Chapter 12
フランジャー — 櫛形フィルタを飛ばす
この章のゴール.
フランジャーとコーラスの違いが「遅延の短さとフィードバック」にあることを理解し、 コムフィルタ(櫛形フィルタ)がなぜできるか、ジェット音の正体は何かを説明できるようになること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). スペクトル(02 章 2 節)、ノッチ(02 章 5 節)、フィルタ(02 章 5 節)、倍音(02 章 2 節)、Depth(10 章 2 節)、LFO(10 章 1 節)、Rate(10 章 2 節)、コーラス(11 章 1 節)
1. コーラスとの違いは 2 つだけ
フランジャー(flanger)の構造はコーラス(11 章)とほぼ同じ「原音 + 揺れる遅延」である。違いは:
- 遅延が短い: 0.5〜5 ms(コーラスは 10〜30 ms)
- フィードバックがある: 遅延の出力を入力に戻す
この 2 つが、コーラスの「厚み」をフランジャーの「ジェット機」に変える。
2. コムフィルタ — 短い遅延 + ミックスの物理
原音と、それを t 秒遅らせた音を混ぜると何が起きるか。 周波数 f の成分は、遅延で位相が回る。半波長ずれる周波数(f = 1/2t, 3/2t, 5/2t…)では山と谷が重なって打ち消し合い、その間の周波数では強め合う。
スペクトルで見ると、等間隔のノッチ(谷)が櫛の歯のように並ぶ——これをコムフィルタ(comb filter、櫛形フィルタ)と呼ぶ。
- t = 1 ms なら 500 Hz, 1.5 kHz, 2.5 kHz… に谷 → 可聴域に数本〜十数本。はっきり「シュー」と聞こえる
- t = 20 ms(コーラス)なら谷は 25 Hz から 50 Hz 間隔でびっしり → 個々の谷は聞こえず「厚み」になる
遅延の長さだけで、同じ干渉が「フランジャー」と「コーラス」に化けるのである。
LFO で t を揺らすと、櫛の間隔が伸び縮みし、谷が周波数軸上を掃引する。倍音の多い音(歪み、ドラム)ほど、掃引が「ジェット機が頭上を通る音」に聞こえる。
3. フィードバックとジェット音
遅延出力を入力へ戻す(フィードバック、Regen/Resonance ツマミ)と、櫛の山がどんどん尖る。 強くかけるほど金属的な共鳴(パイプを覗いたような音)が乗り、掃引が「ヒュイーン」と鳴く。 フィードバックを負(逆相)にすると櫛の並びが半周期ずれ、より「うつろ」な質感になる(機種のスイッチで選べることがある)。
名前の由来 — テープのフランジ.
元祖は 1960 年代のスタジオ技: 同じ音源を 2 台のテープレコーダで同時再生し、 片方のリール(flange、フランジ = テープリールの縁)を指で押さえてわずかに遅らせた。 遅延ゼロ付近を横切る瞬間の「スルー・ゼロ」の裏返る質感は、通常のペダルでは出せない (原音側にも遅延を持つスルーゼロフランジャーという専用機がある。重箱の隅その 1)。
4. コーラス・フランジャー・フェイザーの見分け
耳では混同しやすい 3 兄弟を、仕組みで並べる(フェイザーは 13 章)。
| 遅延時間 | ノッチの並び | フィードバック | 質感 | |
|---|---|---|---|---|
| コーラス | 10〜30 ms | 密すぎて聞こえない | なし | 厚み・広がり |
| フランジャー | 0.5〜5 ms | 等間隔(倍音列的) | あり | 金属的・ジェット |
| フェイザー | 遅延でなく全域通過フィルタ | 数個だけ・不等間隔 | あり/なし | うねり・シュワシュワ |
「ノッチが何本・どう並ぶか」が 3 者の指紋である。
5. 音作りの勘どころ
- ジェット(Rate 遅め 0.1〜0.3 Hz・Depth 最大・フィードバック深め): 白玉コードやドラムのフィルで数十秒かけて掃引させる定番演出
- 金属的なコード(Van Halen「Unchained」): Rate 中・フィードバック深め・歪みの後ろ。MXR Flanger 系
- 薄いフランジ = 準コーラス: Depth 浅め・フィードバックほぼ 0 で、コーラスより硬質な揺れとして常用できる
- スルーゼロ系・テープ再現は専用機/プラグインの領域。「裏返る」瞬間が欲しい場合だけ手を出す
- ミックス相当が固定の機種が多い。効きすぎるときは並列ループで薄める(01 章)
6. 手を動かす
櫛形フィルタを掃引する
この章のポイント
- フランジャー = コーラスと同じ構造で「遅延が短い + フィードバック」
- 原音 + 短い遅延 = コムフィルタ(等間隔のノッチ)。LFO で掃引するとジェット音
- 遅延の長さだけで「コーラス(谷が密で聞こえない)⇄ フランジャー(谷が聞こえる)」に化ける
- フィードバックは櫛の山を尖らせ、金属的共鳴を足す
- 3 兄弟の指紋は「ノッチの本数と並び」——フェイザー(13 章)へ続く