すべてこの 1 つの変換から出てくる。
実務上の注意が 2 つある。
| 注意 | 内容 |
|---|---|
| 積分面の位置 | 構造を完全に囲み、PML には触れない位置に置く。通常は構造と PML の中間 |
| 面の解像度 | 面上の場を最高周波数の波長で十分サンプルできていること(メッシュが粗いと高角度のパターンが崩れる) |
3. アンテナの諸量 — 混同しやすい 4 つ
| 量 | 定義 | 何を含むか | ||
|---|---|---|---|---|
| 指向性 \(D\) | \(\dfrac{\text{最大放射強度}}{\text{全放射電力を等方に分けた強度}}\) | 形だけ。損失を含まない | ||
| 利得 \(G\) | \(\eta_{\text{rad}} \cdot D\) | 形 + 導体損・誘電損 | ||
| 実効利得(総合利得) | $`(1- | S_{11} | ^2)\cdot G`$ | 上 + 反射損 |
| 放射効率 \(\eta_{\text{rad}}\) | \(\dfrac{P_{\text{放射}}}{P_{\text{入力}}}\) | 損失の割合 |
PEC でモデル化すると利得=指向性になる.
03 章で述べた通り、PEC は損失ゼロなので \(\eta_{\text{rad}}=1\) になる。 効率を評価したいなら、必ず実際の導電率と \(\tan\delta\) を入れる。 「利得は出たが効率が異様に良い」ときは、材料設定を疑う。
単位も 2 種類あるので注意する。
| 単位 | 基準 |
|---|---|
| dBi | 等方性アンテナ基準(標準) |
| dBd | 半波長ダイポール基準。\(\text{dBi} = \text{dBd} + 2.15\) |
4. パターンの読み方
| 指標 | 意味 |
|---|---|
| 主ローブ | 最大放射方向のビーム |
| 半値幅(HPBW) | 主ローブが −3 dB になる角度幅。分解能に対応 |
| サイドローブレベル(SLL) | 主ローブに対する最大サイドローブの比 [dB]。低いほど良い |
| フロントバックレシオ(F/B) | 前方と真後ろの比。指向性アンテナの品質 |
| クロスポーラ | 意図しない偏波成分。低いほど良い |
| 交差偏波識別度(XPD) | 主偏波とクロスポーラ(意図した偏波と直交する向きの、漏れ出た成分)の比 |
パターンは 3 次元だが、実務では主要な 2 つの面で切って表示する。
| 面 | 定義 |
|---|---|
| E 面 | 電界ベクトルと最大放射方向を含む面 |
| H 面 | 磁界ベクトルと最大放射方向を含む面 |
遠方界パターンを見る
開口サイズ・分布のテーパ・素子数を変えて、放射パターンがどう変わるかを見られる。 「開口が大きいほど細く、テーパを掛けるとサイドローブが下がって太くなる」—— フーリエ変換の性質がそのまま現れることを確かめてほしい。
5. RCS(レーダー断面積)
散乱の問題では、放射ではなく入射波をどれだけ跳ね返すかを評価する。
(レーダーシリーズ 04 章と同じ定義。)
| 種類 | 意味 |
|---|---|
| モノスタティック RCS | 送信と受信が同じ位置(後方散乱)。普通のレーダー |
| バイスタティック RCS | 送信と受信が別位置 |
計算には平面波入射の励振(12 章)を使い、NTFF で散乱界を取り出す。 電気的に大きい目標では MoM + MLFMA(08 章)が第一選択になる。
6. アレイと素子パターン
多数の素子を並べたアレイの遠方界は、素子パターン × アレイファクタ(アレイファクタ=素子を無指向性の点とみなしたときの、配置と励振位相だけで決まる指向性)で近似できる(パターン乗積定理):
アレイファクタは素子位置と励振重みだけで決まるので、電磁界解析なしで計算できる。 これにより、全体を一度に解かずに済む。
ただし相互結合を無視している.
実際の素子は隣の素子と結合し、パターンも入力インピーダンスも単独時から変わる。 精密設計では
- 周期境界(11 章)で無限アレイ中の 1 素子を解き、「アレイ環境での素子パターン」を得る
- それをアレイファクタと掛ける
という手順を取る。これで結合を織り込みつつ計算量を抑えられる。 有限アレイの端の素子は環境が違うので、エッジ効果が残ることは意識しておく。
7. この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 3 領域 | リアクティブ近傍界/放射近傍界/遠方界(\(R > 2D^2/\lambda\)) |
| PML 距離 | リアクティブ近傍界を吸わせない。\(\lambda/4\) 以上(最低周波数で) |
| NTFF | 等価定理で囲み面の場から無限遠へ。中身は空間フーリエ変換 |
| 帰結 | 開口が大きい→細いビーム、テーパ→低サイドローブ・太いビーム |
| 諸量 | 指向性(形)<利得(+損失)<実効利得(+反射)。PEC だと利得=指向性 |
| アレイ | 素子パターン × アレイファクタ。結合は周期境界で織り込む |