Chapter 15
ピッチ系 — 音の高さを作り変える
この章のゴール.
オクターバー(アナログ)とピッチシフター(デジタル)のまったく違う仕組みを理解し、 ハーモナイザー・ワーミー・シマー・デチューンまでの見取り図を持つこと。 ピッチ系特有の「レイテンシとトラッキング」という制約を知ること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 倍音(02 章 2 節)、波形(02 章 1 節)、ベース(06 章 6 節)、矩形波(10 章 1 節)、コーラス(11 章 1 節)、音程(14 章 1 節)
1. アナログオクターバー — 波形の細工で 1 オクターブ
デジタル以前の「音の高さを変える」は、波形の細工によるオクターブ限定の芸だった。
1 オクターブ上 — 全波整流
波形のマイナス側を折り返してプラスにする(全波整流)と、波の繰り返し周期が半分になる = 基本周波数が 2 倍(1 オクターブ上)に聞こえる。 Octavia(05 章)、Green Ringer がこれ。倍音構成は崩れるので「鳴き」のような癖のある上音になる。単音・ネック寄り・トーン絞りで最もよく効く。
1 オクターブ下 — フリップフロップ
入力波形の山を数えて、2 回に 1 回だけ反転する矩形波を作る(フリップフロップ、分周回路)。周期が 2 倍 = 1 オクターブ下の矩形波が得られ、原音と混ぜる。 BOSS OC-2 がこの方式。下の音はブーッとしたシンセ的な質感で、単音しか追えない(和音では山の数が数えられず崩壊する)。
2. デジタルピッチシフター — 録って速度を変えて追いつく
ピッチシフター(pitch shifter)は任意の音程差を作る。原理は「録音を速く/遅く再生すると音程が変わる」の連続運用である。
- 入力を短いバッファに録音し続ける
- 書き込みと違う速度で読み出す(速く読めば高く、遅く読めば低く)
- 速度が違うと読み出しがバッファの端に追いつく/引き離される → 短い断片(グレイン)に切って、つなぎ直しながら読む
このつなぎ目が、ピッチシフター特有の「ろれつが回らない」揺らぎ(グリッチ)になる。 つなぎ目を賢く選ぶ(波形の周期に同期する等)ほど自然になり、その進化が現代の高品質シフトである。
- レイテンシ: バッファに溜めてから読むので、原理的に遅れが出る(数 ms〜数十 ms)。深く下げるほど・自然にするほど遅れは増える
- トラッキング: 和音を 1 音ずつ認識して別々に動かすのは近年まで困難だった(ポリフォニック対応は DSP の進歩の賜物)
3. ピッチ系ファミリーの見取り図
| 名前 | 何をするか | 代表・用途 |
|---|---|---|
| オクターバー | ±1〜2 オクターブを原音に混ぜる | OC-2/OC-5、ベースの太さ、ロイヤルブラッドの 1 人 2 役 |
| ピッチシフター | 任意の音程差の音を作る | 5 度上でパワーコード化、3 度下ハモ |
| ハーモナイザー(インテリジェント) | キーとスケールを指定し、音程差を曲に合わせて 3 度/4 度と変える | ツインリード 1 人版(Eventide、BOSS PS-6) |
| ワーミー | ペダルで音程を連続に上下 | DigiTech Whammy。トム・モレロ、急降下・2 オク上げ |
| デチューン | ±5〜20 セントの微小シフトを混ぜる | 揺れないコーラス(11 章)、ボーカルの厚み |
| シマー | ディレイ/リバーブの帰還ループ内に +1 オクターブを入れる | 弾くたび上へ積もる天上系残響(17 章) |
| フリーズ/クリスタル系 | グレインを引き伸ばし・逆再生・オクターブ散らし | アンビエント(18 章) |
| ピッチ修正 | 音程を最寄りの正しい音へ吸着 | Auto-Tune。ケロケロボイスは吸着速度最速の副作用が主役化したもの |
4. 音作りの勘どころ
- アナログオクターバーは「単音・ネックピックアップ・トーン絞り」が三種の神器。倍音が少ないほどトラッキングが安定する
- ベース + オクターブ上/ギター + オクターブ下で 1 人の帯域を拡張(ロイヤルブラッド/ホワイト・ストライプス的)。原音:効果音 = 10:7 くらいから
- 5 度上 + 原音は歪みと合わせると常時パワーコード。リフが 1 音で分厚くなる(ワーミーの Harmony 5th)
- ハーモナイザーはキー設定が命。転調する曲では MIDI かプリセット切り替えを仕込む
- デチューン ±8 セント + 15 ms ディレイは「揺れない 12 弦」。クリーンアルペジオの定番隠し味
- グリッチ・レイテンシは音色として受け入れるか、高品質機に投資するかの二択。ワーミーの「機械臭さ」はむしろ看板
5. 手を動かす
オクターブと整流
この章のポイント
- アナログは波形の細工: 全波整流で 1 オク上、フリップフロップで 1 オク下(単音のみ)
- デジタルは録って速度を変えて、グレインでつなぐ。遅れとつなぎ目の揺らぎが宿命
- ハーモナイザー = キーを知っているピッチシフター。ワーミー = ペダルで連続シフト
- デチューンは揺れないコーラス、シマーは帰還ループ内のオクターブ上(17 章へ)
- アナログ系は「単音・ネック PU・トーン絞り」で安定