Chapter 25
時系列解析 — 時間が入ると何が変わるか
この章がなぜ必要なのか——i.i.d. が崩れる最も一般的な場面.
ここまでのほぼすべての手法は「データが独立同分布 (i.i.d.)」を前提にしてきた。 だが売上・株価・気温・アクセス数——時間軸に並ぶデータは、ほぼ確実に独立でない。 昨日売れた店は今日も売れる。
独立でないデータに独立前提の手法を当てると、 標準誤差を大幅に過小評価し、偽の有意を量産する。 さらに恐ろしいことに、まったく無関係な 2 つの時系列を回帰すると \(R^2 = 0.9\) 超の「関係」が出てしまう(見せかけの回帰)。
この章は、時間依存性を正面から扱う道具を与える。
この章で使う既出の用語(定義は各リンク先). 標本(01 章 2 節)、母集団(01 章 2 節)、統計量(01 章 2 節)、説明変数(01 章 4 節)、ナイーブ(05 章 6 節)、標準誤差(06 章 6 節)、定常性(07 章 4 節)、確率(10 章 3 節)、予測区間(11 章 8 節)、帰無仮説(12 章 1 節)、棄却(15 章 2 節)、厳禁(22 章 3 節)、因果推論(22 章 5 節)、時系列(22 章 3 節)、MAP(23 章 4 節)
1. 時系列データの特徴
\(\{y_t\}_{t=1}^T\) という、時間順に並んだ観測列を扱う。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 自己相関 | 過去の値が現在に影響する |
| トレンド | 長期的な上昇・下降 |
| 季節性 | 周期的な変動(曜日、月、四半期) |
| 非定常性 | 平均や分散が時間とともに変わる |
成分分解
どちらを使うか: 季節変動の幅が水準に比例して大きくなるなら乗法モデル。 対数を取れば乗法は加法になるので、\(\log y_t\) に加法分解を当てるのが実務では簡便である。
分解の手法: 移動平均法、STL 分解(Loess を使う。頑健で柔軟。現代の標準)。
2. 定常性 — 時系列解析の前提
弱定常性
平均・分散が一定で、共分散が時間差だけで決まる。
なぜ定常性が要るのか. 統計的推測は「同じ確率法則が繰り返し働いている」ことを前提にしている。 平均が時間とともに変わるなら、1 つの時系列は 1 つの標本にすぎず、何も推定できない。
定常なら、時間方向の平均が母集団の平均に収束する(エルゴード性)。 「時間をかけて観測すること」が「たくさんの標本を集めること」の代わりになる—— これが時系列解析を可能にしている根本原理である。
自己相関関数 (ACF)
標本 ACF:
判定の目安: ホワイトノイズなら \(\hat\rho_k \approx N(0, 1/T)\) なので、 \(\pm 2/\sqrt{T}\) の外に出れば有意な自己相関がある。
偏自己相関関数 (PACF)
\(y_t\) と \(y_{t-k}\) の相関から、間の \(y_{t-1},\dots,y_{t-k+1}\) の影響を除いたもの (19 章の偏回帰係数と同じ発想)。
ACF と PACF の使い分けが、モデル選択の鍵になる。 ACF が徐々に減衰して PACF が急に切れる → AR モデル ACF が急に切れて PACF が徐々に減衰 → MA モデル
3. 基本モデル
ホワイトノイズ
すべてのモデルの誤差項の基準。残差がホワイトノイズになれば、モデルは情報を絞り切ったことになる。
ランダムウォーク
分散が時間とともに増える → 非定常。
株価はランダムウォークに近い(効率的市場仮説). 最良の予測は「明日も今日と同じ」であり、過去のパターンから未来は予測できない。 チャート分析が統計的に支持されにくいのは、この性質による。
なお差分を取ると \(\Delta y_t = \varepsilon_t\) となり、定常になる。
AR(p) — 自己回帰モデル
AR(1) の性質:
分散の導出: 定常なら \(V[y_t]=V[y_{t-1}]=\gamma_0\) なので
∎(\(\lvert\phi\rvert<1\) が必要。これが定常条件。)
\(\rho_k=\phi^k\) が意味すること: 自己相関は指数的に減衰する。 \(\phi=0.9\) なら影響が長く残り、\(\phi=0.3\) ならすぐ消える。 \(\lvert\phi\rvert\ge 1\) だと発散して非定常になる。
DSP を知っている人へ: AR モデルは IIR フィルタそのものである。 定常条件「\(\lvert\phi\rvert<1\)」は、極が単位円の内側にあるという安定条件と同じことを言っている。
MA(q) — 移動平均モデル
MA(1): \(\rho_1 = \dfrac{\theta}{1+\theta^2}\)、\(\rho_k=0\ (k\ge 2)\)。
\(q\) 期より先の自己相関がちょうど 0 になるのが特徴。MA は常に定常である。
ARMA(p,q)
ARIMA(p,d,q)
非定常な系列を \(d\) 階差分して定常にしてから ARMA を当てる。
| \(d\) | 意味 |
|---|---|
| 0 | もともと定常 |
| 1 | トレンドあり(ほとんどの経済データ) |
| 2 | トレンドの傾きが変化 |
SARIMA
季節成分を追加: \(\text{ARIMA}(p,d,q)\times(P,D,Q)_s\)。\(s\) は周期(月次なら 12)。
4. 単位根検定
「差分すべきか」を判定する。
| 検定 | 帰無仮説 |
|---|---|
| ADF 検定 | 単位根あり(非定常) |
| KPSS 検定 | 定常(帰無仮説が逆) |
| PP 検定 | 単位根あり |
ADF と KPSS を併用するのが実務の作法. 帰無仮説が逆なので、両方の結果を組み合わせると判断が確実になる。
ADF KPSS 結論 棄却 棄却せず 定常 棄却せず 棄却 非定常(差分が必要) 両方棄却せず データ不足で判断できない 両方棄却 トレンド定常など、別の構造 ADF 検定は検出力が低いことが知られており、単独では信頼しにくい。
5. 見せかけの回帰 (spurious regression)
この章で最も実務的に重要な話である.
無関係な 2 つのランダムウォーク \(x_t\)、\(y_t\) を回帰すると:
- \(R^2\) が異常に高くなる(0.7〜0.9 も珍しくない)
- t 統計量が大きく、p 値が極めて小さくなる
- 残差に強い自己相関が残る(DW が 0 に近い)
まったく無関係なのに、統計的には「強い関係」が出る。
なぜか. 両方とも時間とともにさまよって動く。 「両方とも上昇傾向」というだけで相関が生まれる。 標準的な t 検定は「誤差が独立」を前提にしているので、 自己相関のある残差に対しては標準誤差を桁で過小評価する。
有名な疑似相関(03 章で触れたもの)はほぼすべてこの現象である。 「チーズ消費量とシーツによる死亡者数」も、両方が単に増加傾向にあるだけだった。
対策
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 差分を取ってから回帰 | 最も簡単で確実 |
| 共和分検定 | 差分せず、長期的関係を扱う |
| トレンド項を入れる | \(t\) を説明変数に追加 |
| Newey-West 標準誤差 | 自己相関に頑健な標準誤差 |
共和分 (cointegration)
\(x_t\)、\(y_t\) がともに非定常でも、ある線形結合 \(y_t-\beta x_t\) が定常なら共和分関係にあるという。 このときの回帰は見せかけではなく、長期均衡関係を表す。
例: ある商品の 2 つの市場での価格。個々の価格はランダムウォークだが、 裁定取引があるので価格差は一定範囲に留まる。これが共和分である。
検定はエングル・グレンジャー法(残差の単位根検定)やヨハンセン検定。 共和分があるなら誤差修正モデル (ECM) で短期変動と長期均衡を同時にモデル化できる。
6. モデル構築の手順(Box-Jenkins 法)
1. プロットする(必ず最初に)
↓
2. 分散が不安定なら対数変換
↓
3. 定常性を確認(ADF/KPSS)→ 非定常なら差分
↓
4. ACF/PACF を見て p, q の候補を決める
↓
5. パラメータ推定(最尤法)
↓
6. 残差診断(Ljung-Box 検定)
↓
7. AIC/BIC でモデル比較
↓
8. 予測(区間も必ず)次数の判定
| ACF | PACF | |
|---|---|---|
| AR(p) | 徐々に減衰 | \(p\) で切れる |
| MA(q) | \(q\) で切れる | 徐々に減衰 |
| ARMA(p,q) | 徐々に減衰 | 徐々に減衰 |
残差診断: Ljung-Box 検定
棄却されなければ良いモデル(この検定では \(H_0\) を棄却したくない)。
7. 予測
予測区間
ARIMA の予測区間は、先の期間ほど急速に広がる。
AR(1) の \(h\) 期先予測:
\(h\to\infty\) で \(\hat y \to \mu\)(無条件平均)、分散は \(\sigma^2/(1-\phi^2)\)(無条件分散)に収束する。
遠い未来の予測は「全体の平均」に戻る. 情報は指数的に失われる。「10 年後の売上予測」に意味があるとすれば、 それはモデルからではなく、別の仮定から来ている。
評価
必ず時系列順に分割する(22 章)。ランダム分割は厳禁。
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| ホールドアウト | 最後の \(h\) 期をテストに |
| 時系列 CV(ローリング原点) | 訓練期間をずらしながら繰り返す |
| 指標 | 特徴 |
|---|---|
| RMSE / MAE | 元の単位 |
| MAPE | 相対誤差。\(y\approx 0\) で破綻 |
| MASE | ナイーブ予測との比。1 未満なら「何もしないより良い」 |
ベースラインを必ず置く. ナイーブ予測(\(\hat y_{t+1}=y_t\))や 季節ナイーブ(\(\hat y_{t+1}=y_{t+1-s}\))に勝てないモデルは、意味がない。 複雑な機械学習モデルがナイーブ予測に負ける、というのは実務でよくある話である。
8. その他の手法
| 手法 | 特徴 |
|---|---|
| 指数平滑法 (ETS) | 直近ほど重く。単純だが実務で非常に強い |
| Holt-Winters | トレンド + 季節性の指数平滑 |
| 状態空間モデル / カルマンフィルタ | 欠測・時変パラメータに強い。柔軟 |
| VAR | 複数系列を同時にモデル化。グレンジャー因果 |
| GARCH | ボラティリティ(分散)が時間変動する。金融の標準 |
| Prophet | トレンド + 季節 + 祝日。自動化しやすい |
| 深層学習 (LSTM 等) | データが大量にあるとき。少量では従来手法に負けやすい |
GARCH — 分散の時系列
金融データの「ボラティリティ・クラスタリング」を表現する. 荒れた日の翌日は荒れやすく、穏やかな日の翌日は穏やか—— リターン自体は予測できなくても、リスクの大きさは予測できる。 リスク管理・オプション価格付けの基礎になっている。
グレンジャー因果
\(x\) の過去が \(y\) の予測を改善するなら「\(x\) は \(y\) をグレンジャー因果する」という。
名前に反して、これは因果ではない. あくまで「予測に役立つ」という統計的な関係である。 共通の原因があれば偽の結論が出るし、より速い周期で作用する因果は捉えられない。 24 章の因果推論とは別物なので、混同しないこと。
9. まとめ
| 概念 | 内容 |
|---|---|
| 定常性 | 平均・分散一定、共分散が時間差のみに依存 |
| ACF/PACF | 次数の判定に使う |
| AR(p) | 過去の値の線形結合。\(\lvert\phi\rvert<1\) で定常 |
| MA(q) | 過去の誤差の線形結合。常に定常 |
| ARIMA(p,d,q) | \(d\) 階差分してから ARMA |
| 単位根検定 | ADF と KPSS を併用 |
| 見せかけの回帰 | 非定常系列の回帰は偽の関係を生む |
| 共和分 | 線形結合が定常なら長期均衡関係 |
- 時系列は i.i.d. でない。独立前提の手法をそのまま使うと標準誤差が大きく狂う。
- 非定常な系列をそのまま回帰してはいけない。差分するか共和分を確認する。
- ACF/PACF → 次数決定 → 推定 → 残差がホワイトノイズか確認(Ljung-Box)。
- 検証はランダム分割ではなく時系列順に。ナイーブ予測をベースラインに置く。
- グレンジャー因果は因果ではない。