Chapter 09
ワウとフィルタ系 — 共振の山を動かすと声になる
この章のゴール.
ワウの正体が「動くレゾナンス付きフィルタ」であること、 それを足・エンベロープ・LFO のどれで動かすかで別のエフェクトになることを理解すること。 トーキング・モジュレータまで含めて「声に聞こえる」理由(フォルマント)を説明できるようになること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). フィルタ系(01 章 2 節)、エンベロープ(02 章 4 節)、スペクトル(02 章 2 節)、バンドパス(02 章 5 節)、ローパス(02 章 5 節)、倍音(02 章 2 節)、ファズ(05 章 1 節)、スレッショルド(06 章 2 節)、ベース(06 章 6 節)、ピーキング(08 章 1 節)
1. ワウの正体
ワウペダル(wah)は、強いレゾナンス(Q)を持つバンドパス/ピーキングフィルタのカットオフを、ペダルで動かすエフェクトである。 踏み込むと山が高域へ、戻すと低域へ動く。強調される倍音の帯域がリアルタイムに動くと、耳には「ワウワウ」という母音の変化のように聞こえる。
なぜ「声」に聞こえるか — フォルマント
人間の声の母音は、声帯の音を口の形で特定の帯域を強調して作られる。この強調帯域をフォルマントと呼ぶ。 「あ→お→う」と口をすぼめると、強調帯域が下がっていく——ワウはこれと同じことをフィルタでやっている。 動く共振 = 母音、という対応が「しゃべっている」ように聞こえる理由である。
回路
古典的なワウ(Cry Baby 系)は、トランジスタ増幅とインダクタ(コイル)で共振回路を作り、ペダルに連動した可変抵抗(ポット)で共振周波数を 400 Hz〜2 kHz あたりで動かす。 インダクタの個体差が音を左右する、ポットのガリが宿命、というアナログらしい世界。踏み込み角度→周波数の対応(テーパー)も機種の個性である。
2. 動かし方で別のエフェクトになる
「動くフィルタ」の動かし方を替えると、それぞれ名前のついた別のエフェクトになる。
| 動かすもの | エフェクト | 音 |
|---|---|---|
| 足 | ワウペダル | 演奏者のリズムで動く。カッティング、ソロの歌わせ |
| 入力音量(エンベロープ) | エンベロープフィルタ / オートワウ / タッチワウ | 強く弾くと「ゥワッ」と開く。ファンク、Mu-Tron III、ジェリー・ガルシア |
| LFO(周期信号) | オートワウ(周期型)/ フィルタトレモロ | 一定周期でワウワウ。シンセ的 |
| 止める | フィクスドワウ(08 章) | 強いピーキング EQ として |
| 鍵盤/シーケンサ | シンセのフィルタ | 16 分で開閉すればシーケンス的 |
エンベロープフィルタは、06 章のエンベロープフォロワ(音量検出)でフィルタのカットオフを動かす。 Sensitivity(感度)がスレッショルドに、Attack/Decay が開閉の速さに相当し、ピッキングの強弱がそのまま音色になる。ベースのファンク(Bootsy Collins)の定番。
3. レゾナンスという毒
Q(レゾナンス)を上げるほど「クセ」が強くなり、上げすぎると特定の音程でフィルタが自己発振気味に鳴く。
- ワウの「おいしい」ギラつきは高めの Q の産物
- ただし共振の山はレベルが大きく持ち上がる(+10 dB 超)ので、歪みの前に置くと山の帯域だけ深く歪む。これがジミヘン的「ワウ + ファズ」のギラギラの正体(順番は好みが割れる: ワウ→ファズは発音がはっきり、ファズ→ワウは効きが滑らか)
- シンセのローパス + 高レゾナンスは「ミョンミョン」の質感。アシッドベース(Roland TB-303 というベースシンセの音)はレゾナンスとエンベロープの文化そのもの
4. トーキング・モジュレータ — 口をフィルタにする
トーキング・モジュレータ(talk box)は、フィルタを回路でなく本物の口でやる装置である。
- アンプの出力をドライバ(ホーン)に送り、ビニールチューブで音を口の中へ導く
- 口の形を変えると、口腔がフォルマントフィルタとして働く
- その音をボーカルマイクで拾う
ピーター・フランプトン、Bon Jovi「It's My Life」。ワウの原理説明(フォルマント)をそのまま物理で実装した楽器である。 姉妹技術のヴォコーダは、声のスペクトルを分析して楽器音に転写する電気版(18 章)。
5. 重箱の隅
- サンプル&ホールド・フィルタ: LFO の代わりに乱数でカットオフを段階的に飛ばす。ロボットが喋るようなランダムワウ(Maestro FSH-1、Z.Vex Seek Wah)
- ステップフィルタ/シーケンスフィルタ: パターンでカットオフを刻む。エレクトロニカ的
- ローファイフィルタ: 電話帯域(300 Hz〜3 kHz のバンドパス)に絞る「ラジオボイス」。曲の導入の定番
- 共振だけ抜き出す: リゾネータ系ペダルは固定周波数の強い共振を複数持ち、金属的な「箱鳴り」を付加する
6. 音作りの勘どころ
- ワウは「踏み切らない」。全開〜全閉を往復するより、おいしい中域〜中高域の範囲を小さく動かす方が歌う。カッティングは 16 分に合わせて浅く
- エンベロープフィルタは Sensitivity 合わせが 9 割。自分のピッキングの強さで「強く弾いたときだけ全開」になる点を探す。ベースでは Decay 速めがファンキー
- ワウ半止め(ハーフワウ)+ 歪みはソロの抜けの飛び道具。位置で音色が激変するので、マーキングしておく
- Q は「鳴く寸前」まで。それ以上はライブでピーキーな事故になる
7. 手を動かす
ワウの山を動かす
この章のポイント
- ワウ = 動くレゾナンス付きフィルタ。動く共振はフォルマント = 母音に聞こえる
- 動かし方(足 / エンベロープ / LFO / 乱数)を替えると別のエフェクトになる——ワウ、エンベロープフィルタ、オートワウ、サンプル&ホールド
- レゾナンスは音色の毒にして華。歪みの前では共振帯域だけ深く歪む
- トーキング・モジュレータは「口をフィルタにした」物理実装
- エンベロープフィルタは Sensitivity 合わせが 9 割