Chapter 02
音の物理の最小限 — 波形・倍音・dB・エンベロープ
この章のゴール.
以降の全章で使う 4 つの道具——波形・スペクトル(倍音)・dB・エンベロープ——を手に入れること。 「歪むと倍音が増える」「フィルタは倍音のバランスを変える」を、絵で説明できるようになること。
1. 波形 — 時間軸で見る
音は空気の圧力の波であり、エフェクターの中では電圧の波形である。 横軸に時間、縦軸に電圧を取ったグラフが波形(waveform)で、オシロスコープで見る形である。
- 周波数(frequency、Hz): 1 秒あたりの繰り返し回数。高いほど高い音。ギターの最低音 E は約 82 Hz、A 弦は 110 Hz、1 弦 12 フレットは約 660 Hz
- 振幅(amplitude): 波の大きさ。大きいほど大きい音
- 位相(phase): 波の「タイミングのずれ」。単体では聞こえないが、2 つの波を混ぜたときに山と山なら強め合い、山と谷なら打ち消す。フランジャーとフェイザー(12 章・13 章)の主役
2. 倍音 — 周波数軸で見る
楽器の音は、きれいな正弦波(単一周波数の波)ではない。 110 Hz の A 弦を弾くと、110 Hz(基音)に加えて、220、330、440 Hz…という整数倍の成分が同時に鳴っている。これが倍音(harmonics、高調波)である。
横軸に周波数、縦軸に各成分の大きさを取ったグラフがスペクトル(spectrum)で、 音色の正体は倍音のバランスである。
- 倍音が少ない → 丸い・柔らかい音(フルート、トーンを絞ったギター)
- 倍音が多い → 明るい・硬い・ギラギラした音(ブリッジ寄りのピッキング、歪んだ音)
- 偶数次倍音(2、4 倍音…)は 1 オクターブ上・2 オクターブ上なので協和して「豊か」に、奇数次倍音(3、5 倍音…)は「硬さ・エッジ」に寄与する——歪み系の音色の違い(04 章)はここに帰着する
エフェクトの半分は「倍音の操作」である.
歪みは倍音を足す(04 章)。フィルタと EQ は倍音のバランスを変える(08 章)。 ワウは強調する倍音の場所を動かす(09 章)。フェイザーは特定の倍音帯を打ち消す(13 章)。 スペクトルで考える癖をつけると、エフェクトの説明が全部同じ言葉で読めるようになる。
3. dB — 大きさの物差し
音量と利得(ゲイン)は dB(デシベル)で表す。dB は倍率の対数で、電圧比なら
| dB | 電圧比 | 感覚 |
|---|---|---|
| 0 dB | 1 倍 | 同じ |
| +6 dB | 約 2 倍 | はっきり大きい |
| +12 dB | 約 4 倍 | ブースターの標準的な持ち上げ幅 |
| +20 dB | 10 倍 | クリーンブースターの最大級 |
| −6 dB | 約 1/2 | はっきり小さい |
| −∞ dB | 0 | 無音 |
なぜ対数か——人間の耳は倍率で音量を感じるからである。「10 → 20」と「100 → 200」は同じ「倍」に聞こえる。 コンプレッサーのレシオ(06 章)や EQ のブースト量(08 章)は全部 dB で語られるので、±6 dB = 半分/倍だけでも体に入れておく。
4. エンベロープ — 音量の時間変化
1 つの音の音量の時間変化をエンベロープ(envelope、包絡線)と呼ぶ。
- アタック(attack): 立ち上がり。ピッキングの「ツン」
- ディケイ(decay): 立ち上がり直後の減衰
- サステイン(sustain): 伸びている部分
- リリース(release): 消え際
ギターの音は「鋭いアタック + 減衰し続けるサステイン」という形をしている。 コンプレッサー(06 章)はこの形を作り変える道具であり、エンベロープフィルタ(09 章)はこの形でフィルタを動かす。 「アタックを残す/潰す」「サステインを持ち上げる」という言葉は、全部このグラフの上の操作である。
5. フィルタの言葉 — 削る場所の名前
周波数ごとに大きさを変える処理がフィルタ(08 章で本格的に扱う)。名前だけ先に。
| フィルタ | 何をする |
|---|---|
| ローパス(LPF) | 高域を削る(低域を通す)。トーンツマミの正体 |
| ハイパス(HPF) | 低域を削る |
| バンドパス(BPF) | ある帯域だけ通す。ワウの正体 |
| ノッチ | ある帯域だけ削る。フェイザーの正体 |
| カットオフ周波数 | 削り始める境目の周波数 |
| レゾナンス(Q) | カットオフ付近の強調。ワウの「クセ」の量 |
6. 周波数の地図 — ギターの音はどこにいるか
音作りの会話は「○○ Hz あたりを削る」で進む。ざっくりした地図を持っておく。
| 帯域 | 呼び名 | ギター/ベースでは |
|---|---|---|
| 60〜150 Hz | 低域 | ベースの土台。ギターではボワつき(お風呂感)の元 |
| 150〜400 Hz | 中低域 | 厚み。出しすぎると濁る(こもり) |
| 400 Hz〜1 kHz | 中域 | 音の芯。バンドで抜けるかはここ |
| 1〜3 kHz | 中高域 | アタック感、「おいしい」ところ。耳に刺さるのもここ |
| 3〜6 kHz | 高域 | ギラつき、プレゼンス |
| 6 kHz〜 | 超高域 | 空気感。ギターアンプのスピーカーはこの上をほぼ出さない(5 kHz 付近から急落)——歪みがうるさくならない理由(04 章) |
7. 手を動かす
倍音を足して音色を作る
この章のポイント
- 波形(時間軸)とスペクトル(周波数軸)は同じ音の 2 つの見方。音色 = 倍音のバランス
- 偶数次倍音は豊かさ、奇数次倍音は硬さ。歪み系の性格はここで決まる
- ±6 dB = 半分/倍。耳は倍率で聞くから対数(dB)を使う
- エンベロープ = 音量の時間変化。コンプはこれを作り変える道具
- フィルタの言葉(ローパス・バンドパス・カットオフ・Q)と周波数の地図を持つ