Chapter 11
コーラス — 揺れる遅延を原音に混ぜる
この章のゴール.
コーラスの構造「LFO で揺れる 10〜30 ms の遅延 + 原音とミックス」を理解し、 なぜ「複数人で弾いているよう」に聞こえるのかを説明できるようになること。 BBD(アナログ遅延素子)の仕組みと、80s トーンの作り方を知ること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). ローパス(02 章 5 節)、倍音(02 章 2 節)、LFO(10 章 1 節)
1. 合唱の物理
2 人が同じフレーズを弾くと、どうしてもタイミングと音程がわずかにずれる。このずれが常に変動することが「厚み」「広がり」の正体である。 コーラス(chorus)はこれを 1 台で再現する。
- 原音を分岐する
- 片方を 10〜30 ms 遅らせる(1 人目と 2 人目の弾き始めのずれ)
- その遅延時間を LFO でゆっくり揺らす(10 章のビブラート = 音程のずれの変動)
- 原音と混ぜる
つまり「原音 + 揺れたビブラート」がコーラスである。10 章の部品がそのまま組み上がっている。
- Rate: LFO の速さ。遅い = ゆったりしたうねり、速い = 回転感
- Depth: 遅延の揺れ幅 = 音程のずれ幅。深いほど酔う
- Mix: 原音との比率。100 % ウェットにするとビブラートに戻る(多くの機種の隠し技)
- Delay time(プリディレイ): 中心の遅延。短い(5〜10 ms)と金属的でフランジャー寄り、長い(20〜30 ms)とダブリング的
2. BBD — アナログ遅延の主役
デジタル以前、遅延は BBD(Bucket Brigade Device、バケツリレー素子)で作られた。 数百〜数千段のコンデンサの列に電荷を貯め、クロックで隣へ順送りする IC である(バケツリレーの名の通り)。
- 遅延時間 = 段数 ÷ クロック周波数。クロックを LFO で揺らせば遅延が揺れる——コーラスに最適
- 段を通るたびに信号は劣化する(高域が落ち、ノイズが乗る)。この劣化こそが「アナログコーラスの温かさ」の正体で、デジタル機はわざわざ劣化をモデリングする
- クロックのキャリア(数十 kHz)が漏れないよう、前後に急峻なローパスが入る——これも高域が丸くなる一因
BOSS CE-1/CE-2、Electro-Harmonix Small Clone(ニルヴァーナ「Come as You Are」)が BBD コーラスの金字塔である。
3. 派生形
| 名前 | 構造 | 音 |
|---|---|---|
| ステレオコーラス | 左右で LFO の位相を逆に(または片側ドライ/片側ウェット) | 大きく広がる。モノ再生で消えないかは要確認(10 章) |
| ディメンション系 | 2 系統の BBD を逆相で揺らして混ぜる(Roland SDD-320 / BOSS DC-2) | 「揺れを感じさせずに広がる」上品なコーラス |
| トライコーラス | 3 系統の遅延を別々の LFO で | 分厚い(Strymon 等のモード名) |
| ビブラート | 同じ回路の Mix 100 % | 10 章 |
| ダブラー/ADT | 揺れの遅い長め遅延(30〜50 ms)+ 少しのピッチ差 | 「もう 1 本録った」感。ボーカルの Automatic Double Tracking 由来 |
| デチューン | LFO でなく固定のピッチずれ(±5〜15 セント)を混ぜる(15 章のピッチシフタ製) | 揺れないコーラス。12 弦風、ラックの定番 |
4. なぜ「クリーンで映える」のか
コーラスの本質は原音と遅延音の干渉(周波数ごとの強弱の変動)である。 歪んだ音は倍音が密集しているので、干渉が複雑になりすぎて「シュワシュワ」が濁りに埋もれやすい。 クリーン〜クランチの音は倍音が整理されているので、干渉の動きがきれいに聞こえる。 ——深歪み + コーラスをやるなら、歪みの後ろ(定石どおり)で薄く。80s メタルのリードは実際この使い方(歪み → コーラス → ディレイ)である。
5. 音作りの勘どころ
- 80s クリーン(The Police、シティポップ): Rate 遅め(0.3〜0.8 Hz)、Depth 深め、Mix 50 %。アルペジオ + ステレオで決まり
- Come as You Are: Rate やや速め・Depth 深めの BBD 系(Small Clone は Depth スイッチ深い側)。クリーン〜軽いクランチ
- さりげない厚み: Rate 速め(2〜4 Hz)・Depth 浅め・Mix 30 %。「効いてる」と気づかれない広がり
- ベースコーラス: 低域までコーラスすると芯が揺れて気持ち悪い。低域を原音のまま残す専用機(BOSS CEB-3 等)か、Mix 低めで
- ビブラートモード(Mix100%)はワンポイントのテープ風演出に
6. 手を動かす
揺れる遅延を混ぜる
この章のポイント
- コーラス = 原音 + LFO で揺れる 10〜30 ms の遅延。合唱の「ずれの変動」の再現
- BBD はコンデンサのバケツリレー。クロックを揺らして遅延を揺らす。劣化が「温かさ」の正体
- Mix 100 % でビブラート、遅延長めでダブラー、固定ピッチ差でデチューン——全部親戚
- 干渉がきれいに聞こえるクリーン〜クランチで映える。深歪みには後段で薄く
- Rate/Depth/Mix の 3 点で「80s」「さりげない」「酔う」を作り分ける