Chapter 03
ブースターとプリアンプ — 「大きくするだけ」がなぜ音を変えるのか
この章のゴール.
ブースターの仕事が「信号を大きくして次の段の振る舞いを変える」ことだと理解し、 クリーンブースト・トレブルブースター・プリアンプの違いと使い分けができるようになること。 ヘッドルームという概念を手に入れること。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). エフェクター(01 章 1 節)、歪み系(01 章 2 節)、ハイパス(02 章 5 節)、フィルタ(02 章 5 節)、倍音(02 章 2 節)、波形(02 章 1 節)
1. ブースターは何をするか
ブースター(booster)は、信号の振幅を増幅するだけのエフェクターである。回路としては最も単純で、トランジスタ 1 石やオペアンプ 1 個の増幅回路にツマミが 1 つ。 「大きくするだけなら音は変わらないのでは?」——単体ではそのとおりである。ブースターの本当の仕事は、次につながる機材の振る舞いを変えることにある。
2. ヘッドルーム — 潰れるまでの余白
あらゆる増幅回路には、扱える電圧の上限がある。電源が 9V のペダルなら、出せる波形はどうやっても 9V の枠の中。 入力がこの枠に対して十分小さいうちは波形はそのまま大きくなる(リニア、線形)が、枠に近づくと波形の頭が潰れ始める(クリッピング、04 章)。
ヘッドルーム(headroom)とは、「今の信号の大きさから、潰れ始めるまでの余白」のことである。
- ヘッドルームが大きい → 強く弾いても潰れない。クリーンで大きな音
- ヘッドルームが小さい → すぐ潰れる。歪む
ブースターは、次の段のヘッドルームを食い潰す道具だと言い換えられる。 真空管アンプの前にブースターを置くと、アンプの入力段が飽和して歪む——「アンプをプッシュする」という言い方の正体がこれである。
3. 3 つの使い方
| 使い方 | 置き場所 | 何が起きるか |
|---|---|---|
| ソロの音量アップ | 歪みの後ろ | 歪みの深さは変わらず、音量だけ上がる |
| 歪みを深くする | 歪み系・アンプの前 | 音量はほぼ変わらず(後段が飽和して頭打ち)、歪みが深く・密度が濃くなる |
| 音色の味付け | どこでも | 回路の癖(後述)で少し色がつく |
同じ箱でも、置く場所で仕事が変わるのがブースターの面白いところで、01 章の「順番がすべて」の最初の実例である。
4. トレブルブースター — 削ってから持ち上げる
トレブルブースター(treble booster)は、低域を削ってから増幅するブースターである。 1960年代の暗い(高域の出ない)アンプを明るく鳴らすために生まれ、Rangemaster が元祖。ブライアン・メイ、リッチー・ブラックモアの音の核。
仕組みは入力の小さなコンデンサ(ハイパスフィルタ、08 章)で 500 Hz 以下を落としてから、ゲルマニウムトランジスタ 1 石で増幅する。
なぜ低域を削るのか——
- 低域は振幅が大きく、先にヘッドルームを食い潰す。削っておくとアンプが低域でボワつかず、中高域だけが気持ちよく飽和する
- 歪みは低域が多いほど濁る(04 章の相互変調)。あらかじめ削ると、歪みが「明るく整理された」質感になる
この「歪ませる前に低域を削ると歪みが整理される」は、ブースターに限らず歪み系の音作り全体で使う重要な原理である(TS 系オーバードライブ、04 章)。
5. プリアンプ — 音色を作る増幅段
プリアンプ(preamp)は、増幅に加えてトーン回路(EQ)を持ち、音色の土台を作る段である。 アンプの中では「プリアンプ(音色)→ パワーアンプ(音量)」という分担があり、ペダル型プリアンプはこのプリ部を足元に持ち出したもの。
- ギター用: アンプの代わりに卓や配信に直接つなぐ(アンプシミュレータ・キャビネットシミュレータと組み合わせる)
- ベース用: SansAmp、Darkglass など。歪みと EQ を一体にした「音色の核」として定番
- アコースティック用: ピエゾピックアップ(圧電素子で弦や板の振動を拾う方式)の音色補正とノイズ対策
ブースターとの境目は曖昧だが、「Level しかないのがブースター、音色を作り込めるのがプリアンプ」と考えれば実用上は足りる。
6. 回路の癖 — 「ただの増幅」に色がつく理由
クリーンブースターでも、通すだけで音が少し変わることがある。理由は主に 3 つ。
- わずかな非線形性: トランジスタは完全な直線では増幅しない。大振幅でわずかに 2 次倍音が乗り、「太く」聞こえる(ゲルマニウム石は特に曲がりが緩やかで「甘い」と言われる)
- 周波数特性: 回路の入出力のコンデンサで、超低域・超高域がわずかに変わる
- 入力インピーダンス: ピックアップから見た「受け側の重さ」が変わると、ピックアップの共振が変わって高域の出方が変わる(19 章で詳述)。バッファを通すと音が変わるのと同じ現象
「味付け」の正体は魔法ではなく、この 3 つの組み合わせである。
7. 音作りの勘どころ
- ソロ用の音量差は +4〜6 dB から。それ以上はミックスから飛び出しすぎる。歪みの後ろに置くこと(前に置くと音量が上がらず歪みだけ深くなる)
- チューブアンプをプッシュするなら、アンプをクランチ寸前(強く弾くと少し歪む)にセットし、ブースターで +6〜12 dB。ピッキングの強弱で歪みが変わる「手元で操作できる」状態を作る
- トレブルブースターは暗い機材にだけ効く。明るいアンプに掛けると刺さる。トーンの暗いハムバッカー + 英国系アンプが好相性
- 常時オンの薄い味付け(+2〜3 dB)はまとまりを出す定番。ただしバッファ的な音の変化も含めて「オンが基準の音」と考える
8. 手を動かす
ゲインとヘッドルーム
この章のポイント
- ブースターの仕事は「次の段のヘッドルームを食い潰す」こと。置き場所で「音量アップ」と「歪み深化」に化ける
- ヘッドルーム = 潰れ始めるまでの余白。電源電圧と回路で決まる
- トレブルブースターは「削ってから増幅」。歪ませる前に低域を削ると歪みが整理される——歪み系全体の原理
- プリアンプ = 増幅 + トーン回路。音色の土台
- 「ただの増幅」に色がつくのは、非線形性・周波数特性・インピーダンスの 3 つ